上 下
98 / 247
第2部 第2章 常闇の水

第2回

しおりを挟む
 響紀はその声が自分にかけられたものとは思えず、けれど周囲に誰も居ないことを不思議に思った。

 こいつはいったい、誰に向かって話しかけているんだ?

 眉間に皺を寄せる響紀に、その巫女は軽く首を傾げてから、箒を片手に響紀のところまで歩み寄ると、もう一度、響紀に向かって微笑んだ。

「御祈願ですか?」

 眩しいほどの笑顔はそれだけで神々しく、白い肌は滑らかでとても美しかった。紅い唇は瑞々しく、思わず吸い込まれてしまいそうだ。窮屈そうな胸元に思わず目がいってしまったが、響紀はそれを誤魔化すように、
「あぁ、いえ――その……」
 と、どう説明すればいいのか解らず目を逸らした。

 しどろもどろになりながらも、響紀は「おやっ」とそれに気付き、首を傾げながら再び巫女に顔を戻す。

 やっぱり見えている? この巫女には、俺の姿が見えているのか?
 どういうことだ? こいつも死んでいるのか?
 それとも、巫女だから死者が見えている――?

 考える響紀に対し、その若い巫女はどうしたんだろうといった様子で響紀を見つめる。

「……あの」と巫女が口を開こうとした時だった。

「何をしてるの? ミヤノクビさん」
 奥から同じく箒を手にした別の巫女が現れ、今目の前に立つ巫女――ミヤノクビという名前らしい――に声を掛けた。
「そんなところにひとり突っ立って、なにかあった?」

 その途端、ミヤノクビと呼ばれた巫女は「えっ――」と口にし、響紀の姿を上から下までまじまじと眺め、やおら眉間に皺を寄せると、睨みつけるような視線を寄越した。

 先ほどとは打って変わって低い声色で、
「――さっさと失せなさい。ここにあんたの居場所はないわ」
 そう吐き捨てるように口にすると、くるりと響紀に背を向けて、何事もなかったかのように境内の掃除を再開するのだった。

 響紀はそんな巫女の様子に一瞬呆気にとられたが、けれど確かにこの巫女には自分の姿が見えているのだと、小躍りしたくなるほど嬉しかった。

 この巫女に話しかけた別の巫女には俺の姿がまるで見えていないようだったが、このミヤノクビという巫女は俺の姿がはっきりと見えているのだ。

 響紀はどこか救われたような気がした。もしかしたら、この巫女が俺のことを助けてくれるんじゃないか、そんな気がしてならなかった。

 唯一見つけたこの巫女――ミヤノクビの存在を、響紀はなかったことになど到底できなかったのだ。失せろと言われて失せるつもりはない。

 ここに居場所はないと言われても、俺の居場所は他にもないのだ。

 響紀はこちらに背を向け、せっせと地を掃くミヤノクビに近づき、もう一度声を掛けた。

「――なぁ、俺の姿が見えてるんだろ?」

 無視。

「実はな、この後どうしたらいいのか解らなくて、困ってるんだ」

 無視。

「天国や地獄ってのがあるんなら、ぜひそっちに行きたいんだよ」

 無視。

「ここに来る途中でさ、なんかよくわからん変な奴らにも会ってんだよ、俺」

 無視。

「顔の潰れた女だろ、頭と足しかない女の子だろ、あと後頭部の潰れた爺さん」

 無視。

「それに高校ん時に行方不明になった友達――って言っても、そこまで仲良かった覚えはないんだけどな、そいつや沢山の人間の体をぐちゃぐちゃにして捏ねたような、肉の塊みたいなやつに追いかけられたりしてさ」

 無視。

「まぁ、極めつけはあの黒い服着たおん――」

 と、そこまで話を続けて、ようやくミヤノクビは響紀の方に体を向けた。

 やっと真面目に話を聞いてくれるつもりになったのか、と期待していると。

「――悪いけど、ここ、神域なのよ。とっとと消えてくれる?」

 言うが早いか箒で響紀の立つ場所をざっと一振り掃いた、その瞬間。

「……えっ?」

 気付くと響紀の体は境内の外――拝殿脇の車用門の外にあったのだ。

 何が起こったのかまるで理解できず、目を瞬かせていると、数メートル先の、先ほどまで響紀らが立っていた場所にまだミヤノクビの姿があって、彼女はまるで汚いものを見るような眼で響紀を一瞥し、足早にその場を去っていった。

  響紀はその後ろ姿を、門の外からただ呆然と眺めていることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【怖い話】とある掲示板の書き込みpart1【集めてみない?】

市井安希
ホラー
2ちゃんねる風の怪談を投稿していきます。

怖い話短編集

お粥定食
ホラー
怖い話をまとめたお話集です。

鬼 遊戯(おにごっこ)

風見星治
ホラー
ルールは簡単。鬼から逃げきれればアナタの勝ち。だけどもし捕まってしまったら…… ※ホラーだと思わせておいて……

処理中です...