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第4部 第1章・変貌
第6回
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6
「ただいま、小母さん」
相原奈央は台所に立つ小母の背中に声をかけた。
小母は夕飯の準備をしていた手を止め、笑顔で奈央に振り向く。
「おかえりなさい。デート、どうだった?」
「楽しかったよ」奈央も微笑みながら答える。「小母さんにメイクを手伝ってもらったおかげだね」
「そう? ならよかったわ」
それから小母は、ふたたび包丁でリズミカルに野菜を切りながら、
「今度は大樹くん、連れてきなさいね。小母さん、頑張ってごちそう作っちゃうから」
「連れてきてもいいけど……小父さん、なんて言うかな。夏休み前のあの件があるし」
ため息交じりに奈央が口にすると、小母は「ふふっ」と笑みをこぼす。
「あの件って、一緒にお風呂に入ったこと?」
「うん」奈央は肩に下げたショップバッグをダイニングのイスの上におろし、その隣のイスに座りながら、「さすがに後悔してる。やり過ぎちゃったなって。怖くて不安で、感覚がどうかしてたんだと今なら思うもの」
「……そうね。そうかもね」
響紀が姿を消してから、次々に身に降りかかってきた怪異。そして、喪服の少女。
心の安寧の為に、奈央は大樹に何かを求めた。それが何だったのか、今となってははっきりと思い出すことはできないのだけれど。
「もう少ししたら晩御飯できるから、先にお風呂に入っちゃって」
「うん、ありがとう」
奈央は言って、風呂場へ向かった。
衣服と下着を脱ぎ、脱衣籠にそれらを放り込んで、ふと洗面台の鏡に視線を向ける。
「……あれ?」
首元に、赤い小さな痣があった。赤、というよりは紫に近い。服を着ていると見えるか見えないかの微妙な位置だ。いつの間にこんな場所に痣なんてできたのだろうか。奈央には心当たりが全くなかった。これではまるで――と考えて、奈央はさらに胸元にも同じく小さな痣のようなものができていることに気づいた。
これは……でも、そんなはずはない。こんなところに、こんな痣なんてできるわけがない。
たぶん、虫刺されか何かだろう。そうに違いない。
奈央は自分に言い聞かせるようにかぶりをふって、浴室の扉を開けて中に入る。
温かい湯気の向こう側に、入れたばかりの風呂が揺蕩っていた。
がらりと扉を閉めて、奈央は風呂椅子に腰を下ろして、湯桶に手を伸ばした。風呂の湯をひとすくいして、肩から身体にかける。温かい湯が身体中の汗を綺麗に洗い流してくれる感覚が心地よい。
「――っつ」
股座にわずかに痛みを感じ、奈央は思わず手で抑えた。大樹と歩き過ぎて、擦れてしまったのだろうか。いや、それにしては妙な痛みだ。もう少し奥の方、膀胱の辺り……? 気のせいか、何となくお腹も痛いような気がして奈央は首を傾げた。
一瞬、月のものがきたのかと思ったけれど、それにしてはいつもと違う。何が違うのか言葉にするのが難しい、何とも言えない妙な違和感。
けれど、そのしみるような痛みもすぐに引き、奈央は小さくため息を吐いた。
考えてもしようがない。あとでちょっと、小母さんに相談してみよう。
奈央は改めてもう一度、今度は頭から湯をかぶった。化粧を落とし、髪と身体を綺麗に洗う。
それにしても、大樹とのデートは楽しかったな。奈央は思いながら、湯船に身体を沈めた。肩まで浸かり、両腕を上げて身体を伸ばす。長く細い息を吐いてから、全身の力が緩んでいくのを感じた。強い陽射しの中、あれだけ歩けば疲れるのもあたりまえだ。今度はもう少しゆっくり休みながらデートした方が良いかもしれない。そうでなければ体力がもたない。あの男もそうだが、若さというものは底知れぬ欲望を持っているものだ。それも致し方のないことだろう。かつての自分もそうだった。いや、それも最初のうちだけか。いずれ本性が解ればそこにあるのはただ恨み辛み、それだけだ。畢竟、解り合うことなど不可能なのだ。
