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第3部 序章・玲奈
第3回
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玲奈はこの時、改めて姉・結奈から聞いた話を実感した。結奈も玲奈と同様、死者を見ることができるが、同時にその存在は玲奈と同じで、生者と区別することが難しいという。明らかに死んでいるであろう見た目――それこそ頭部がえぐれている、臓物がはみ出している、全身血まみれで身体の部位が欠損しているなどなど――でないかぎり、ぱっと見で生死の判断をすることなど到底不可能だった。そして今まさに目にしている学ランの男子など、どこからどう見てもごく普通の、どこかの男子中学生以外には見えなかったのである。
村田はまじまじと困惑している玲奈を見つめ、見つめられている玲奈もまた学ランの男子と村田を交互に見やる。
「――本当に、見えないの?」
「……もしかして宮野首って、霊能力者とかいうやつ?」
訊ねられて、玲奈はどう答えたものか逡巡しつつ、
「えっと、その……わかんない。霊能力ってのがどういうものか、私にもわからないから…… だけど、そう。私には、あそこに学ランの男の子が確かにいて、桜さんと楽しそうにお話ししているのが見えてるの……」
「……そうか」
村田は言って、小さくかぶりを振った。
それを見て、玲奈はどうしよう、と唇をかんだ。確かに自分には学ランの男子が視えている。けれど、それは結奈にしか視えておらず、大多数の人から見れば幻覚を見ているか、精神的な病か、そうでなければ嘘を吐いているようにしか感じられないことだろう。村田もきっと私の視ているものを信じてはいない。私が変なことを言っていると思っているのに違いない。けれど、確かにあそこには学ランの男子がいて、桜という女の子と楽しそうに笑いあっているのだ。
玲奈は小さくため息を吐き、そして拳を握り締めた。
例え村田くんに信じてもらえなくても、あれが死者であるというのならどうにかしないといけないかも知れない。お姉ちゃんも言っていた。死者の大半は害のない存在だけれども、中には明らかな悪意を持って生者を陥れようとしている者もいるって。あの学ランの子がそのどちらなのか判らないけれど、判らないからこそ、あの学ランの男子の真意を探らなくちゃ。もし悪意のある方だったら――
「どうした? 宮野首」
村田に声をかけられて、玲奈ははっと我に返った。「え、あっ……」と口にしながら両手を振って、
「う、ううん。なんでもない……」
そんな玲奈に、村田は眉根を寄せる。
「……その学ランの男、そんなにヤバそうなのか?」
「――えっ?」
村田の様子に、玲奈は一瞬呆気にとられた。その言葉の意味をはかりかねて、思わず首を傾げてしまう。
村田は「だから」と真剣な眼差しで、
「悪霊とか、お化けとか、そういう類のヤバそうなやつなのかってきいてるんだよ」
玲奈は「えっ」と思わず口にして、
「――信じてくれるの? 私の言ってることを」
「……信じるも何も、実際、桜のやつは誰もいない方向に向かって喋り続けてんだろ? 俺にはお化け桜に向かって語り掛けてるようにしか見えないけど、そんなの、どう考えたっておかしいじゃないか。少なくとも、俺の知ってる桜はそんなことするようなやつじゃない。昔からどこか男っぽくて、花を愛でるような女じゃないんだ」
「昔から?」
村田はうんと頷いて、
「俺と桜、いわゆる幼馴染なんだよ。親父同士が小学校の頃からの友達でさ。ずっと近くに住んでたものだから、大人になってからも仲が良くって、俺も桜も産まれた時からほとんどずっと一緒だったんだ。だから、あいつのことは他の誰よりもよく知ってる。アイツは絶対に、木や花に語り掛けるような女じゃない。がさつで、おしゃべりで、いつも元気で――」
だから、と村田はもう一度、桜の方に視線を向けながら、
「今のアイツは、絶対に何かおかしい。宮野首がアイツの喋っている先に学ランの男子がいるって言うんなら、きっとそうなんだろう。俺には見えないけど、宮野首が言う通りあそこには学ランの男子がいて、そいつが桜に何かしてるんだって考えた方が納得できる」
「村田くん……」
村田は改めて玲奈の方に顔を向けると、「頼む」と深々と頭を下げた。
「桜を助けるの、手伝ってくれないか。その学ランの男子ってのが何なのか解らないけど、今の桜は明らかにいつもの桜じゃない。もし学ランの男子が悪霊か何かで、何か悪いことをしようとしているってんなら、何とかして桜を助けなくちゃいけないだろ?」
「で、でも、助けるって言っても――」
どうすればいいのか、玲奈にはまったくわからなかった。そもそもあの学ランの男子が害のある存在なのか、それとも無害な存在なのか、それすら全く判らないのだ。助けるにしても、どうやって助ければ良いかも玲奈にはわからない。玲奈はただ視えるだけ。しかも、それが生者か死者かの判別すら村田に話を聞くまで判らなかったのだ。そんな自分が、果たして桜を助けることなんてできるのだろうか。
「頼む! この通り!」
まるで土下座でもするかのように、地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる村田に、玲奈はしどろもどろになりながら、
「え、あっ…… そ、そ、そう言われても、わわ、私だって……」
その時、ふと頭をよぎったのが結奈から聞いた『気合いパンチ』だった。自分には到底できるとは思えないけれど、お姉ちゃんなら――
「……も、もしかしたら、お姉ちゃんなら、何とかしてくれるかもしれない」
