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第4部 第1章・変貌
第2回
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2
宮野首玲奈は暑い日差しの降り注ぐ中、セミの鳴き声から逃れるようにコンビニの中に飛び込んだ。いつも読んでいる漫画を買いに駅前の大型書店まで行くだけのつもりだったが、あまりの暑さに玲奈は耐えることができなかったのだ。
ひんやりとした冷たい空気にほっと胸を撫でおろし、しばらく汗が引くのを待ってから、玲奈はお気に入りのレモンシャーベットアイスを買って再び外に出た。
店先の狭い日陰に身を潜めるようにして、玲奈はアイスを口にする。さわやかな香りとひんやりとしたシャーベットの冷たさが口の中いっぱいに広がり、生き返ったような気がした。
コンビニから道路を挟んだ向かい側には大きな踏切があり、昔から“開かずの踏切”と呼ばれ倦厭されてきた。今も多くの自動車が列を成し、遮断機が上がるのを待っている。一応、すぐそばに二輪車も通れるほどの大きな陸橋があって、そちらを利用する歩行者も多くいた。
玲奈もアイスを食べ終わるとカップをゴミ箱に捨て、踏切に向かって歩き始めた。この踏切さえ超えてしまえば、本屋まではあともう少しだ。
玲奈はようやく上がった遮断機を前に、急いで渡ってしまおうと思ったのだけれど、間髪入れずに再びカンカンと音が鳴り始める。
「あっ!」と駆け足になりかけたところで履いていたサンダルが歩道のわずかな縁石に引っかかり、思わず前のめりに転げそうになるのを何とか耐えたところで顔を向ければ、容赦なく遮断機がまた下りたところだった。
大きなため息を吐き、玲奈は踏切の傍らに建つ陸橋に視線を向けた。
そこそこ長い階段に「面倒だなぁ」と思いながらも、このままここで遮断機が上がるのを待つのも辛いし、仕方がないと、陸橋の方に足を向けた。
玲奈の他にも同じような歩行者の姿は沢山あって、みんな汗をふきふき階段を上っている。
短パンに薄いTシャツを羽織っただけの元気な小学生たちの集団が、二輪車用のスロープを自転車を押しながら駆け上っていくのを目にしながら、自分にもあんな元気があればいいのに、と玲奈は小さく息を吐いた。
やっとの思いで階段を上り切ったころには再び汗が吹き出しており、額から胸元までぐっしょりと濡れた感覚がして何とも気持ちが悪かった。
早く本を買って帰って、シャワーでも浴びてさっぱりしたい。
そう思いながら対岸に向かって歩いていると、
「あれ? 玲奈」
目の前に、こちらに向かって歩いてくる姉・結奈の姿があった。
なるべく日焼けしないようにデニムのロングパンツに白いボタンダウンシャツを着ている玲奈とは異なり、結奈は太ももから下を剥き出しにしたようなホットパンツにキャミソール姿という、何とも目のやり場に困るような服装だった。汗に濡れてうっすらと透けて見える下着すら気にしているような様子もない。
朝から家に居なかったからてっきりバイトにでも行っているのかと思ったけれど、どうやらひとりで遊びに出ていただけのようだ。
「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
「ちょっとジムにね」それから結奈は玲奈の姿を上から下までじろじろ見るような仕草をしてから、「……暑くない? そのカッコ」
「暑いけど、日焼けしたくないし。お姉ちゃんこそ、またそんな格好で。お父さんに怒られちゃうよ?」
「いいのいいの、どんな服を着ようが私の勝手じゃん?」
「そうだけど……ブラが透けて見えてる」
その言葉に、結奈はケラケラ笑う。
「見せてんのよ」
「意味わかんない」