けれど、大樹もきっと楽しかったに違いない。別れ際のキスは、なかなか自分も離れ難いものだった。あんなに満たされたキスなんてそうそうないだろう。とはいえ、初めての彼氏に奈央も実際どうなのか解らないのだけれど。明日も一緒に図書館で夏休みの宿題をしようという約束をしたし、それが楽しみでしかたなく、今すぐにでも大樹に会いたくてたまらなかった。しかし、それも所詮は一刻のこと。その向こうにあるのはただの肉欲。それ以外に何があるというのか。愛などというのはまやかしに過ぎない。夢、幻、奈央は大樹とのひと時を、そんなふうに思っていた。そしてそんな夢のような現実が、いつまでも続けば良いのにと願っていた。
奈央はぼんやりと天井を見つめ、瞼を閉じる。右手を伸ばし、左手を伸ばし、その滑らかな肌を確かめるように、しなやかに指を折り曲げる。なんと張りの良い、美しい肌だろう。これなら数多の男を誑かせることができるはずだ。そのまま両手をおろして自身の胸の、そのふくらみを確かめる。柔らかな触り心地、ぷっくりと膨らんだその先端。決して大きくはないが、その形は芸術品と言って差し支えない。そのまま右手を股の間に伸ばして、彼女は自ら弄んだ。数多の男を悦ばせ、そして全てを飲み込み、生み出すところ。けれどまだ馴染んでおらず、そして今だ激しく抵抗を見せるこの身体に苛立ちを覚える。摘まみ、捩じり、我が身を虐める。しかしまぁ、それでも良い。時間をかけて、ゆっくりと、けれど迅速に、御していけば良いだけのこと。きっと明日も楽しい一日になるに違いない。
奈央は微笑むと両手で湯をすくい、顔を洗った。身体がむずむずしてしまうほど、明日がくるのが待ち遠しかった。
奈央は湯船から出ると、立ち込める湯気の中、脱衣所への扉をがらりと開けた。
洗濯機の上に置いていたタオルに手を伸ばし、身体を拭う。
洗面台の鏡に映る自身の裸体を眺めながら、彼女はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「ただいま、小母さん」
相原奈央は台所に立つ小母の背中に声をかけた。
小母は夕飯の準備をしていた手を止め、笑顔で奈央に振り向く。
「おかえりなさい。デート、どうだった?」
「楽しかったよ」奈央も微笑みながら答える。「小母さんにメイクを手伝ってもらったおかげだね」
「そう? ならよかったわ」
それから小母は、ふたたび包丁でリズミカルに野菜を切りながら、
「今度は大樹くん、連れてきなさいね。小母さん、頑張ってごちそう作っちゃうから」
「連れてきてもいいけど……小父さん、なんて言うかな。夏休み前のあの件があるし」
ため息交じりに奈央が口にすると、小母は「ふふっ」と笑みをこぼす。
「あの件って、一緒にお風呂に入ったこと?」
「うん」奈央は肩に下げたショップバッグをダイニングのイスの上におろし、その隣のイスに座りながら、「さすがに後悔してる。やり過ぎちゃったなって。怖くて不安で、感覚がどうかしてたんだと今なら思うもの」
「……そうね。そうかもね」
響紀が姿を消してから、次々に身に降りかかってきた怪異。そして、喪服の少女。
心の安寧の為に、奈央は大樹に何かを求めた。それが何だったのか、今となってははっきりと思い出すことはできないのだけれど。
「もう少ししたら晩御飯できるから、先にお風呂に入っちゃって」
「うん、ありがとう」
奈央は言って、風呂場へ向かった。
衣服と下着を脱ぎ、脱衣籠にそれらを放り込んで、ふと洗面台の鏡に視線を向ける。
「……あれ?」
首元に、赤い小さな痣があった。赤、というよりは紫に近い。服を着ていると見えるか見えないかの微妙な位置だ。いつの間にこんな場所に痣なんてできたのだろうか。奈央には心当たりが全くなかった。これではまるで――と考えて、奈央はさらに胸元にも同じく小さな痣のようなものができていることに気づいた。
これは……でも、そんなはずはない。こんなところに、こんな痣なんてできるわけがない。
