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序章・奈央
第6回
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結局、奈央はいつもの如くその日の朝も『おひとり様』だった。いつものように一人で上履きに履き替え、いつものように一人で教室へ向かい、いつものように机に向き小説を開き、いつものように授業を受けて、いつものように自分の席でお弁当を開いた。小母の作ってくれるお弁当はいつも美味しい。中学校まで自分で作っていた冷凍食品ばかりの味気ない茶色いお弁当とは違い、緑の野菜や鮮やかな赤を誇るプチトマト、白と黄色の断面が可愛らしいうずらの卵など、見ているだけで涎が出てきそうなほど見栄えが良かった。お弁当とはこういうもののことを言うのだ、と見せつけられたのと同時に、そのうち時間があるときにでも小母さんに料理を習うべきかもしれないと奈央は常々思っていた。
そんなお弁当を食べながらぼんやり窓の外に目を向けていたところへ、
「うわぁ、すごいね、そのお弁当」
と甲高い声が耳に入り、奈央は一瞬びくりと体を震わせて驚いた。まさか話しかけてくるものがいるだなんて思いもよらず、完全に油断していた。右に顔を向ければ、如何にも元気がよさそうな明るい笑顔の女の子が立っていた。肩まであるこげ茶の髪を左右で束ね、わずかばかり化粧っ気のあるその可愛らしい顔がすっと奈央の顔を覗き込んでくる。
「それ、自分で作ってるでしょ? 一人暮らしって大変だね」
「……えっ」
奈央はその少女の言葉に戸惑いを隠せなかった。
一人暮らし? 私が? どういうこと? 誰かと勘違いされてる?
そんな奈央の反応に、少女は「あぁ、ごめんごめん」と言いながらすぐ目の前の席(少なくとも前の席の子ではない。前の席の子は前原と言って短髪の如何にも体育会系の部活動をやっていそうな女の子だ。こんな子、このクラスにいただろうか?)に腰を下ろし、
「相原さん――だよね? あたし、石上っていうの。相原さんってあれでしょ? 峠の古い家に一人で住んでる子だよね? あたし、前々から気になってたんだよねぇ。あの峠の黒い服の女の子っていったいどこの誰なんだろうって。不思議に思ってたんだ、中学校の中にもそんな子居なかったし。きっと私立の別の中学校にでも通ってるんだって思っててさ」
「え、ち、ちがっ……!」
うまく言葉が出てこない。違う、と言いたいのに、少女――石上といっただろうか――はそんな奈央が言葉を挟む間も与えることなくしゃべり続ける。
「そしたらほら、この高校に通い始めてから峠の方から自転車に乗って駆け下りてくる、黒い服着た女の子によく似た女の子がいるじゃん? お、もしかしてこの子があの黒服の女の子か! って思ってさ。いつ話しかけよう、いつ話しかけようって思ってたらいつの間にか二か月もたっててびっくりだよ。でも相原さんのその長い髪と綺麗な顔を見てあたしは確信したね。これはもう間違いなくあの峠の女の子だって。だってほら、いつも一人でいてミステリアスな雰囲気だし、すっごい美人だし! あたしの記憶と完全に一致してるからさ、これはもう間違いない、あの女の子の正体は相原さんだって確信したんだ! ご両親のことは気の毒だったね。でも大丈夫! あたしが友達になってあげるから! やっぱ一人でいるからどんどん気持ちまで暗くなって、あんな黒い服ばっかり着ちゃうんだよ! そう思わない? そんなに美人なんだし、もっと色んな服着ないともったいないじゃん! そうだ! 次の休み一緒に買い物とかどう? あたしが選んだげるからさ!」
ねっ! と言って顔をぐいぐい近づけてくる石上に、奈央は仰け反るようにして顔を遠ざけながら、
「あ、だから、そうじゃなくて――」
「うんうん、そうじゃなくて、なにっ? どこか他に行きたいところがあるとかっ?」
さらに顔を近づけるようにしながら問うてくる石上に、奈央は言った。
「ち、違うから! わ、私は、そ、その女の子じゃないの!」
その途端、石上の目が大きく見開かれる。しばらくの間奈央の顔をまじまじと見つめた後、
