銀の魔術師

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銀の魔術師

33 銀の魔術師

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 魔道書とは精霊が創り出した彼等の人間という玩具おもちゃのための遊び道具だった。

 人間は生き物を飼う。犬を飼う、猫を飼う、虫を飼う。飼うこと自体に人は満足感を味わう。
 精霊にとって人間と接触することはそれに近い行為だった。ただ人間との相違点は玩具で遊び尽くした後、それを粉々に破壊するというたった一つのことだけだった。

 昔から人間は文明を何十年もかけて築いてはたったの何日かで崩壊させてきた。
 その時の王が気に食わなかったから。飢饉が起きたから。権力が欲しかったから。
 たったそれだけのことで積み上げてきた物全てを破壊する。そしてまた一から作り直し、出来上がったところで再びゼロへと戻す。
 それを我々は当然だと言ってきた。
 しかし、その当然は不自然なことなのだ。
 
 この王国、パルティアも成るべくして大国となった。多くの優れた王が在位しながらたった精霊に息を吹きかけられた王によって崩壊する。


【して、エデンよ。お前と我との一騎打ちと行こうではないか】

「そうはいかないんだ」

 エデンは落ち着いて魔道書をめくった。

 絵だ。
 直前にフィーゴの隠れ家で見つけた絵が全てのヒントを意味していた。
 門を開く人だと思われていたその絵はまったく真逆のことを意味していたのだ。つまり、門を閉じる人を意味している。

 魔道書は確かに精霊の創り出した玩具だった。
 精霊は魔道書を創り出せるがそれをどう利用するかは与えられた人間次第だ。
 魔道書は本来エデンの望んだ魔術をエデンに伝える道具だった。しかしエデンが強くなるにつれて魔道書にも魔術が注がれていったのだ。その結果、エデンの持つ魔道書はエデンと過ごした四年間の中で通常の魔道書以上の力を持ってしまった。
 
 魔道書は未来をエデンに示した。その未来はエデンが気づくことの出来ない未来であり、打開策だ。

 絵の下には新たな魔術の呪文スペルが浮かび上がっていた。
 
終焉エンデ

 ポツリ、とエデンは向かってくる精霊に向かって一言呟いた。
 激しい地鳴りと共にエデンを中心に巨大な魔法陣が組みたてられ始めた。
 エデン体が光り出す。

【貴様!何をした?】

 精霊は攻撃の手を止めた。落ち着いているように聞こえるが先程と少しだけ様子が違う。

「簡単な話さ。全てを終わらそうっていうことさ」
【全てを?】
 エデンは地面から宙へ浮く。精霊と同じ目線のところまで浮かぶと静止した。
 地面に描かれていく魔法陣はさらに大きくなっていく。

「全てをだ。思ったんだ。今この国へつながるゲートを閉じたところであんたはまた別の門を作ってまた何年かしたら国を脅かすこともできる。俺達は最初はルメールを倒せば終わる話じゃないのかなと思っていた。でも人間からじゃなくて精霊側から人間界に干渉してるなんて知ったら災なんて何度止めようが意味がない。逆も然りだ。精霊からの干渉を止めても人間側から精霊界へ干渉されたらひとたまりもない。だから全てを終わりにするのさ。精霊も人間も、互いの世界を干渉できないようにな」
【そんなことは不可能だ!魔術がある限り門は開かれる。人が生きる限り水を摂取するのと同じことだ。たった一人の人間に魔術の原則を左右することは出来ない!】

-ずっと考えてきた。もし俺が魔術師じゃなかったら。
 エデンが魔術師だと自覚したのは11歳になってからだ。それまで魔術とは無縁の生活を送ってきた。
 魔法陣は地平線の先まで広がり漆黒の空に模様を映し出している。

「俺がやろうとしてるのは魔術の法則を曲げようとかそんな小さなことじゃない。もっともっと大きな事だ」

【まさか、お前…!】


     *     *


「大丈夫か!ダイアナ!しっかりしろ!」

 ダイアナは気がつくと飲み込まれた場所と同じところに倒れていた。グレックがダイアナの体を揺すっている。周りを見ると大勢の人に囲まれていた。
「よかった。気がついたみたいだな。エデンはどうした?」
 グレックが尋ねる。
 ダイアナはボヤける目で辺りを見回した。
 フィーゴは限界を超えてしまったらしい。目を覚まさずそのままベッドへ運ばれていった。

