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第4部 第2章・煽情
第9回
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9
奈央は自室のベッドに腰かけ、口元に微笑みを浮かべていた。
奈央の隣には大樹も同じく腰を下ろしており、奈央の肩に頭を軽く乗せて、ぼんやりとした表情で目の前の虚空を見つめている。
よほど疲れていたのだろう。
奈央は大樹の頭を軽く撫でた。
結局あのあと、本屋を出て昼食を食べに行った直後に玲奈が体調を崩し、同時に大樹の具合も悪くなってきたことから各自解散ということになった。
奈央は大樹と、玲奈は結奈と、桜はハジメと、それぞれ帰宅の途に就いた。
大樹の様子はあまりにもしんどそうで、奈央はとにかく休ませようと、自分の家まで大樹の身体を支えながら帰り着いた。
当然のように小父も小母もまだ帰宅しておらず、しんと静まり返った家の中、奈央は大樹を自分の部屋に招き入れた。
その頃にはもう大樹の意識ももうろうとしており、ただ素直に奈央の言う通りにするだけだった。
「大丈夫? 大樹」
「あぁ……うん……」
返事はあるが、心ここにあらずといった様子だ。まるで自動応答している機械か何かのように奈央には感じられたが、別段それでもかまわなかった。
奈央は大樹と並んでベッドに腰かけているだけだったが、それでもふたり一緒に居るだけで心底幸せだった。これ以上にないくらい、奈央の心は満たされていた。
けれど、彼女の中はまだまだ満たされてなどいなかった。彼女が完全なる身体に成るには、まだまだ穢れが足らなかったからだ。穢れを知らぬ純真無垢なるこの男の精根など、どれだけ吸い上げようと取るに足らないことだろう。けれどこの男がいる限り、この女の身体は決して他の男を受け入れようとはしなかった。
これまでの数日間、彼女は幾度もそれを試した。幾人もの男に声をかけ、暗闇に連れ込み、けれど何もできないまま彼らを放置してその場を去った。女の身体がそれを拒み、無意識のうちに逃げ出していたのだ。
それはあの喪服の女とは真反対の行動だった。
喪服の女は、さもそれが当然であるかのように、男とあればどのようなモノもその身体に受け入れた。悦んで穢れを飲み込んだ。それ故にその身体を掌中に収めるまでにさほどの時間はかからなかった。
問題があったのは唯一、崩れ逝く身体を保てなかったということだ。
あの喪服女の身体は病に侵されていた。皮膚は爛れ、肉体は壊死し、本当に傀儡の如く動かすしか道はなかった。姿を偽り、その真実を隠すことでしか男たちを誑かすことができなくなってしまっていたほどに。
今回は同じ轍は踏まない。早急に、迅速に、あの男の――
どさり、と大樹の身体がベッドに崩れて、奈央ははっと我に返って振り向いた。
「だ、大樹、大丈夫?」
「……あ、あぁ……うぅっ……」
それは返事などではなく、うめき声に近かった。
奈央は大樹の頭を枕にのせると、だらりと下ろしていた彼の両足を持ち上げてベッドの上に横たわらせた。
大樹のその虚ろな瞳を見つめてから、奈央は思わず、そっと唇を重ねる。
力なく横たわる大樹の姿すら可愛らしくて、愛おしくてたまらなかった。
彼女は大樹の着ていた白のTシャツをゆっくりとたくし上げていった。露わになっていく大樹の貧弱な身体。喉元から臍まで、彼女は一本線を描くように、人差し指をそこに這わせた。
ぴくりと大樹の身体が跳ねて、喘ぐ声が彼の口から小さく漏れる。
奈央は背筋にぞくりと痺れるような感覚を覚え、口元を綻ばせた。
それから大樹の胸に顔を近づけると、奈央は小さく舌を伸ばして彼の乳首をぺろりと舐めた。
再び大樹の身体がぴくりと跳ねる。
彼女は何度かそんな大樹の反応を愉しみ、やがて彼のベルトを外して、下着と共にズボンを脱がせた。
露わになった大樹のそれは、彼の虚ろな瞳や力なく横たわるその姿とは打って変わって天高くそそり立ち、今まさに奈央に包まれることを心待ちにしているようだった。
彼女はにやりと笑み、自らも服を脱ぎ捨てるとその上に跨ろうとして、ふとベッドに投げおいていたバッグに気付いた。
邪魔なそれを床の上に置こうと手を伸ばしたところで、指先がショルダー部分を取りこぼし、うっかり床の上にバッグの中身をぶちまけてしまう。
化粧品や財布などに混じって、桜から渡された、あのコンドームの箱が転がり出てきた。
奈央は小さくため息を吐くと、その箱を手に取り、今一度口元に微笑みを浮かべた。
――やっぱり、私たちにはまだ早いよ、桜。
それからフンと鼻を鳴らして、
――こんなもの、吾には必要ない。
