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15.不思議
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「………なぁんて、な」
晃輝は手を離し、浮かせていた腰を椅子に落ち着けた。ぐっと背伸びをしてから千夏に向けて悪戯に笑む。
「少しは揺らいだか?」
「なっ……ゆ、揺らいでなんか…っ!」
「はいはい、言ってろ言ってろ」
真っ赤な顔で否定する千夏をあしらって晃輝が背もたれに体を預ける。
違うと言っておきながら、千夏は助かったとはぐらかしてくれた晃輝に感謝していた。
揺らいでなんかいない、そう主張すればそれは嘘になる。だから千夏は先程も最後まで言い切れなかったのだ。
揺らいだ。理由もなく、どうしようもなく、惹かれた。
そう肯定したほうが正確だ。しかし羞悪とも呼べる意地やプライドがそうはさせない。晃輝は、ひょっとしたら千夏の中のそういったものに気付いていたのだろうか。
(だから、ふざけて退いてくれた?)
きゅうっと内側が締め付けられる。決して不快なものではないけれど、とても切ない気持ちになる。
この気持ちはなんだろう。
初めてのことに戸惑って晃輝を見る。晃輝は別の所に目を向けていて、千夏の視線に気付いていない。
また、体の中が締め付けられる。
(変なの……)
この気持ちはなんだろう。
今の千夏にはまだわからない。でも無くしてはいけないものだと千夏は思った。
妙な余韻も途切れた頃、ようやくというべきか料理が運ばれてきた。
晃輝が注文したのはパスタ料理だったらしい。温かな湯気を立ち上らせているそれに空腹でもないのに食欲がそそられた。
千夏の前にはフルーツタルトが置かれた。千夏の予想ではピースに切り分けられた物だったのだが、提供されたものは小さいとはいえホールだった。形も、丸型をイメージしていたのだが実際は四角。艶出しされた果物も相俟って宝石箱のようだと思った。
慎重にフォークを突き刺す。崩さないようにゆっくり切り離して食べた一口は幸せを感じる味だった。フルーツの甘味も酸味も最大限に引き出したと言えるそれに、千夏の顔は自然と綻ぶ。
食べきれるだろうかと心配もしたが杞憂だったようだ。次から次へと手が止まらない。豊富な種類のフルーツが使われているから飽きることもない。
「幸せそうに食うなぁ」
パスタを巻く手を止めて晃輝がポツリと零した。
「だって美味しいもん。幸せだよ」
口の中のタルトを飲み込んでから返す。それから初めてアイスティーに口を付けた。
クセのないところはダージリンやアッサムのようだが、それらとはまた違った華やかさが微かに広がる。これも美味しいと千夏はまたはにかんだ。
「甘いもの、そんなに好きなのか?」
「んー……甘いものっていうか、美味しいものが好き、かな。辛いのはあんまり得意じゃないけど、ある程度は食べられるよ」
度を越えた味覚というものが好きではないだけで、苦味も酸味も平気だと言う千夏になるほどと晃輝は頷いた。
「じゃあ今度は韓国料理食わせてやるよ。トッポギの美味い店を知ってるんだ」
「ほんとっ? 嬉しい、楽しみにしてるね」
すっかりトッポギに釣られて喜んだが、はっと気がついた。
(何が“嬉しい”よ!? あっさり次の約束取り付けられちゃってるじゃん!)
私のバカ! 単細胞っ!
内心で自分を罵るが、決まってしまったことを覆すのは容易ではない。
晃輝は今回は計算していたわけではないようで、邪気のない顔でスケジュールを確認している。
そういうところを見てしまうと、自分が深く勘繰っているようで罪悪感が沸いてきてしまい、やっぱり…とは言い出せなくなってしまった。
(なんだかなぁ……)
こうも振り回されてばかりだと必死になっている自分が馬鹿らしくなってしまう。
どっと疲れた心地で手を止めていたタルトをまた一口食べた。その甘さが染み渡ると、肩にいつの間にか入っていたらしい力が抜けた。
(まぁいっか)
友達としてなら、関係を持ってもいいかもしれない。強引なところも多いけれど、悪い人だとは思えないのだ。
律が聞いたら甘いと言われるかもしれないが、千夏は晃輝をいけ好かないとは思っても嫌いだとは思えなくなっていた。
「確認は後にして、まずは食べたら? せっかく温かいんだから、温かいうちに食べなきゃ」
「ん? ああ、でも…」
「でも、じゃないでしょ。今日一日付き合えって言ったのはそっちじゃん。時間はあるんだから、今はご飯が先。美味しいうちに食べなきゃ作ってくれた人に失礼でしょ」
「……そう、だな。そうするか」
晃輝は一瞬ぱちくりと瞬いていたけれど、すぐに嬉しそうに口元を緩めてパスタに取り掛かった。フォークとスプーンで巧みにパスタを巻いていくのを見て、千夏もゆっくりタルトを食べ進めていく。
なんとなく、最初食べた一口よりも甘味が増しているような気がした。
晃輝は手を離し、浮かせていた腰を椅子に落ち着けた。ぐっと背伸びをしてから千夏に向けて悪戯に笑む。
「少しは揺らいだか?」
「なっ……ゆ、揺らいでなんか…っ!」
「はいはい、言ってろ言ってろ」
真っ赤な顔で否定する千夏をあしらって晃輝が背もたれに体を預ける。
違うと言っておきながら、千夏は助かったとはぐらかしてくれた晃輝に感謝していた。
揺らいでなんかいない、そう主張すればそれは嘘になる。だから千夏は先程も最後まで言い切れなかったのだ。
揺らいだ。理由もなく、どうしようもなく、惹かれた。
そう肯定したほうが正確だ。しかし羞悪とも呼べる意地やプライドがそうはさせない。晃輝は、ひょっとしたら千夏の中のそういったものに気付いていたのだろうか。
(だから、ふざけて退いてくれた?)