『大丈夫。こいつを殴ったら俺もすぐに帰るから。先に行ってまっててくれ』

 最後に聞いたエデンのセリフが頭の中でこだまする。
 ギュッと握りしめていた手を開くと小さなアヒルが顔を覗かせた。
「エデンは、一人で残りました。私達に先に行ってて欲しいって、すぐに帰るって」
-エデンは私達に約束した。大丈夫。絶対に帰ってくる。
 
 その時だった。
 空を覆い尽くす魔法陣が現れた。
 星が光る夜空に青く美しく光を放っている。
 その巨大な魔法陣が遥か遠くの空にまで広がっている。
「どういうことなんだ?」
 グレックを含め皆空を見上げている。

-ああ…。
 ダイアナは手で顔を覆った。
 
「エデン!!!」

 ダイアナは叫んだ。
 周りにいた人達もハッと気づく。
 
-どうか…どうか、帰ってきて…!お願い…。

 ダイアナは地面に膝をついて必死に祈った。
「約束したよね…帰ってくるって…」

     *      *

 魔法陣は世界中の空に広がっていた。
 たくさんの人が空を見上げて不思議そうに首を傾げていた。
「あれ、魔法陣っていうんだぜ!」
「そうなの?お兄ちゃんすっごい!」
 小さな兄弟は子供部屋の窓から見える魔法陣を見てはしゃいでいた。
「魔術は魔術師にしか使えないんだぜ!」
「兄ちゃん、僕も大きくなったら魔術師になれるの?」
「きっとなれるさ!」
 農家の両親をもつ兄弟はそのまま魔法陣を見上げていた。

     *     *

-さて、もうそろそろ潮時かな。
 エデンの体は光に包まれていた。ゆっくりと体の力を抜いて行く。 

 精霊はエデンへ魔術をぶつけようとしたが何度両掌をかざしても魔法陣は発生しなかった。
 精霊は唸り声をあげてエデンに突進したがエデンからほとばしる光に触れた瞬間弾き返されてしまう。

 エデンの使った魔術はエデンの使う最後の魔術であり生物の使う最後の魔術だった。

 魔道書がエデンに伝えた魔術は世界から魔術をなくす魔術だった。
 絵に込められた意味はゲートを閉じるという意味だけではなかった。魔術自体の扉を閉めるということだったのだ。
 そして、力には代償が伴う。
 エデンは自身の全てを解き放ち、この魔術を発動させているのだ。
 魔術はエデンの魂、即ち命をエネルギーに変えている。

-ああ。

 エデンは深く溜息をついた。
 短い人生だったと自分でも思った。それでも沢山の人に出会う事が出来た。グレック、フィーゴ、ダイアナ、ウィスレム、ヘレナ、シュベルト…。

 エデンから発せられる光が徐々に強くなっていく。それと同時に二つの世界に完成した魔法陣の光も強くなる。

-僕は、幸せだったな。

 エデンはゆっくりと目を閉じた。

 エデンの銀の腕がゆっくりと溶けていく。四年間共にした腕だ。たくさんの苦難を乗り越えてきた腕だ。今、役目を終えて消えていく。
 

「エデン、まだ来ちゃダメだっていったのに」
 聞き覚えのある声がする。
 ふと目を開くと光り輝く空間の先にリディアが半分泣きながら笑っていた。

「パフ、大きくなったわね」
「はっはっはっ。成長してた嬉しいぜ」
 父さんと母さんだ。あの時と変わらない姿でエデンに笑いかけている。

「初めましてというべきなのかな。我が息子よ」
「立派になりましたね」
 ザメ王と妃のアンヌだ。本当の父さんと母さんだ。

「エデン!」
「おーい、エデン!」
「グルルル…!」
 チャペルや、バルド、その他何人もの仲間が呼んでいる。エデンが殺してしまった火竜もいた。

「リディア、父さん、母さん、みんな…」
 エデンは涙声で返事をする。

「ほら、おいで」
 リディアが手を伸ばしてきた。
 エデンはゆっくりと手を伸ばす。生身の手だった。エデンはリディアの手を掴む。リディアの手の体温を感じる。
 
 リディアに手を引かれ、エデンは眩い光の中へ消えた。

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