「だってほら、私、魅力的だし」
ぱちりとウィンクしながら胸と尻を突き出す結奈に、玲奈は呆れて深いため息を吐きながら、
「……また変な人に狙われちゃうよ?」
「気を付けてればダイジョーブ。それに私、そこそこ強いし?」
「油断しすぎ」
「玲奈も少しは自分の魅力を前に出していけばいいのに。あんただって、立派なモン持ってんだからさ。高校生にもなって、いまだに彼氏もいないんでしょ?」
「私は別にいい」
「え~?」と結奈はにやりと笑んでから、「そんなこと言って、どうせまたひとりで暇を持て余して本屋にでも行こうとしてんでしょ? さっき、桜ちゃんと村田くんがデートしてんの見たよ? あんたもとっとと彼氏作って、デートにでも行けばいいのに」
「いいってば」
「まったく、あんたも可愛んだから、少しはアピールしていかないと」
かまわず喋る姉に、玲奈はそろそろ辟易していた。
玲奈も色恋ごとに全く興味がないというわけではないのだけれど、誰でもかまわないわけではない。この人となら一緒にいたい、遊びに行きたい、そう思える人にまだ出会っていないだけなのだ。そういうことにしておいて欲しい。
「じゃぁ、私、行くね。暑いし」
わざとらしく腕で汗を拭って見せると、結奈は肩にかけていた小さなバッグに手を突っ込み、
「あ、汗拭きいる?」
「……ありがと」
玲奈は素直に汗拭きシートを受け取ると、額や首筋を拭った。ひんやりとした感覚が気持ちいい。
「ま、私も今からバイトだし、行くね」
手を振る結奈に、玲奈は「あ、うん」と返事する。
颯爽とすれ違い去っていく結奈の後ろ姿を見ながら、「お姉ちゃんも自由な人だなぁ」と玲奈はひとり言ちた。それから改めて本屋に向かって歩き出そうとしたところで、
「……うわっ」
結奈を追うように、怪しげな黒い影の群れが玲奈の横を通り過ぎていくのが見えた。
またあんなに引き連れて――まぁ、お姉ちゃんなら自分で何とかするか。
玲奈は肩を撫でおろし、ふたたび陸橋を歩き始めたのだった。
宮野首玲奈は暑い日差しの降り注ぐ中、セミの鳴き声から逃れるようにコンビニの中に飛び込んだ。いつも読んでいる漫画を買いに駅前の大型書店まで行くだけのつもりだったが、あまりの暑さに玲奈は耐えることができなかったのだ。
ひんやりとした冷たい空気にほっと胸を撫でおろし、しばらく汗が引くのを待ってから、玲奈はお気に入りのレモンシャーベットアイスを買って再び外に出た。
店先の狭い日陰に身を潜めるようにして、玲奈はアイスを口にする。さわやかな香りとひんやりとしたシャーベットの冷たさが口の中いっぱいに広がり、生き返ったような気がした。
コンビニから道路を挟んだ向かい側には大きな踏切があり、昔から“開かずの踏切”と呼ばれ倦厭されてきた。今も多くの自動車が列を成し、遮断機が上がるのを待っている。一応、すぐそばに二輪車も通れるほどの大きな陸橋があって、そちらを利用する歩行者も多くいた。
玲奈もアイスを食べ終わるとカップをゴミ箱に捨て、踏切に向かって歩き始めた。この踏切さえ超えてしまえば、本屋まではあともう少しだ。
玲奈はようやく上がった遮断機を前に、急いで渡ってしまおうと思ったのだけれど、間髪入れずに再びカンカンと音が鳴り始める。
「あっ!」と駆け足になりかけたところで履いていたサンダルが歩道のわずかな縁石に引っかかり、思わず前のめりに転げそうになるのを何とか耐えたところで顔を向ければ、容赦なく遮断機がまた下りたところだった。
大きなため息を吐き、玲奈は踏切の傍らに建つ陸橋に視線を向けた。
そこそこ長い階段に「面倒だなぁ」と思いながらも、このままここで遮断機が上がるのを待つのも辛いし、仕方がないと、陸橋の方に足を向けた。
玲奈の他にも同じような歩行者の姿は沢山あって、みんな汗をふきふき階段を上っている。