たぶん、虫刺されか何かだろう。そうに違いない。
奈央は自分に言い聞かせるようにかぶりをふって、浴室の扉を開けて中に入る。
温かい湯気の向こう側に、入れたばかりの風呂が揺蕩っていた。
がらりと扉を閉めて、奈央は風呂椅子に腰を下ろして、湯桶に手を伸ばした。風呂の湯をひとすくいして、肩から身体にかける。温かい湯が身体中の汗を綺麗に洗い流してくれる感覚が心地よい。
「――っつ」
股座にわずかに痛みを感じ、奈央は思わず手で抑えた。大樹と歩き過ぎて、擦れてしまったのだろうか。いや、それにしては妙な痛みだ。もう少し奥の方、膀胱の辺り……? 気のせいか、何となくお腹も痛いような気がして奈央は首を傾げた。
一瞬、月のものがきたのかと思ったけれど、それにしてはいつもと違う。何が違うのか言葉にするのが難しい、何とも言えない妙な違和感。
けれど、そのしみるような痛みもすぐに引き、奈央は小さくため息を吐いた。
考えてもしようがない。あとでちょっと、小母さんに相談してみよう。
奈央は改めてもう一度、今度は頭から湯をかぶった。化粧を落とし、髪と身体を綺麗に洗う。
それにしても、大樹とのデートは楽しかったな。奈央は思いながら、湯船に身体を沈めた。肩まで浸かり、両腕を上げて身体を伸ばす。長く細い息を吐いてから、全身の力が緩んでいくのを感じた。強い陽射しの中、あれだけ歩けば疲れるのもあたりまえだ。今度はもう少しゆっくり休みながらデートした方が良いかもしれない。そうでなければ体力がもたない。あの男もそうだが、若さというものは底知れぬ欲望を持っているものだ。それも致し方のないことだろう。かつての自分もそうだった。いや、それも最初のうちだけか。いずれ本性が解ればそこにあるのはただ恨み辛み、それだけだ。畢竟、解り合うことなど不可能なのだ。
けれど、大樹もきっと楽しかったに違いない。別れ際のキスは、なかなか自分も離れ難いものだった。あんなに満たされたキスなんてそうそうないだろう。とはいえ、初めての彼氏に奈央も実際どうなのか解らないのだけれど。明日も一緒に図書館で夏休みの宿題をしようという約束をしたし、それが楽しみでしかたなく、今すぐにでも大樹に会いたくてたまらなかった。しかし、それも所詮は一刻のこと。その向こうにあるのはただの肉欲。それ以外に何があるというのか。愛などというのはまやかしに過ぎない。夢、幻、奈央は大樹とのひと時を、そんなふうに思っていた。そしてそんな夢のような現実が、いつまでも続けば良いのにと願っていた。
奈央はぼんやりと天井を見つめ、瞼を閉じる。右手を伸ばし、左手を伸ばし、その滑らかな肌を確かめるように、しなやかに指を折り曲げる。なんと張りの良い、美しい肌だろう。これなら数多の男を誑かせることができるはずだ。そのまま両手をおろして自身の胸の、そのふくらみを確かめる。柔らかな触り心地、ぷっくりと膨らんだその先端。決して大きくはないが、その形は芸術品と言って差し支えない。そのまま右手を股の間に伸ばして、彼女は自ら弄んだ。数多の男を悦ばせ、そして全てを飲み込み、生み出すところ。けれどまだ馴染んでおらず、そして今だ激しく抵抗を見せるこの身体に苛立ちを覚える。摘まみ、捩じり、我が身を虐める。しかしまぁ、それでも良い。時間をかけて、ゆっくりと、けれど迅速に、御していけば良いだけのこと。きっと明日も楽しい一日になるに違いない。
奈央は微笑むと両手で湯をすくい、顔を洗った。身体がむずむずしてしまうほど、明日がくるのが待ち遠しかった。
奈央は湯船から出ると、立ち込める湯気の中、脱衣所への扉をがらりと開けた。
洗濯機の上に置いていたタオルに手を伸ばし、身体を拭う。
洗面台の鏡に映る自身の裸体を眺めながら、彼女はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
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