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銀の魔術師
17 狂乱の王
しおりを挟むルメールは暗い王の間で王座に足を組んで座っていた。
目の前には赤いローブに身を包んだ王の側近の高位魔術師達がいる。そして彼らに囲まれた中心には跪いている赤髪の男がいた。
「久しぶりだな、フィーゴ。そなたも随分、みすぼらしくなったものだ」
ねっとりとした言葉を発したルメールは薄ら笑いを浮かべながらフィーゴを見る。
「ルメール、貴様は一体何を考えているんだ。精霊と手を組むなんて。気でも違ったのか」
フィーゴは声を絞り出すように言葉を吐いた。フィーゴを取り囲む魔術師達がフィーゴに痛みを与える魔術師をかける。本来は禁止されている拷問のための魔術だ。フィーゴは歯を食いしばってそれに耐える。
ルメールは少しの間それを見物してからなだめる。
「もうよいもうよい。今、そなたはなぜと言ったな?簡単な話だ。余は力が欲しいのだ」
フィーゴは右手を握りしめる。
「精霊は人を騙す。貴様のような未熟者が精霊と対話するなど言語道断だ。貴様が一歩誤ればこの国の人間全てを精霊の生贄となるのかもしれないのだぞ」
「確かにそれもそうじゃ」
ルメールは目を閉じて頷く。
「だが、余は精霊には騙されぬ。なぜなら余は王だからだ。余は賢い。いつでも最善の選択をしてきた」
「狂っている…」
フィーゴは小さく呟く。側近の魔術師達はフィーゴに魔術をかける。フィーゴが痛みに体を丸めた。
ルメールは何も気にせずに続ける。
「人はか弱い。余は何年も前にそれを実感した。余は狂っているのかもしれん。だがそれでも問題はない。いまこの国は安定しておる。なんの問題もない」
フィーゴは怒りに顔を歪める。
「表面上の平和だけを見てよく問題がないと言えるな。貴様は魔術を武器に平民達を武力で押さえつけている。それに多くの魔術師達も王の力によって拘束している。貴様に王の資格はない。貴様に王の器はない。貴様がザメ様を暗殺させたあの夜からな」
くっくっくとルメールは面白そうに笑って自身の青い髪を掻き分けた。
「面白いことを言うの。そなた、余がザメを殺すことを命じたと思っているのか。愚かで、考えが浅い。そなたも変わらぬな、フィーゴ」
-どういうことだ。
フィーゴは大きく目を見開く。
「確かに余はザメを暗殺するように命じた。その家族もじゃ。しかし、それも余が第三者に命じられたことなのじゃ」
ルメールの後ろからバルバロイがすっと出てくる。
「ルメール様、これ以上は…」
ルメールは片手でバルバロイを払う仕草をする。
「構わぬ。こやつに言ったところで今は囚われの身。なんの支障もあるまい」
ルメールは王座から立ち上がり跪いているフィーゴの元へ近づいた。
「余は何十年も前から精霊と対話しているのだよ」
口元をいやらしく歪めて笑ったルメールを前に跪いていたフィーゴは床に崩れ落ちる。
-なんということだ…。予想の遥かに上を行く事態だ。
「精霊は余が、余こそ王にふさわしいと言った。精霊は余を王にするために叔父上を病で殺し、余に従兄弟のザメを殺害するように提案した。素晴らしい。余はこの国ができて以来最も賢く力のある王になれたのだ!」
フィーゴの息遣いが荒くなる。
つまり、この国は十年以上前から人が統治しているのではなかったのだ。
この国は精霊の余興であり子供が砂場で作った城を自らで壊すような造形物でしかない。もうこの国は精霊にとって完成した造形物だろう。精霊が望んだようにルメールは王となり、国は絶対王政により統治された。この国が次に待ち受ける事態はただ一つだ。
『崩壊』
フィーゴは床に這いつくばりながら必死に祈る。グレックが最善の選択をしてくれているように。エデンが魔道書を使っているように。そして…。
リディアの準備が整っているように。
フィーゴは目を閉じた。
* *
リディアとエデンは空を飛び西へ西へと向かった。
空を飛ぶ鳥の群れと遭遇した時、リディアはとても喜んだ。
自分の腕の中で鼻歌を歌いながら嬉々とした目で鳥を観察しているリディアを見てなんとなく変な気分になる。
のんびりと羽ばたく鳥を追い越して二人はどんどん王都へ近づいていた。
「この辺で降りるぞ」
エデンはゆっくりと地面に着地した。
なれない魔術を使いすぎた。少しフラフラする。グディにほど近い街道に降り立った二人は都を目指して歩き出した。
「ね、エデン。お腹すいた」
リディアがエデンを見上げる。
よく考えたら午前に出発をしてから何も食べずに移動していた。太陽は頂点を過ぎており昼時はもう過ぎているだろう。
とは言っても辺りには何もない。
「我慢して」
リディアはこくんと頷いた。
しばらく歩くとグディの入り口へ到着した。
入り口にはたくさんの人や荷馬車が並んでいる。
グディに入る前にここで検閲を受けなければならないのだ。
リディアがその行列を見て、お腹を押さえて泣きそうな顔になる。
見かねたエデンは近くにリンゴを積んだ荷馬車があったのでそこの馭者に話しかける。
「すみません。妹がお腹を空かせているんですが、リンゴを売ってくれませんか?」
「ああ、一つぐらい持ってきな!お代はいらねえよ」
「ありがとうございます」
親切なおじさんは手を振って答える。
エデンが荷台からリンゴを一つとって荷馬車から離れようとするとおじさんに引き止められた。
「おらっ、あんたのだ」
そう言ってもう一つリンゴを投げてくれた。エデンは笑顔で会釈をして並んでいた場所へ戻った。
二人は親切なおじさんから貰ったリンゴを齧ってお腹を満たし、なんの問題もなく検問所を突破した。
都へ入ると相変わらず他の都市とは違って大勢の人で溢れていた。
久しぶりのグディにエデンは目を細める。リディアはこんな大勢の人に囲まれるのは初めての経験なのだろう。エデンの腕を掴んで離さない。身をかがめて一生懸命小さくしている。
ふと、後ろからトンと肩を叩かれた。
エデンが驚いて戦闘体制に入りながら後ろを振り向くと青い髪を短く切った男が立っていた。
「なんだ。グレック、驚かせるなよ」
「よくきたエデン、リディア。こっちだ」
二人はグレックに続いてグディの町並みを歩く。
懐かしい。昔よく来ていた商業区だ。
「ここだ」
グレックは商業区の住宅の一つの扉を叩いた。
「お帰りなさい、グレック」
ドアが開く。中から長い栗色の髪を三つ編みにした14歳ほどの少女が現れた。
少女はリディアに会釈する。リディアもおずおずとそれに答える。そして彼女はエデンに向き合った。
少女はまずまずとエデンの顔を見つめる。
どうしたのだろうとエデンが疑問を持ち始めた頃、少女が息を飲んで口に手を当てた。
「…パ…フ……?」
エデンは大きく目を見開いた。そんなことあるのだろうか?いや、ないとは限らない。それでも…。
「…ダイアナ?」
ダイアナはその場に失神してしまった。
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