短パンに薄いTシャツを羽織っただけの元気な小学生たちの集団が、二輪車用のスロープを自転車を押しながら駆け上っていくのを目にしながら、自分にもあんな元気があればいいのに、と玲奈は小さく息を吐いた。
やっとの思いで階段を上り切ったころには再び汗が吹き出しており、額から胸元までぐっしょりと濡れた感覚がして何とも気持ちが悪かった。
早く本を買って帰って、シャワーでも浴びてさっぱりしたい。
そう思いながら対岸に向かって歩いていると、
「あれ? 玲奈」
目の前に、こちらに向かって歩いてくる姉・結奈の姿があった。
なるべく日焼けしないようにデニムのロングパンツに白いボタンダウンシャツを着ている玲奈とは異なり、結奈は太ももから下を剥き出しにしたようなホットパンツにキャミソール姿という、何とも目のやり場に困るような服装だった。汗に濡れてうっすらと透けて見える下着すら気にしているような様子もない。
朝から家に居なかったからてっきりバイトにでも行っているのかと思ったけれど、どうやらひとりで遊びに出ていただけのようだ。
「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
「ちょっとジムにね」それから結奈は玲奈の姿を上から下までじろじろ見るような仕草をしてから、「……暑くない? そのカッコ」
「暑いけど、日焼けしたくないし。お姉ちゃんこそ、またそんな格好で。お父さんに怒られちゃうよ?」
「いいのいいの、どんな服を着ようが私の勝手じゃん?」
「そうだけど……ブラが透けて見えてる」
その言葉に、結奈はケラケラ笑う。
「見せてんのよ」
「意味わかんない」
「だってほら、私、魅力的だし」
ぱちりとウィンクしながら胸と尻を突き出す結奈に、玲奈は呆れて深いため息を吐きながら、
「……また変な人に狙われちゃうよ?」
「気を付けてればダイジョーブ。それに私、そこそこ強いし?」
「油断しすぎ」
「玲奈も少しは自分の魅力を前に出していけばいいのに。あんただって、立派なモン持ってんだからさ。高校生にもなって、いまだに彼氏もいないんでしょ?」
「私は別にいい」
「え~?」と結奈はにやりと笑んでから、「そんなこと言って、どうせまたひとりで暇を持て余して本屋にでも行こうとしてんでしょ? さっき、桜ちゃんと村田くんがデートしてんの見たよ? あんたもとっとと彼氏作って、デートにでも行けばいいのに」
「いいってば」
「まったく、あんたも可愛んだから、少しはアピールしていかないと」
かまわず喋る姉に、玲奈はそろそろ辟易していた。
玲奈も色恋ごとに全く興味がないというわけではないのだけれど、誰でもかまわないわけではない。この人となら一緒にいたい、遊びに行きたい、そう思える人にまだ出会っていないだけなのだ。そういうことにしておいて欲しい。
「じゃぁ、私、行くね。暑いし」
わざとらしく腕で汗を拭って見せると、結奈は肩にかけていた小さなバッグに手を突っ込み、
「あ、汗拭きいる?」
「……ありがと」
玲奈は素直に汗拭きシートを受け取ると、額や首筋を拭った。ひんやりとした感覚が気持ちいい。
「ま、私も今からバイトだし、行くね」
手を振る結奈に、玲奈は「あ、うん」と返事する。
颯爽とすれ違い去っていく結奈の後ろ姿を見ながら、「お姉ちゃんも自由な人だなぁ」と玲奈はひとり言ちた。それから改めて本屋に向かって歩き出そうとしたところで、
「……うわっ」
結奈を追うように、怪しげな黒い影の群れが玲奈の横を通り過ぎていくのが見えた。
またあんなに引き連れて――まぁ、お姉ちゃんなら自分で何とかするか。
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