「ほ、本当か? 宮野首のお姉さんも、お前みたいに幽霊が視えたりするのか?」
期待を抱くようなキラキラした瞳で、村田は頭を上げた。
結奈はうんと頷いて、
「お姉ちゃんに、相談してみるね……」
その言葉に、村田は飛び上がるようにして立ち上がると、結奈の両手を掴みながら、
「――頼んだぜ! 宮野首!」
満面の笑みで、そう言った。
村田はまじまじと困惑している玲奈を見つめ、見つめられている玲奈もまた学ランの男子と村田を交互に見やる。
「――本当に、見えないの?」
「……もしかして宮野首って、霊能力者とかいうやつ?」
訊ねられて、玲奈はどう答えたものか逡巡しつつ、
「えっと、その……わかんない。霊能力ってのがどういうものか、私にもわからないから…… だけど、そう。私には、あそこに学ランの男の子が確かにいて、桜さんと楽しそうにお話ししているのが見えてるの……」
「……そうか」
村田は言って、小さくかぶりを振った。
それを見て、玲奈はどうしよう、と唇をかんだ。確かに自分には学ランの男子が視えている。けれど、それは結奈にしか視えておらず、大多数の人から見れば幻覚を見ているか、精神的な病か、そうでなければ嘘を吐いているようにしか感じられないことだろう。村田もきっと私の視ているものを信じてはいない。私が変なことを言っていると思っているのに違いない。けれど、確かにあそこには学ランの男子がいて、桜という女の子と楽しそうに笑いあっているのだ。
玲奈は小さくため息を吐き、そして拳を握り締めた。
例え村田くんに信じてもらえなくても、あれが死者であるというのならどうにかしないといけないかも知れない。お姉ちゃんも言っていた。死者の大半は害のない存在だけれども、中には明らかな悪意を持って生者を陥れようとしている者もいるって。あの学ランの子がそのどちらなのか判らないけれど、判らないからこそ、あの学ランの男子の真意を探らなくちゃ。もし悪意のある方だったら――
「どうした? 宮野首」
村田に声をかけられて、玲奈ははっと我に返った。「え、あっ……」と口にしながら両手を振って、
「う、ううん。なんでもない……」
そんな玲奈に、村田は眉根を寄せる。
「……その学ランの男、そんなにヤバそうなのか?」
「――えっ?」
村田の様子に、玲奈は一瞬呆気にとられた。その言葉の意味をはかりかねて、思わず首を傾げてしまう。
村田は「だから」と真剣な眼差しで、
「悪霊とか、お化けとか、そういう類のヤバそうなやつなのかってきいてるんだよ」
玲奈は「えっ」と思わず口にして、
「――信じてくれるの? 私の言ってることを」
「……信じるも何も、実際、桜のやつは誰もいない方向に向かって喋り続けてんだろ? 俺にはお化け桜に向かって語り掛けてるようにしか見えないけど、そんなの、どう考えたっておかしいじゃないか。少なくとも、俺の知ってる桜はそんなことするようなやつじゃない。昔からどこか男っぽくて、花を愛でるような女じゃないんだ」
「昔から?」
村田はうんと頷いて、
「俺と桜、いわゆる幼馴染なんだよ。親父同士が小学校の頃からの友達でさ。ずっと近くに住んでたものだから、大人になってからも仲が良くって、俺も桜も産まれた時からほとんどずっと一緒だったんだ。だから、あいつのことは他の誰よりもよく知ってる。アイツは絶対に、木や花に語り掛けるような女じゃない。がさつで、おしゃべりで、いつも元気で――」
だから、と村田はもう一度、桜の方に視線を向けながら、
「今のアイツは、絶対に何かおかしい。宮野首がアイツの喋っている先に学ランの男子がいるって言うんなら、きっとそうなんだろう。俺には見えないけど、宮野首が言う通りあそこには学ランの男子がいて、そいつが桜に何かしてるんだって考えた方が納得できる」
「村田くん……」
村田は改めて玲奈の方に顔を向けると、「頼む」と深々と頭を下げた。
「桜を助けるの、手伝ってくれないか。その学ランの男子ってのが何なのか解らないけど、今の桜は明らかにいつもの桜じゃない。もし学ランの男子が悪霊か何かで、何か悪いことをしようとしているってんなら、何とかして桜を助けなくちゃいけないだろ?」
「で、でも、助けるって言っても――」
どうすればいいのか、玲奈にはまったくわからなかった。そもそもあの学ランの男子が害のある存在なのか、それとも無害な存在なのか、それすら全く判らないのだ。助けるにしても、どうやって助ければ良いかも玲奈にはわからない。玲奈はただ視えるだけ。しかも、それが生者か死者かの判別すら村田に話を聞くまで判らなかったのだ。そんな自分が、果たして桜を助けることなんてできるのだろうか。
「頼む! この通り!」
まるで土下座でもするかのように、地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる村田に、玲奈はしどろもどろになりながら、
「え、あっ…… そ、そ、そう言われても、わわ、私だって……」
その時、ふと頭をよぎったのが結奈から聞いた『気合いパンチ』だった。自分には到底できるとは思えないけれど、お姉ちゃんなら――
「……も、もしかしたら、お姉ちゃんなら、何とかしてくれるかもしれない」
「ほ、本当か? 宮野首のお姉さんも、お前みたいに幽霊が視えたりするのか?」
期待を抱くようなキラキラした瞳で、村田は頭を上げた。
結奈はうんと頷いて、
「お姉ちゃんに、相談してみるね……」
その言葉に、村田は飛び上がるようにして立ち上がると、結奈の両手を掴みながら、
「――頼んだぜ! 宮野首!」
満面の笑みで、そう言った。
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