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第1部 第3章 訪問者の影
第4回
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降りしきる雨は容赦なく傘を叩きつけ、肩を並べて歩む二人はしかし、ただ前を見て只管に足を前に進めるだけだった。奈央は何か話題をと思ったけれど、これと言って何を口にして良いのか判らず、もやもやした気持ちを抱いたまま小さく溜息を吐いた。
あの姿の見えない何かの事や、先ほどの宮野首の姿をした誰かについて相談しようとも思ったけれど、そんな非現実な事を言って変に思われたくもない。これはやはり、自分だけで何とかしなければ。そんな事ばかり考えていた。
しばらくの間二人は無言で歩いていたが、やがてそれに耐えられなくなったように、「あ、あのさ」と木村が口を開いた。
「……なに?」
なるべく刺々しくならないように、柔らかくなるように、奈央は気を付けながら返事する。
「どうせなら、このまま図書館に行って、一緒にテスト勉強とか……どうかな?」
「……図書館で?」
うん、と木村は頷く。
「ほら、あそこ、中央図書館」木村は数百メートル先に見える屋根を指差しながら、「あそこには自習室があるでしょ? 良かったら、一緒に……」
しかし奈央は、木村が最後まで言い終わらないうちからそれに答えた。
「ごめん、今日はちょっと……」
「え、あぁ……そうだよね」と木村は申し訳なさそうに、「急に言われても迷惑だよね。なんか、ごめん。相原さんの都合も聞かなくて……」
そんな木村に、奈央は慌てて首を横に振った。
「ち、違うの! 迷惑だなんて思ってない。初めて誰かにそんなの誘われたから、嬉しいよ、凄く!」けれど、と奈央は溜息を吐き、「小母が昨日、骨折して入院しちゃって…… これから、そのお見舞いに行くところなの」
「え、大丈夫なの?」
眉を寄せる木村に、奈央は頷く。
「そんなに酷くはないみたいなんだけど、私にとってお母さんみたいな人だから、心配で……」
「そっか、そうだね。心配だね……」と木村は肩を落とし、ふと何かに気づいたように、「あ、じゃあさ…… 僕も、それに着いて行ったらダメ……かな?」
「え?」
奈央は首を傾げた。どうして木村くんが着いてくる必要があるんだろう、と疑問に思っていると、それを察したのであろう木村は慌てたように弁解する。
「あぁ、ほら……! 相原さん、風邪引いててまだ調子が悪いでしょ? 何かあったらだから、その……それに……」と木村は溜息を一つ吐き、「それに、僕はもう少し、相原さんと一緒に居たいんだ……」
顔を真っ赤にさせながら言った木村に、奈央は眼を見開きながら頬を朱に染めた。木村の気持ちを理解し、次いで自分の気持ちを確認する。
いや、答えは最初から決まっていたような気さえした。いつから木村のことを意識していたか、それは奈央自身にも解らない。けれど、その気持ちは随分前から胸の内で芽生えていたような気がする。
奈央は吐息と共に、小さく。
「……私も、もう少し、一緒に居たい……」
それが全ての答えだった。
他に言葉など必要なかった。
二人は見つめ合い、気恥ずかしそうに笑った。
「……手、繋いでいい?」
木村の差し出した左手に、奈央はそっと右手を差し出す。その手は暖かくて、柔らかくて。けれど、ぎゅっと握りしめられたその感触は、とても力強く奈央は感じた。
二人は寄り添おうとして、ガッと互いの傘がぶつかり、思わず眼を見合わせて笑った。
奈央は自分の傘を閉じ、木村の傘にその身を寄せた。互いに手を握り締めて肩を寄せ合い、歩き始める。
今この時だけでも、奈央は全ての不安が拭い去られたような気がした。
あの姿の見えない何かの事や、先ほどの宮野首の姿をした誰かについて相談しようとも思ったけれど、そんな非現実な事を言って変に思われたくもない。これはやはり、自分だけで何とかしなければ。そんな事ばかり考えていた。
しばらくの間二人は無言で歩いていたが、やがてそれに耐えられなくなったように、「あ、あのさ」と木村が口を開いた。
「……なに?」
なるべく刺々しくならないように、柔らかくなるように、奈央は気を付けながら返事する。
「どうせなら、このまま図書館に行って、一緒にテスト勉強とか……どうかな?」
「……図書館で?」
うん、と木村は頷く。
「ほら、あそこ、中央図書館」木村は数百メートル先に見える屋根を指差しながら、「あそこには自習室があるでしょ? 良かったら、一緒に……」
しかし奈央は、木村が最後まで言い終わらないうちからそれに答えた。
「ごめん、今日はちょっと……」
「え、あぁ……そうだよね」と木村は申し訳なさそうに、「急に言われても迷惑だよね。なんか、ごめん。相原さんの都合も聞かなくて……」
そんな木村に、奈央は慌てて首を横に振った。
「ち、違うの! 迷惑だなんて思ってない。初めて誰かにそんなの誘われたから、嬉しいよ、凄く!」けれど、と奈央は溜息を吐き、「小母が昨日、骨折して入院しちゃって…… これから、そのお見舞いに行くところなの」
「え、大丈夫なの?」
眉を寄せる木村に、奈央は頷く。
「そんなに酷くはないみたいなんだけど、私にとってお母さんみたいな人だから、心配で……」
「そっか、そうだね。心配だね……」と木村は肩を落とし、ふと何かに気づいたように、「あ、じゃあさ…… 僕も、それに着いて行ったらダメ……かな?」
「え?」
奈央は首を傾げた。どうして木村くんが着いてくる必要があるんだろう、と疑問に思っていると、それを察したのであろう木村は慌てたように弁解する。
「あぁ、ほら……! 相原さん、風邪引いててまだ調子が悪いでしょ? 何かあったらだから、その……それに……」と木村は溜息を一つ吐き、「それに、僕はもう少し、相原さんと一緒に居たいんだ……」
顔を真っ赤にさせながら言った木村に、奈央は眼を見開きながら頬を朱に染めた。木村の気持ちを理解し、次いで自分の気持ちを確認する。
いや、答えは最初から決まっていたような気さえした。いつから木村のことを意識していたか、それは奈央自身にも解らない。けれど、その気持ちは随分前から胸の内で芽生えていたような気がする。
奈央は吐息と共に、小さく。
「……私も、もう少し、一緒に居たい……」
それが全ての答えだった。
他に言葉など必要なかった。
二人は見つめ合い、気恥ずかしそうに笑った。
「……手、繋いでいい?」
木村の差し出した左手に、奈央はそっと右手を差し出す。その手は暖かくて、柔らかくて。けれど、ぎゅっと握りしめられたその感触は、とても力強く奈央は感じた。
二人は寄り添おうとして、ガッと互いの傘がぶつかり、思わず眼を見合わせて笑った。
奈央は自分の傘を閉じ、木村の傘にその身を寄せた。互いに手を握り締めて肩を寄せ合い、歩き始める。
今この時だけでも、奈央は全ての不安が拭い去られたような気がした。
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