「――へっ?」
気の抜けたような声を、僅かに漏らした。
結局、奈央はいつもの如くその日の朝も『おひとり様』だった。いつものように一人で上履きに履き替え、いつものように一人で教室へ向かい、いつものように机に向き小説を開き、いつものように授業を受けて、いつものように自分の席でお弁当を開いた。小母の作ってくれるお弁当はいつも美味しい。中学校まで自分で作っていた冷凍食品ばかりの味気ない茶色いお弁当とは違い、緑の野菜や鮮やかな赤を誇るプチトマト、白と黄色の断面が可愛らしいうずらの卵など、見ているだけで涎が出てきそうなほど見栄えが良かった。お弁当とはこういうもののことを言うのだ、と見せつけられたのと同時に、そのうち時間があるときにでも小母さんに料理を習うべきかもしれないと奈央は常々思っていた。
そんなお弁当を食べながらぼんやり窓の外に目を向けていたところへ、
「うわぁ、すごいね、そのお弁当」
と甲高い声が耳に入り、奈央は一瞬びくりと体を震わせて驚いた。まさか話しかけてくるものがいるだなんて思いもよらず、完全に油断していた。右に顔を向ければ、如何にも元気がよさそうな明るい笑顔の女の子が立っていた。肩まであるこげ茶の髪を左右で束ね、わずかばかり化粧っ気のあるその可愛らしい顔がすっと奈央の顔を覗き込んでくる。
「それ、自分で作ってるでしょ? 一人暮らしって大変だね」
「……えっ」
奈央はその少女の言葉に戸惑いを隠せなかった。
一人暮らし? 私が? どういうこと? 誰かと勘違いされてる?
そんな奈央の反応に、少女は「あぁ、ごめんごめん」と言いながらすぐ目の前の席(少なくとも前の席の子ではない。前の席の子は前原と言って短髪の如何にも体育会系の部活動をやっていそうな女の子だ。こんな子、このクラスにいただろうか?)に腰を下ろし、
「相原さん――だよね? あたし、石上っていうの。相原さんってあれでしょ? 峠の古い家に一人で住んでる子だよね? あたし、前々から気になってたんだよねぇ。あの峠の黒い服の女の子っていったいどこの誰なんだろうって。不思議に思ってたんだ、中学校の中にもそんな子居なかったし。きっと私立の別の中学校にでも通ってるんだって思っててさ」
「え、ち、ちがっ……!」
うまく言葉が出てこない。違う、と言いたいのに、少女――石上といっただろうか――はそんな奈央が言葉を挟む間も与えることなくしゃべり続ける。
「そしたらほら、この高校に通い始めてから峠の方から自転車に乗って駆け下りてくる、黒い服着た女の子によく似た女の子がいるじゃん? お、もしかしてこの子があの黒服の女の子か! って思ってさ。いつ話しかけよう、いつ話しかけようって思ってたらいつの間にか二か月もたっててびっくりだよ。でも相原さんのその長い髪と綺麗な顔を見てあたしは確信したね。これはもう間違いなくあの峠の女の子だって。だってほら、いつも一人でいてミステリアスな雰囲気だし、すっごい美人だし! あたしの記憶と完全に一致してるからさ、これはもう間違いない、あの女の子の正体は相原さんだって確信したんだ! ご両親のことは気の毒だったね。でも大丈夫! あたしが友達になってあげるから! やっぱ一人でいるからどんどん気持ちまで暗くなって、あんな黒い服ばっかり着ちゃうんだよ! そう思わない? そんなに美人なんだし、もっと色んな服着ないともったいないじゃん! そうだ! 次の休み一緒に買い物とかどう? あたしが選んだげるからさ!」
ねっ! と言って顔をぐいぐい近づけてくる石上に、奈央は仰け反るようにして顔を遠ざけながら、
「あ、だから、そうじゃなくて――」
「うんうん、そうじゃなくて、なにっ? どこか他に行きたいところがあるとかっ?」
さらに顔を近づけるようにしながら問うてくる石上に、奈央は言った。
「ち、違うから! わ、私は、そ、その女の子じゃないの!」
その途端、石上の目が大きく見開かれる。しばらくの間奈央の顔をまじまじと見つめた後、
「――へっ?」
気の抜けたような声を、僅かに漏らした。
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