彼女はベッド脇のごみ箱にそのコンドームの箱を投げ捨てると、改めて大樹に跨り、深く深く、腰を下ろした。
奈央は自室のベッドに腰かけ、口元に微笑みを浮かべていた。
奈央の隣には大樹も同じく腰を下ろしており、奈央の肩に頭を軽く乗せて、ぼんやりとした表情で目の前の虚空を見つめている。
よほど疲れていたのだろう。
奈央は大樹の頭を軽く撫でた。
結局あのあと、本屋を出て昼食を食べに行った直後に玲奈が体調を崩し、同時に大樹の具合も悪くなってきたことから各自解散ということになった。
奈央は大樹と、玲奈は結奈と、桜はハジメと、それぞれ帰宅の途に就いた。
大樹の様子はあまりにもしんどそうで、奈央はとにかく休ませようと、自分の家まで大樹の身体を支えながら帰り着いた。
当然のように小父も小母もまだ帰宅しておらず、しんと静まり返った家の中、奈央は大樹を自分の部屋に招き入れた。
その頃にはもう大樹の意識ももうろうとしており、ただ素直に奈央の言う通りにするだけだった。
「大丈夫? 大樹」
「あぁ……うん……」
返事はあるが、心ここにあらずといった様子だ。まるで自動応答している機械か何かのように奈央には感じられたが、別段それでもかまわなかった。
奈央は大樹と並んでベッドに腰かけているだけだったが、それでもふたり一緒に居るだけで心底幸せだった。これ以上にないくらい、奈央の心は満たされていた。
けれど、彼女の中はまだまだ満たされてなどいなかった。彼女が完全なる身体に成るには、まだまだ穢れが足らなかったからだ。穢れを知らぬ純真無垢なるこの男の精根など、どれだけ吸い上げようと取るに足らないことだろう。けれどこの男がいる限り、この女の身体は決して他の男を受け入れようとはしなかった。
これまでの数日間、彼女は幾度もそれを試した。幾人もの男に声をかけ、暗闇に連れ込み、けれど何もできないまま彼らを放置してその場を去った。女の身体がそれを拒み、無意識のうちに逃げ出していたのだ。
それはあの喪服の女とは真反対の行動だった。
喪服の女は、さもそれが当然であるかのように、男とあればどのようなモノもその身体に受け入れた。悦んで穢れを飲み込んだ。それ故にその身体を掌中に収めるまでにさほどの時間はかからなかった。
問題があったのは唯一、崩れ逝く身体を保てなかったということだ。
あの喪服女の身体は病に侵されていた。皮膚は爛れ、肉体は壊死し、本当に傀儡の如く動かすしか道はなかった。姿を偽り、その真実を隠すことでしか男たちを誑かすことができなくなってしまっていたほどに。
今回は同じ轍は踏まない。早急に、迅速に、あの男の――
どさり、と大樹の身体がベッドに崩れて、奈央ははっと我に返って振り向いた。
「だ、大樹、大丈夫?」
「……あ、あぁ……うぅっ……」
それは返事などではなく、うめき声に近かった。
奈央は大樹の頭を枕にのせると、だらりと下ろしていた彼の両足を持ち上げてベッドの上に横たわらせた。
大樹のその虚ろな瞳を見つめてから、奈央は思わず、そっと唇を重ねる。
力なく横たわる大樹の姿すら可愛らしくて、愛おしくてたまらなかった。
彼女は大樹の着ていた白のTシャツをゆっくりとたくし上げていった。露わになっていく大樹の貧弱な身体。喉元から臍まで、彼女は一本線を描くように、人差し指をそこに這わせた。
ぴくりと大樹の身体が跳ねて、喘ぐ声が彼の口から小さく漏れる。
奈央は背筋にぞくりと痺れるような感覚を覚え、口元を綻ばせた。
それから大樹の胸に顔を近づけると、奈央は小さく舌を伸ばして彼の乳首をぺろりと舐めた。
再び大樹の身体がぴくりと跳ねる。
彼女は何度かそんな大樹の反応を愉しみ、やがて彼のベルトを外して、下着と共にズボンを脱がせた。
露わになった大樹のそれは、彼の虚ろな瞳や力なく横たわるその姿とは打って変わって天高くそそり立ち、今まさに奈央に包まれることを心待ちにしているようだった。
彼女はにやりと笑み、自らも服を脱ぎ捨てるとその上に跨ろうとして、ふとベッドに投げおいていたバッグに気付いた。
邪魔なそれを床の上に置こうと手を伸ばしたところで、指先がショルダー部分を取りこぼし、うっかり床の上にバッグの中身をぶちまけてしまう。
化粧品や財布などに混じって、桜から渡された、あのコンドームの箱が転がり出てきた。
奈央は小さくため息を吐くと、その箱を手に取り、今一度口元に微笑みを浮かべた。
――やっぱり、私たちにはまだ早いよ、桜。
それからフンと鼻を鳴らして、
――こんなもの、吾には必要ない。
彼女はベッド脇のごみ箱にそのコンドームの箱を投げ捨てると、改めて大樹に跨り、深く深く、腰を下ろした。
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