きゅうっと内側が締め付けられる。決して不快なものではないけれど、とても切ない気持ちになる。
この気持ちはなんだろう。
初めてのことに戸惑って晃輝を見る。晃輝は別の所に目を向けていて、千夏の視線に気付いていない。
また、体の中が締め付けられる。
(変なの……)
この気持ちはなんだろう。
今の千夏にはまだわからない。でも無くしてはいけないものだと千夏は思った。
妙な余韻も途切れた頃、ようやくというべきか料理が運ばれてきた。
晃輝が注文したのはパスタ料理だったらしい。温かな湯気を立ち上らせているそれに空腹でもないのに食欲がそそられた。
千夏の前にはフルーツタルトが置かれた。千夏の予想ではピースに切り分けられた物だったのだが、提供されたものは小さいとはいえホールだった。形も、丸型をイメージしていたのだが実際は四角。艶出しされた果物も相俟って宝石箱のようだと思った。
慎重にフォークを突き刺す。崩さないようにゆっくり切り離して食べた一口は幸せを感じる味だった。フルーツの甘味も酸味も最大限に引き出したと言えるそれに、千夏の顔は自然と綻ぶ。
食べきれるだろうかと心配もしたが杞憂だったようだ。次から次へと手が止まらない。豊富な種類のフルーツが使われているから飽きることもない。
「幸せそうに食うなぁ」
パスタを巻く手を止めて晃輝がポツリと零した。
「だって美味しいもん。幸せだよ」
口の中のタルトを飲み込んでから返す。それから初めてアイスティーに口を付けた。
クセのないところはダージリンやアッサムのようだが、それらとはまた違った華やかさが微かに広がる。これも美味しいと千夏はまたはにかんだ。
「甘いもの、そんなに好きなのか?」
「んー……甘いものっていうか、美味しいものが好き、かな。辛いのはあんまり得意じゃないけど、ある程度は食べられるよ」
度を越えた味覚というものが好きではないだけで、苦味も酸味も平気だと言う千夏になるほどと晃輝は頷いた。
「じゃあ今度は韓国料理食わせてやるよ。トッポギの美味い店を知ってるんだ」
「ほんとっ? 嬉しい、楽しみにしてるね」
すっかりトッポギに釣られて喜んだが、はっと気がついた。
(何が“嬉しい”よ!? あっさり次の約束取り付けられちゃってるじゃん!)
私のバカ! 単細胞っ!
内心で自分を罵るが、決まってしまったことを覆すのは容易ではない。
晃輝は今回は計算していたわけではないようで、邪気のない顔でスケジュールを確認している。
そういうところを見てしまうと、自分が深く勘繰っているようで罪悪感が沸いてきてしまい、やっぱり…とは言い出せなくなってしまった。
(なんだかなぁ……)
こうも振り回されてばかりだと必死になっている自分が馬鹿らしくなってしまう。
どっと疲れた心地で手を止めていたタルトをまた一口食べた。その甘さが染み渡ると、肩にいつの間にか入っていたらしい力が抜けた。
(まぁいっか)
友達としてなら、関係を持ってもいいかもしれない。強引なところも多いけれど、悪い人だとは思えないのだ。
律が聞いたら甘いと言われるかもしれないが、千夏は晃輝をいけ好かないとは思っても嫌いだとは思えなくなっていた。
「確認は後にして、まずは食べたら? せっかく温かいんだから、温かいうちに食べなきゃ」
「ん? ああ、でも…」
「でも、じゃないでしょ。今日一日付き合えって言ったのはそっちじゃん。時間はあるんだから、今はご飯が先。美味しいうちに食べなきゃ作ってくれた人に失礼でしょ」
「……そう、だな。そうするか」
晃輝は一瞬ぱちくりと瞬いていたけれど、すぐに嬉しそうに口元を緩めてパスタに取り掛かった。フォークとスプーンで巧みにパスタを巻いていくのを見て、千夏もゆっくりタルトを食べ進めていく。
なんとなく、最初食べた一口よりも甘味が増しているような気がした。
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