102 / 247
第2部 第2章 常闇の水
第6回
しおりを挟む
3
響紀は何の手がかりもないままに人を探すというその行為に、心底辟易していた。
宮野首の残したあまりにも曖昧な言葉をもとに、神社を中心として半径1~2キロを歩き回ったが、そもそも宮野首の祖母の顔を知らないのだから、もしすれ違っていたとしても気付けるはずもない。せめて宮野首が一緒に探してくれたら良かったのに、と舌打ちする。それからふと、先程の宮野首との会話の中で、社務所にいた眼鏡のおっさんが、ぼんやりとだが影として死者の姿が見えていると言っていたことを思い出した。
もしかしたら、あのおっさんなら一緒に探してくれるかも知れない。
そんな期待を胸に一度神社まで戻り、社務所に向かう。ガラス越しに見える眼鏡の男は白髪混じりの小さな頭に、ひょろっとした細身の体が何とも頼りなさげだった。年の頃は響紀の父親と同じくらいだろうか。如何にも神経質そうな表情でパソコンに顔を向けている。
響紀はそんな男に、ガラス越しに声を掛けた。
「なあ、おっさん、頼みがあるんだけど」
しかし、反応がない。仕事に集中しているのか、視線をパソコンから離す気はさらさらないといった様子だ。
響紀は大きく舌打ちして、今度はガラスをドンドン叩きながら声を張り上げた。
「なぁ! ちょっと俺の話聞いてくれるか?」
その瞬間、社務所に居た数人の巫女や神職者達が、ぎょっとした表情で響紀を見た。
いや、違う。正確には、響紀を見てはいない。微妙に視線の先がズレている。
やはり、俺の姿は見えていないのだ。
そう思ったが、しかし一人だけ明らかに視線の交わる者があった。
件の眼鏡の男である。
「悪いんだけどさ、人を探すの手伝ってくれないか? 一人じゃ難しくて」
けれど、その眼鏡の男はしばらく怯えたように響紀の事を見つめるばかりで、再びパソコンに顔を戻してしまった。
どうやら無視を決め込むつもりらしい。先程の宮野首と一緒だ。きっとその理由も。
「いや、あんたに危害を加えようって気はさらさらないんだよ。ただ人探しを手伝って欲しいだけなんだ。あんた、ぼんやりとでも俺の姿が見えるんだろう? なあ、頼むよ」
しかし、まるで響紀の声など聞こえていないかのように、ただひたすらにキーボードに何やら打ち込み続けていた。
もしかして、本当に俺の声が聞こえていないのか?
響紀は思い、腹の底から張り裂けんばかりの雄叫びをあげた。しかしその声はやはり聞こえてなどいないらしく、眼鏡の男はおろか、他の神職者達も自分の仕事を黙ってこなし続けた。
これでは話にならない。声が聞こえないのであれば、意思を伝えることなんて出来るはずもない。
響紀は深いため息を吐き、それと同時に悪態を吐いた。その平然とした男の様子に何だか無性に腹の虫の居所が悪くなり、響紀は思い切りガラス窓に顔を近づけると、目をまん丸くしながら、忌々しい思いで男の顔をじっと睨みつけてやった。
男もそんな響紀の視線に気付いたのだろう。不意に顔を上げ、響紀に目をやる。ふたりの視線が確かに交わり、男の表情が明らかな怯えに変わるのがわかった。男は必死に見えていないふりをしようと再びパソコンに顔を戻したが、しかしその手は大きく震えていた。
響紀はその様子が可笑しくて、面白くて、しばらくじっと男を睨み続けていた。
やがて男はその視線に耐えられなくなったのだろう、そそくさと立ち上がると、社務所の奥へと姿を消してしまうのだった。
その様に響紀は思わず笑い転げていたが、しばらくして気も収まると社務所をあとにし、拝殿の方に回り込んだ。
こうなっては他に当てがない。いっそのこと神頼みでもしてみようと考えたのだ。
しかし、いざ拝もうと拝殿に続く石段に足を上げようとした瞬間、何者かの鋭い視線と威圧感に思わず体が震え上がった。
足を止め、後ろを振り向く。そこにあるのは対の狛犬。こちらに背を向けているはずなのに、何故かじっとそれらに睨みつけられているような気がして。
もう一度、響紀は拝殿に向かって足を踏み出そうとする。が、まるで石化してしまったかのように足が持ち上がらなかった。何故、と思った途端、先程眼鏡の男を怯えさせたことが脳裏に浮かぶ。
あれか? もしかして、あれで怒りを買ったのか? あの程度で?
