上 下
8 / 247
序章・奈央

第7回

しおりを挟む
 奈央は次にどう言えばいいのか解らずしばらくの間そんな石上と机の上の弁当を交互にチラチラ見ていたが、待つという行為に痺れを切らしたのだろう、奈央が言葉を紡ぐよりも先に石上の方が口を開いた。

「そう、なの? あたしてっきり、あなたがあの黒い――喪服みたいのを着た女の子だと思ってた…… だって、本当にそっくりなんだもの。あ、もしかしてあたしのことを警戒してるんでしょ? そうか、だから違うって否定するんだ。大丈夫だよ、あたしそんな悪い子じゃないから。本当だよ? ほら、バスケ部の近藤って先輩いるじゃん。あの子、自分をちやほやしてくれる子以外は絶対に受け付けないし、あの子の意見に反論したら徹底的にハブられちゃうんだよね。だからバスケ部ってずっとグダグダしてるの。あと顧問の伊達先生にも色目使ってるらしくてさぁ、噂じゃぁ、ヤリまくりって話らしいよ。じゃないとあんな奴さっさと部活辞めさせてると思わない? まぁ、要するに身体使って先生を言いなりにしてるってことね。あの部活じゃぁ、近藤のいうことが絶対。例えば白いバラをあの先輩が『それは赤よ』って言ったら皆して『はい、アレは赤いバラです』って答えなくちゃならないの。どう思う?」

 そんなこと言われても、と思いながら奈央はひたすらおしゃべりを続ける石上をどう扱ったらいいものか、心底戸惑っていた。いったいどうしたらここまで話を続けることができるんだろう。この長々と繰り広げられるなんだかよく解らない話に対して、私はどこで言葉を挟めばいいんだろう。そしてどう答えればいいんだろう。そんなことを考えている間も、石上のおしゃべりは止まる様子を見せなかった。

「あたし、あぁいう人大っ嫌いなんだよねぇ。だって他人が自分の言うことばかり聞いてくれるわけないじゃん? 自分は自分、他人は他人、血の繋がった家族であろうが仲の良い友達だろうが自分以外は皆他人なわけじゃん? そんな他人をそのまんま受け入れてこそ真の大人ってもんだと思わない? あたしは他人を見た目や趣味嗜好で好きとか嫌いとか言いたくないんだよねぇ。だから、安心して! あたし、相原さんが多少人と違ってたり変わり者だったとしても全力で受け止められる自信があるから! ねっ? やっぱり相原さんがあの黒い喪服の女の子なんでしょ? いいよ、隠さなくっても! そうなんでしょっ? ねっ? ねっ? ねっ?」

 期待を込めたキラキラした大きな瞳に顔を覗き込まれて、その勢いに奈央は椅子ごと後ろに倒れるかと思うほどだった。そんなことを言われたって、本当に私はあの子じゃない。似ていると言われたって、客観的に比べたこともないから判らないし、何より奈央がその黒い服の女の子と出くわしたのだって昨日が初めてだ。その女の子と間違われるだなんて。

「ご、ごめんなさい」まず最初に口から出たのは、何故か謝罪の言葉だった。「わ、わたし、本当に違うの。い、石上さんが言っている女の子とは別の、本当に、ただの他人なの……」

 石上はそう口にした奈央の顔をしばらくまじまじと見つめ、

「……ホントに?」

 と念を押すように、更に顔を近づけてくる。

「ほ、本当に……」

 答えた奈央に、石上は何度も目を瞬かせると、

「――なーんだ。違うのかぁ! よく似てたから間違いないって思ったのになぁ……」

 心底残念そうに天井を仰ぐ石上に、「あ、でも」と奈央は口にした。

「わ、私も昨日、学校の帰りに見たよ。黒くて長い髪の女の子。黒い服を着て、黒い傘を差して峠の道を歩いてた」

「お、相原さんも見たんだ」と石上はそこに興味を持ったのか再び奈央に顔を戻した。「相原さんって、どこ中? 三つ葉――じゃないよねぇ? あたし、相原さんに見覚えないし。相原さんくらい美人だったら絶対に記憶に残ってるはずだもん」

 美人、と言われて何だか恥ずかしかった奈央は、敢えてそのくだりを無視して話をそらすように石上に問うた。

「そ、そんなに有名なの? あの、黒い服――喪服?を着た女の子」

「あぁ、うん。三つ葉中に通ってた子ならみんな知ってるはずだよ」

「どういう子なの? 私たちと同い年くらいに見えたけど――」

「そうだねぇ……」と石上は今一度天井に視線を向け、「あたしが知ってるのは、こんなうわさ話かな」

 言って奈央に視線を戻すと、イヤに得意げににやりと微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【怖い話】とある掲示板の書き込みpart1【集めてみない?】

市井安希
ホラー
2ちゃんねる風の怪談を投稿していきます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

鬼 遊戯(おにごっこ)

風見星治
ホラー
ルールは簡単。鬼から逃げきれればアナタの勝ち。だけどもし捕まってしまったら…… ※ホラーだと思わせておいて……

処理中です...