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第2部 第3章 闇の抱擁
第17回
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響紀はその音に、じとりと手足が湿るのを感じる。あるはずのない心臓が激しく脈打ち、がくがくと身体が震えだした。この感覚が何なのか、響紀にはすでに解っていた。
――奴らだ。アイツらが、今、ここにいる。
ぴちょんっ、ぴちょんっ……
その音は至る所から耳に入り、そして次の瞬間。
「――助けてっ!」
奈央の叫び声が二階から大きく聞こえてきた。
「あ、相原さん!」
木村の焦る声に、響紀はどきりとしながら階上に眼をやった。
なんだ、何が起こっているんだ。響紀はすぐにでも二階に駆け上がりたかった。何が起こっているのかこの目で確かめて、奈央たちを助けなければならないと足に力を込めた。それなのに、体は思うように動かない。何故、と足元に目を向ければ。そこには複数の腕が床から伸び、響紀の足首をその手で強く掴んでいた。
「――なっ!」
響紀は驚愕し、そして戦慄した。
己の足首を掴む手から逃れようと激しく脚を動かしたが、それを決して許さぬとその手はより強く足首をぎゅっと掴んだ。その手は徐々に徐々に響紀の足首の中に、内側に侵入し、どろどろの泥水となって響紀の身体をその中へ引きずり込もうとしていた。
「やめろ! 離せ! くそがっ!」
激しい悪態を吐く響紀の耳に、
「嫌! 離して! 助けて! 木村くん!」
「「奈央!」」
奈央の叫びに対して、響紀と木村の声が重なった。
響紀は悍ましいその腕に右手を伸ばし、引き剝がそうとして力いっぱいに握り締めた。その瞬間、右腕に巻いていたブレスレットが再び強く輝いた。その光は響紀の足首を掴む腕を包み込むと、一瞬にして激しい炎となってその腕を焼き払った。
「あああぁああっあぁぁ―――――――っ!」
何者かの苦痛に悶える叫び声が泥水の中から響き渡り、逃げるようにして、その腕らは泥水の中へと沈んでいった。
解放された響紀は今一度二階へと視線を向け、力強く床を蹴った。跳ねるように階段を駆け上がり、
「奈央!」
張り裂けんばかりにその名前を口にする。
果たしてそこには、床に倒れる若い男と、巨大な肉の塊にその身体の自由を奪われた、奈央の姿があった。
奈央の身体には蛇のような腕や手が這うように回されていた。それらは明らかに一人や二人のものではなく、もっと沢山の男の手のようだった。それらが奈央の顔や腕や胸、腹や尻、太腿、脛、そして股の内を触手か何かのように蹂躙せんとしていたのである。
耐え難い腐臭が辺りに満ち、響紀は眉間にしわを寄せた。
まるで腐った団子のようなその塊に、響紀は絶句する。所々に見える男の顔はそれぞれがにやにやと下卑た笑いを浮かべており、激しく明滅する灯りの下で、今まさに奈央の身体を取り込もうとしていた。奴が――いや、奴らが奈央に対して何をしようとしているのかなど、考えるまでもなかった。
「嫌、やめて、やめて……!」
奈央は股の内に侵入し、その奥を貫こうとする腕に目を見張り、激しく首を横に振った。
その瞬間、床に転んでいた木村が「わああぁっ!」と大きく叫び声をあげ、肉塊に向かって駆け出した。奈央の身体にしがみつきながら、奈央の身体に巻き付いた腕や手を必死に引き剥がそうと試みる。
けれど、そんな行動にはどんな意味も与えられなかった。
奈央に巻き付いていた腕が一本、木村の首に伸びたかと思うと、その首をぐっと掴み、ギリギリと締め上げたのだ。
木村は必死にその腕を振り払おうと藻がいたが、しかし徐々に徐々にその爪先は床から浮き、だらりと力なく両腕を垂らした。
その様子に、肉塊はケラケラと嘲り笑った。新たな死者が、仲間が増えることがそんなに嬉しいのか、楽しいのか、奈央の身体を弄びながら、木村の首をへし折らんばかりに力を込めた。
「やめて…… やめて…… 死んじゃう、木村くんが死んじゃう…… やめて、やめて……!」
奈央の涙にまみれたその叫びに、響紀は強く拳を握り締めた。右腕に巻かれたブレスレットが、これまでに感じたことのないような強い熱を発し、それは響紀の心と同調するように強く光り輝いた。
そして次の瞬間、響紀は大きく雄叫びを上げていた。
その叫び声は家全体を激しく揺らし、ぱしんっ、ぱしんっと何かが弾けるような音が響き渡った。
肉の塊は驚いたようにその動きを止め、響紀の方にすべての顔を向けた。視線が交わり、気持ちの悪いくらいに眼という眼が大きく見開かれる。
その途端、響紀の身体は、自分でも想像もしないほどの速さで肉の塊に向かって突っ込んでいた。大きく拳を振り上げて、肉の塊の中にめり込むように、その拳を激しく叩きつける。
肉の塊は絶叫し、響紀の拳によってその身体はバラバラに爆ぜ、辺り一帯に頭や腕や足や赤黒い肉塊が飛び散った。
解放された奈央と木村の身体が、どさりと床の上に力無く崩れ落ちる。
響紀はその場に立ったまま、激しく肩を上下させた。奈央と木村の無事を横目で確認し、ついでバラバラになった肉塊に眼を戻す。それらはその一つ一つがまるでスライムのように動き出し、階下に向かって逃げていく。
「……絶対に逃がさねぇ」
響紀はじっとそれらを睨みつけ、あとを追うように駆け出した。
――奴らだ。アイツらが、今、ここにいる。
ぴちょんっ、ぴちょんっ……
その音は至る所から耳に入り、そして次の瞬間。
「――助けてっ!」
奈央の叫び声が二階から大きく聞こえてきた。
「あ、相原さん!」
木村の焦る声に、響紀はどきりとしながら階上に眼をやった。
なんだ、何が起こっているんだ。響紀はすぐにでも二階に駆け上がりたかった。何が起こっているのかこの目で確かめて、奈央たちを助けなければならないと足に力を込めた。それなのに、体は思うように動かない。何故、と足元に目を向ければ。そこには複数の腕が床から伸び、響紀の足首をその手で強く掴んでいた。
「――なっ!」
響紀は驚愕し、そして戦慄した。
己の足首を掴む手から逃れようと激しく脚を動かしたが、それを決して許さぬとその手はより強く足首をぎゅっと掴んだ。その手は徐々に徐々に響紀の足首の中に、内側に侵入し、どろどろの泥水となって響紀の身体をその中へ引きずり込もうとしていた。
「やめろ! 離せ! くそがっ!」
激しい悪態を吐く響紀の耳に、
「嫌! 離して! 助けて! 木村くん!」
「「奈央!」」
奈央の叫びに対して、響紀と木村の声が重なった。
響紀は悍ましいその腕に右手を伸ばし、引き剝がそうとして力いっぱいに握り締めた。その瞬間、右腕に巻いていたブレスレットが再び強く輝いた。その光は響紀の足首を掴む腕を包み込むと、一瞬にして激しい炎となってその腕を焼き払った。
「あああぁああっあぁぁ―――――――っ!」
何者かの苦痛に悶える叫び声が泥水の中から響き渡り、逃げるようにして、その腕らは泥水の中へと沈んでいった。
解放された響紀は今一度二階へと視線を向け、力強く床を蹴った。跳ねるように階段を駆け上がり、
「奈央!」
張り裂けんばかりにその名前を口にする。
果たしてそこには、床に倒れる若い男と、巨大な肉の塊にその身体の自由を奪われた、奈央の姿があった。
奈央の身体には蛇のような腕や手が這うように回されていた。それらは明らかに一人や二人のものではなく、もっと沢山の男の手のようだった。それらが奈央の顔や腕や胸、腹や尻、太腿、脛、そして股の内を触手か何かのように蹂躙せんとしていたのである。
耐え難い腐臭が辺りに満ち、響紀は眉間にしわを寄せた。
まるで腐った団子のようなその塊に、響紀は絶句する。所々に見える男の顔はそれぞれがにやにやと下卑た笑いを浮かべており、激しく明滅する灯りの下で、今まさに奈央の身体を取り込もうとしていた。奴が――いや、奴らが奈央に対して何をしようとしているのかなど、考えるまでもなかった。
「嫌、やめて、やめて……!」
奈央は股の内に侵入し、その奥を貫こうとする腕に目を見張り、激しく首を横に振った。
その瞬間、床に転んでいた木村が「わああぁっ!」と大きく叫び声をあげ、肉塊に向かって駆け出した。奈央の身体にしがみつきながら、奈央の身体に巻き付いた腕や手を必死に引き剥がそうと試みる。
けれど、そんな行動にはどんな意味も与えられなかった。
奈央に巻き付いていた腕が一本、木村の首に伸びたかと思うと、その首をぐっと掴み、ギリギリと締め上げたのだ。
木村は必死にその腕を振り払おうと藻がいたが、しかし徐々に徐々にその爪先は床から浮き、だらりと力なく両腕を垂らした。
その様子に、肉塊はケラケラと嘲り笑った。新たな死者が、仲間が増えることがそんなに嬉しいのか、楽しいのか、奈央の身体を弄びながら、木村の首をへし折らんばかりに力を込めた。
「やめて…… やめて…… 死んじゃう、木村くんが死んじゃう…… やめて、やめて……!」
奈央の涙にまみれたその叫びに、響紀は強く拳を握り締めた。右腕に巻かれたブレスレットが、これまでに感じたことのないような強い熱を発し、それは響紀の心と同調するように強く光り輝いた。
そして次の瞬間、響紀は大きく雄叫びを上げていた。
その叫び声は家全体を激しく揺らし、ぱしんっ、ぱしんっと何かが弾けるような音が響き渡った。
肉の塊は驚いたようにその動きを止め、響紀の方にすべての顔を向けた。視線が交わり、気持ちの悪いくらいに眼という眼が大きく見開かれる。
その途端、響紀の身体は、自分でも想像もしないほどの速さで肉の塊に向かって突っ込んでいた。大きく拳を振り上げて、肉の塊の中にめり込むように、その拳を激しく叩きつける。
肉の塊は絶叫し、響紀の拳によってその身体はバラバラに爆ぜ、辺り一帯に頭や腕や足や赤黒い肉塊が飛び散った。
解放された奈央と木村の身体が、どさりと床の上に力無く崩れ落ちる。
響紀はその場に立ったまま、激しく肩を上下させた。奈央と木村の無事を横目で確認し、ついでバラバラになった肉塊に眼を戻す。それらはその一つ一つがまるでスライムのように動き出し、階下に向かって逃げていく。
「……絶対に逃がさねぇ」
響紀はじっとそれらを睨みつけ、あとを追うように駆け出した。
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