悪戯のつもりだった。そこまで悪気はなかった。けど、あの時の様子がどうしても頭から離れない。そこに他者の意思を感じ、身が震えだす。拒まれているのだということに思い至るまで、さほどの時間はかからなかった。
響紀は拝殿に向かうのを諦めると、おずおずと唐門の方へと歩き出した。
その間、視線と威圧感は、常に響紀の背中に押し付けられた。
そしてそれは、長い石段を下りきり、石鳥居を抜けて参道を出るまで、ずっと続いたのだった。
響紀は何の手がかりもないままに人を探すというその行為に、心底辟易していた。
宮野首の残したあまりにも曖昧な言葉をもとに、神社を中心として半径1~2キロを歩き回ったが、そもそも宮野首の祖母の顔を知らないのだから、もしすれ違っていたとしても気付けるはずもない。せめて宮野首が一緒に探してくれたら良かったのに、と舌打ちする。それからふと、先程の宮野首との会話の中で、社務所にいた眼鏡のおっさんが、ぼんやりとだが影として死者の姿が見えていると言っていたことを思い出した。
もしかしたら、あのおっさんなら一緒に探してくれるかも知れない。
そんな期待を胸に一度神社まで戻り、社務所に向かう。ガラス越しに見える眼鏡の男は白髪混じりの小さな頭に、ひょろっとした細身の体が何とも頼りなさげだった。年の頃は響紀の父親と同じくらいだろうか。如何にも神経質そうな表情でパソコンに顔を向けている。
響紀はそんな男に、ガラス越しに声を掛けた。
「なあ、おっさん、頼みがあるんだけど」
しかし、反応がない。仕事に集中しているのか、視線をパソコンから離す気はさらさらないといった様子だ。
響紀は大きく舌打ちして、今度はガラスをドンドン叩きながら声を張り上げた。
「なぁ! ちょっと俺の話聞いてくれるか?」
その瞬間、社務所に居た数人の巫女や神職者達が、ぎょっとした表情で響紀を見た。
いや、違う。正確には、響紀を見てはいない。微妙に視線の先がズレている。
やはり、俺の姿は見えていないのだ。
そう思ったが、しかし一人だけ明らかに視線の交わる者があった。
件の眼鏡の男である。
「悪いんだけどさ、人を探すの手伝ってくれないか? 一人じゃ難しくて」
けれど、その眼鏡の男はしばらく怯えたように響紀の事を見つめるばかりで、再びパソコンに顔を戻してしまった。
どうやら無視を決め込むつもりらしい。先程の宮野首と一緒だ。きっとその理由も。
「いや、あんたに危害を加えようって気はさらさらないんだよ。ただ人探しを手伝って欲しいだけなんだ。あんた、ぼんやりとでも俺の姿が見えるんだろう? なあ、頼むよ」
しかし、まるで響紀の声など聞こえていないかのように、ただひたすらにキーボードに何やら打ち込み続けていた。
もしかして、本当に俺の声が聞こえていないのか?
響紀は思い、腹の底から張り裂けんばかりの雄叫びをあげた。しかしその声はやはり聞こえてなどいないらしく、眼鏡の男はおろか、他の神職者達も自分の仕事を黙ってこなし続けた。
これでは話にならない。声が聞こえないのであれば、意思を伝えることなんて出来るはずもない。
響紀は深いため息を吐き、それと同時に悪態を吐いた。その平然とした男の様子に何だか無性に腹の虫の居所が悪くなり、響紀は思い切りガラス窓に顔を近づけると、目をまん丸くしながら、忌々しい思いで男の顔をじっと睨みつけてやった。
男もそんな響紀の視線に気付いたのだろう。不意に顔を上げ、響紀に目をやる。ふたりの視線が確かに交わり、男の表情が明らかな怯えに変わるのがわかった。男は必死に見えていないふりをしようと再びパソコンに顔を戻したが、しかしその手は大きく震えていた。
響紀はその様子が可笑しくて、面白くて、しばらくじっと男を睨み続けていた。
やがて男はその視線に耐えられなくなったのだろう、そそくさと立ち上がると、社務所の奥へと姿を消してしまうのだった。
その様に響紀は思わず笑い転げていたが、しばらくして気も収まると社務所をあとにし、拝殿の方に回り込んだ。
こうなっては他に当てがない。いっそのこと神頼みでもしてみようと考えたのだ。
しかし、いざ拝もうと拝殿に続く石段に足を上げようとした瞬間、何者かの鋭い視線と威圧感に思わず体が震え上がった。
足を止め、後ろを振り向く。そこにあるのは対の狛犬。こちらに背を向けているはずなのに、何故かじっとそれらに睨みつけられているような気がして。
もう一度、響紀は拝殿に向かって足を踏み出そうとする。が、まるで石化してしまったかのように足が持ち上がらなかった。何故、と思った途端、先程眼鏡の男を怯えさせたことが脳裏に浮かぶ。
あれか? もしかして、あれで怒りを買ったのか? あの程度で?
悪戯のつもりだった。そこまで悪気はなかった。けど、あの時の様子がどうしても頭から離れない。そこに他者の意思を感じ、身が震えだす。拒まれているのだということに思い至るまで、さほどの時間はかからなかった。
響紀は拝殿に向かうのを諦めると、おずおずと唐門の方へと歩き出した。
その間、視線と威圧感は、常に響紀の背中に押し付けられた。
そしてそれは、長い石段を下りきり、石鳥居を抜けて参道を出るまで、ずっと続いたのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる