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一話
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河童の京助は、昼の見回りのため須川を泳いでいる。強い酸の水で赤く錆びた岩と岩の間をすいすい泳いでいく。
川面に桜の花びらが浮かぶ花敷を抜けて引沼と京塚の間に架かる界橋の手前で、京助は川から顔を出す。
橋は陸で最も賢い畜生……人が架けたものだ。橋の近くでは人に見られないよう、特に気を付けなければならない。
️「……あれは陸の畜生か」
橋の上に人がいた。京助から見えるのはその後ろ姿で、大きな籠を背負っているようだ。このまま進めば姿を晒すことになるだろう。少し待てば立ち去ると思った京助は、岩の陰に隠れてそれを待つ。
しばらくして、橋へ目をやるがその人はまだそこにいた。京助は首をかしげる。橋というのは川向こうへ行き来するためのもののはずだ。
「なぜずっと橋の上におるのだ? もしや川下に何かあるというのか?」
そう思った京助は、橋の下まで泳いでいく。近付くと、彼が背負う籠から川木が飛び出しているのがわかった。京助はこの人に見覚えがあった。
橋の上にいるのは、朝から昼にかけてこの辺りでよく川木拾いをしている小僧だ。
橋の下へ辿り着くと、頭上から声が聞こえた。
「ああ来たかぁ! 川の者よ!」
京助は思わず息を呑む。
(……なぜ気付かれた?)
京助が橋の下へ泳いで行く間に、小僧がこちらへ振り返ることはなかった。頭上の橋に目をやるが、やはりこちらを覗く小僧の顔はない。
再び小僧の声が聞こえてくる。
「川の者よ! 近くにいるのだろう! おらに姿を見せてくれねえか?」
しかし、小僧の言う通りにするわけにはいかない。
陸の畜生に無闇に姿を見せるべからず。
それが沼尾の主が定めた河童の掟だった。
小僧は一体河童に何の用があるのか、と京助が考えていると、また小僧が叫んだ。
「本当は手渡ししたいがしょうがない! 今から川へ投げるのは、川の者への土産だぁ!」
近くに何かがぽちゃんと音を立てて落ちた。それ……川の者への土産というものはきつね色をしていた。川の者への土産はあっという間に、川下へと流されていく。
(な! 川を汚すつもりか!)
小僧の行いに京助は憤る。
もし目の前に小僧がいたなら、問答無用で川へ引きずり込んでいただろう。しかし、小僧は橋の上にいる。かっとなっている自分を落ち着かせながら、京助は考える。
橋の上の小僧も気がかりだが、川へ入った得体の知れない異物を片付けるのが先だ。
(あの畜生、覚えてろ)
一応、小僧に見られないように川底深くへ潜ってから、川の者への土産を追いかける。
界橋から離れたところで京助はそれへ手を伸ばす。水を吸ってふやけたのか、川の者への土産は柔らかかった。
念の為に更に川下へ泳いでから、京助は川原へ上がる。
「しかし……この川の者への土産というのは、一体何なのだ?」
改めて手で握ったそれに目をやるが、初めて見るもので検討もつかない。気味が悪いと思った京助は、茂みへそれを投げ捨てた。
「とりあえず川の掃除は終わりだ。次は……」
小僧があの後、川へ何かをしていないか不安だった。
京助は再び川へ飛び込むと界橋まで泳いでいくが、小僧の姿はすでに無かった。近くの川原も検めたが特に変わったことは見当たらない。その事に京助は少しだけほっとする。
「だが……」
今まであの小僧がここで川木を拾うことに関しては見逃してやっていた。しかし、先程のあれは駄目だ。
川を汚す者を許すべからず。
これもまた川を守る河童の掟の一つだった。
「もしまた畜生が同じようなことをするなら……オレはこの須川を守る河童として、あの畜生を必ずや始末する!」
京助はそう叫びながら川原から須川へ飛び込んだ。
*
川面に桜の花びらが浮かぶ花敷を抜けて引沼と京塚の間に架かる界橋の手前で、京助は川から顔を出す。
橋は陸で最も賢い畜生……人が架けたものだ。橋の近くでは人に見られないよう、特に気を付けなければならない。
️「……あれは陸の畜生か」
橋の上に人がいた。京助から見えるのはその後ろ姿で、大きな籠を背負っているようだ。このまま進めば姿を晒すことになるだろう。少し待てば立ち去ると思った京助は、岩の陰に隠れてそれを待つ。
しばらくして、橋へ目をやるがその人はまだそこにいた。京助は首をかしげる。橋というのは川向こうへ行き来するためのもののはずだ。
「なぜずっと橋の上におるのだ? もしや川下に何かあるというのか?」
そう思った京助は、橋の下まで泳いでいく。近付くと、彼が背負う籠から川木が飛び出しているのがわかった。京助はこの人に見覚えがあった。
橋の上にいるのは、朝から昼にかけてこの辺りでよく川木拾いをしている小僧だ。
橋の下へ辿り着くと、頭上から声が聞こえた。
「ああ来たかぁ! 川の者よ!」
京助は思わず息を呑む。
(……なぜ気付かれた?)
京助が橋の下へ泳いで行く間に、小僧がこちらへ振り返ることはなかった。頭上の橋に目をやるが、やはりこちらを覗く小僧の顔はない。
再び小僧の声が聞こえてくる。
「川の者よ! 近くにいるのだろう! おらに姿を見せてくれねえか?」
しかし、小僧の言う通りにするわけにはいかない。
陸の畜生に無闇に姿を見せるべからず。
それが沼尾の主が定めた河童の掟だった。
小僧は一体河童に何の用があるのか、と京助が考えていると、また小僧が叫んだ。
「本当は手渡ししたいがしょうがない! 今から川へ投げるのは、川の者への土産だぁ!」
近くに何かがぽちゃんと音を立てて落ちた。それ……川の者への土産というものはきつね色をしていた。川の者への土産はあっという間に、川下へと流されていく。
(な! 川を汚すつもりか!)
小僧の行いに京助は憤る。
もし目の前に小僧がいたなら、問答無用で川へ引きずり込んでいただろう。しかし、小僧は橋の上にいる。かっとなっている自分を落ち着かせながら、京助は考える。
橋の上の小僧も気がかりだが、川へ入った得体の知れない異物を片付けるのが先だ。
(あの畜生、覚えてろ)
一応、小僧に見られないように川底深くへ潜ってから、川の者への土産を追いかける。
界橋から離れたところで京助はそれへ手を伸ばす。水を吸ってふやけたのか、川の者への土産は柔らかかった。
念の為に更に川下へ泳いでから、京助は川原へ上がる。
「しかし……この川の者への土産というのは、一体何なのだ?」
改めて手で握ったそれに目をやるが、初めて見るもので検討もつかない。気味が悪いと思った京助は、茂みへそれを投げ捨てた。
「とりあえず川の掃除は終わりだ。次は……」
小僧があの後、川へ何かをしていないか不安だった。
京助は再び川へ飛び込むと界橋まで泳いでいくが、小僧の姿はすでに無かった。近くの川原も検めたが特に変わったことは見当たらない。その事に京助は少しだけほっとする。
「だが……」
今まであの小僧がここで川木を拾うことに関しては見逃してやっていた。しかし、先程のあれは駄目だ。
川を汚す者を許すべからず。
これもまた川を守る河童の掟の一つだった。
「もしまた畜生が同じようなことをするなら……オレはこの須川を守る河童として、あの畜生を必ずや始末する!」
京助はそう叫びながら川原から須川へ飛び込んだ。
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