闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)

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第3部 第1章・黒髪の少女

第4回

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「相原さん、いったい何の話をしようとしてたんだと思う?」

 お昼休み、玲奈と桜は向かい合って席に座り、一緒にお弁当を食べているところだった。

 玲奈に問われて、桜は口をもごもごさせながら。
「さぁ、何か気になることでもあったんだろうけど、あれから一度も目を合わせてくれなかったし。まぁ、もともと視線が合ってもすぐにそっぽ向くか、さもなきゃ机に突っ伏して無視しようとするような子ではあったけど」

「無視、なのかなぁ?」玲奈は言って、窓の外を見上げながら、「私は、無視っていうよりも、人と関わるのが苦手な子なんだろうなって思うんだけど――」

「それって同じじゃない? 無視してんのと」

「全然違うと思うよ。だって、私もわかるもの。桜や村田くんみたいに話しかけてくれるから普通に話せているけど、私も人と関わるのは苦手な方だし…… なんて言えばいいのかなぁ。どう挨拶すれば良いのか判らない、何を話せばいいのか判らない。そんな感じ。困って迷って、考えるだけで頭がいっぱいになっちゃって、結局なんにもできないの」

「ふ~ん? あたしにはよく解んないなぁ。だって、話さないと伝わらないじゃん、その気持ちだって。とりあえず、何でも良いから適当に話題を振ってみればいいだけじゃない?」

「それができるかできないかは、人次第ってこと」

「ふ~ん…… わかったような、わからないような……」

 まぁ、桜には解んないかもなぁ。

 玲奈はそう思いながら愛想笑いを浮かべて、ぱくりと卵焼きを口に含んだ。

 正直、玲奈にも相原奈央の考えていることは判らなかった。どうしてあんなに人と関わろうとしないのか、或いは関われないのか。誰とも話さず、まるで話しかけられるのすら避けているような雰囲気を出しているのはどうしてなのか。それとも、無意識的なものなのか。

 考えてみれば、相原と会話したのも初めてだったかもしれない。
 可愛らしい、けれどどこか大人びた声だったような気がする。

 玲奈はふと、主のいない後ろの席を振り返った。

 今日もどこでお昼ご飯を食べているのだろうか。今まで一度も、相原が教室でお弁当を食べているところを見たことはない。或いは毎日学生食堂に行っているのかも知れないけれど、そこで誰かと楽しそうに談笑している姿すら、玲奈にはまるで想像できなかった。

 思えば相原について知っていることなんて、何一つない。二年生に上がってすぐに行った自己紹介の時ですら、彼女はただ自身の名前を口にしただけだった。

 クラスの誰も彼女に話しかけようとした者はいなかった――と思う。それがどうしてなのか解らないけれど、男子も女子も、誰も彼女に率先して話しかけようとする者すらこれまで一人もいなかったかも知れない。

 それはまるで彼女自身だけでなくて、玲奈たちクラスメイト達も、同じように相原には話しかけないようにしようという、謎の空気に満ちていたような気もした。

「まぁ、アレだよ」
 玲奈がいろいろ考えていると、桜がその考えに割って入るように口を開いた。
「もし本当に何か言いたいことがあれば、きっとあっちからまた話しかけてくれるんじゃないかね? 相原さんだって、珍しくあたしたちの会話に入ってこようとしていたわけだし、全然関わらないつもりってわけでもなさそうだからさ」

「……うん、そうだね」

 玲奈は頷いて、ご飯に箸をつけたところで、

「それにしても、玲奈のお弁当、小さくない?」

「え? そう?」

「うん、いつも思ってたけど普通より小さい。なにそのお弁当、幼稚園児用?」

「……悪い?」

 事実、そのお弁当は玲奈が幼稚園の頃からずっと使い続けているものだった。

「悪くはないけど、これは一つの怪奇現象だよね」

「何が?」

「どうやったらそんなに育つわけ? それ」

 言って箸で玲奈の胸を指す桜に、玲奈は辟易したようにため息を吐くと、

「知らない」

 短く答えて、それ以上は無視するように、食事をつづけたのだった。

 その後も午後の授業を普段通りに終え、部活動や委員会に向かう生徒たちのいるなか、玲奈と桜は帰宅の準備を進めていた。

 玲奈も桜も部活動には所属していない。一応代わりとして玲奈はクラスの風紀委員をやっているのだが、普段から特に何か仕事があるというわけでもなく、今日はこれからの予定も一切ない。桜に至っては委員会すらなく、自ら帰宅部を称していた。このままふたりでどこかに寄って帰るのもいいかも知れない。

 思いながら、ふたりは通学鞄に持ち帰る教材を詰め込むと、他愛もない会話を交わしながら教室を出ようとしたところで、
「あ、あの……」
 後ろから声を掛けられて、玲奈も桜もその足を止め、振り返った。

 そこには不安そうな表情を浮かべた相原奈央が立っており、玲奈はそんな相原に、「……どうしたの?」と、なるべく優しく、安心させるように問いかけた。

 その見た目から自分に自信のある女の子なんだと漠然と思っていたのだけれど、今目の前にいる相原はまるでそんな様子もなく、逆におどおどしていて、とても気弱そうに見えるほどだった。意外に思いながら、玲奈は相原の返事を待った。

 相原はしばらく口をもごもごさせながら緊張した様子だったが、やがて意を決したように、ゆっくりと、慎重に口を開いた。

「あ、あの、朝、話してた、喪服の少女の事なんだけど……」

 その瞬間、玲奈と桜は思わず顔を見合わせる。

 ――きた、と思った。しかも、やはり相原は喪服の少女のことを訊ねてこようとしている。

 玲奈は若干、身構えるような思いだった。なぜなら、玲奈はかねてより、祖母や結奈から強く『喪服の少女には決して関わってはいけない』と言い含められていたからである。

 何がどう危険なのか、玲奈は詳しい話を聞いてはいない。訊くことすら咎められるほど、それは危険な存在であると教えられてきた。それゆえに、桜との会話の中でごく稀に話題になることはあったけれど、それ以上踏み込んだことはこれまで一度もなかった。話題になったとしても、努めて気にしないようにしてきた噂話。

 それなのに、相原奈央は、今その話題に踏み込もうとしているのだ。

 玲奈はごくりとつばを飲み込み、
「……その話が、どうかしたの?」
 と、拳を軽く握りながら、相原に訊ねた。

 相原はその問いに、すぐには答えなかった。相原自身も迷いがあるのだろう。喪服の少女の件は、普通に考えればただの噂話にしか過ぎない。しかも、わざわざ好んで話題にする者も少ない、都市伝説のようなものだ。それはある意味、噂話を知っている者たちの間でも、禁忌の話題といって等しく、それと同時に、非常に馬鹿馬鹿しい話のひとつでもあった。

 しばらくして、相原はゆっくりとだが、言葉を選ぶように、
「たぶん、朝話してた業者の人。私の知ってる人かも知れなくて…… その人、ずっと喪服の女の子の話してて…… 昨日から家に戻ってなくて…… できれば、もっと詳しく、話を聞きたいの……」

 その言葉に、玲奈と桜は目を見開き、再び顔を見合わせた。

 どうする? と眼で問うてくる桜に、玲奈は一瞬逡巡し、けれど小さく頷いて見せた。

「……いいよ、わかった」玲奈の代わりに、桜が重たい口を開いた。「ただ、私もそこまで詳しく知らなくてさ、力になれないかも知れない。それでもいい?」

 それに対して、相原は静かに、こくりと頷いたのだった。
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