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5.自分勝手
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改めて聞く晃輝の話は、やはり千夏にも信じ難いものだった。
律以外の混血からも話を聞いたことがあるけれど、彼らからは"運命"と呼ばれるような存在の話は一度も聞いたことがない。
それだけ吸血鬼の血筋が特別なのかもしれないが、そんなことは人間である千夏にはわからないことだった。
「でも、所詮は言い伝えなんでしょう?」
「なに?」
勘違いでは、と言いかけた千夏に、晃輝が険しい顔を向ける。
理解のためにと言うから話したのに、なおも聞き入れないなど彼には許し難いことだった。
立ち上がった晃輝から距離を取ろうとするけれど、彼の方が早かった。
「お前が疑おうが関係ないな。お前は俺の“花嫁”、それは変わらない」
言葉の途中で腕を強く引かれて、フローリングに押し倒される。背中を叩きつけられた衝撃で息が詰まった。
「なにすっ……!」
口を出かけた言葉が不自然に途切れる。
千夏は体を強張らせた。揺れる彼女の目が、ただ一点を見つめる。
「赤……」
そう、赤だ。紫ではない。晃輝の瞳が、真紅に染まっている。
血よりも鮮やかなその色は禍々しく、けれど美しく、見惚れずにはいられない。魅了されるという意味を身を以て知る。
逸らさなければ。見てはいけない。
そう思うのに、金縛りにあったかのように体が動かない。目を逸らせない。
「もう一度言うぞ。お前は……お前が俺の“花嫁”だ」
受け入れろ、と苛立ちのままに晃輝は捕らえる手に力を込める。
千夏の顔を徐に横向け、細い首筋を露わにした。視線は外れたのに、硬直が解ける気配はない。
柔らかな皮膚に牙が押し当てられれば、それだけでぷつりと浅く食い破られ、血が滲んだ。
べろりと舌が這わされて、舐められる。
「……っ」
怖い。
千夏の目から涙が溢れた。それを見て晃輝が苦しげに眉を寄せる。
不意に、体を縛る何かが緩んだ。
「お前は……すぐに泣くんだな」
いや、俺がお前を泣かせてばかりなのか。
自嘲する彼が、ゆっくりと体を離し、遠ざかっていく。その顔は酷くかなしげで、胸が締め付けられる。
晃輝は完全に起き上がり、自立していた。足元から境界線がブレだして、靄へと変質していく。
自分勝手だ。
千夏は強く思った。
彼は自分勝手だ。いきなり押しかけてきて、言いたいことを言って、したいことをして。
そして今も、自己完結して消え去ろうとしている。
でも、自分も大概自分勝手だ。話も聞かずに拒んで、話を聞いても拒んで。
そして今、自分で拒んだ人を引き止めている。
「手を離せ」
腰より下を靄へと変えた晃輝が冷たい声で吐き捨てる。それにまた体が震えたが、それでも千夏は彼の手を掴んでいた。
どうして、なんてわからない。でも離してはいけないと、このままではいけないと、千夏の中の何かが叫んでいた。
どうすればいいのか、それも千夏にはわからない。謝罪? 弁解? 空回りする頭は幾つもの答えを浮かべては沈めていく。
ついに弾き出されたものは、そのどちらでもないものだった。
「っ勝手なことばっかり言わないでよ」
押し出された声は震えていた。
情けない、それに加えて可愛げもない。なんで強がってしまったのか、間違えたと後悔するも、一度出してしまった言葉を取り消せるはずはなく、また坂を転がり出した石のように、動き出した口も止まらない。
勝手すぎる。酷い。私の気持ちも考えて。
口を突くのは晃輝を責める言葉ばかりで、でもそれらすべて自分に跳ね返ってくるのだからつくづく馬鹿だと思う。
晃輝はどの言葉についても何を言うことはなく、黙っていた。
律以外の混血からも話を聞いたことがあるけれど、彼らからは"運命"と呼ばれるような存在の話は一度も聞いたことがない。
それだけ吸血鬼の血筋が特別なのかもしれないが、そんなことは人間である千夏にはわからないことだった。
「でも、所詮は言い伝えなんでしょう?」
「なに?」
勘違いでは、と言いかけた千夏に、晃輝が険しい顔を向ける。
理解のためにと言うから話したのに、なおも聞き入れないなど彼には許し難いことだった。
立ち上がった晃輝から距離を取ろうとするけれど、彼の方が早かった。
「お前が疑おうが関係ないな。お前は俺の“花嫁”、それは変わらない」
言葉の途中で腕を強く引かれて、フローリングに押し倒される。背中を叩きつけられた衝撃で息が詰まった。
「なにすっ……!」
口を出かけた言葉が不自然に途切れる。
千夏は体を強張らせた。揺れる彼女の目が、ただ一点を見つめる。
「赤……」
そう、赤だ。紫ではない。晃輝の瞳が、真紅に染まっている。
血よりも鮮やかなその色は禍々しく、けれど美しく、見惚れずにはいられない。魅了されるという意味を身を以て知る。
逸らさなければ。見てはいけない。
そう思うのに、金縛りにあったかのように体が動かない。目を逸らせない。
「もう一度言うぞ。お前は……お前が俺の“花嫁”だ」
受け入れろ、と苛立ちのままに晃輝は捕らえる手に力を込める。
千夏の顔を徐に横向け、細い首筋を露わにした。視線は外れたのに、硬直が解ける気配はない。
柔らかな皮膚に牙が押し当てられれば、それだけでぷつりと浅く食い破られ、血が滲んだ。
べろりと舌が這わされて、舐められる。
「……っ」
怖い。
千夏の目から涙が溢れた。それを見て晃輝が苦しげに眉を寄せる。
不意に、体を縛る何かが緩んだ。
「お前は……すぐに泣くんだな」
いや、俺がお前を泣かせてばかりなのか。
自嘲する彼が、ゆっくりと体を離し、遠ざかっていく。その顔は酷くかなしげで、胸が締め付けられる。
晃輝は完全に起き上がり、自立していた。足元から境界線がブレだして、靄へと変質していく。
自分勝手だ。
千夏は強く思った。
彼は自分勝手だ。いきなり押しかけてきて、言いたいことを言って、したいことをして。
そして今も、自己完結して消え去ろうとしている。
でも、自分も大概自分勝手だ。話も聞かずに拒んで、話を聞いても拒んで。
そして今、自分で拒んだ人を引き止めている。
「手を離せ」
腰より下を靄へと変えた晃輝が冷たい声で吐き捨てる。それにまた体が震えたが、それでも千夏は彼の手を掴んでいた。
どうして、なんてわからない。でも離してはいけないと、このままではいけないと、千夏の中の何かが叫んでいた。
どうすればいいのか、それも千夏にはわからない。謝罪? 弁解? 空回りする頭は幾つもの答えを浮かべては沈めていく。
ついに弾き出されたものは、そのどちらでもないものだった。
「っ勝手なことばっかり言わないでよ」
押し出された声は震えていた。
情けない、それに加えて可愛げもない。なんで強がってしまったのか、間違えたと後悔するも、一度出してしまった言葉を取り消せるはずはなく、また坂を転がり出した石のように、動き出した口も止まらない。
勝手すぎる。酷い。私の気持ちも考えて。
口を突くのは晃輝を責める言葉ばかりで、でもそれらすべて自分に跳ね返ってくるのだからつくづく馬鹿だと思う。
晃輝はどの言葉についても何を言うことはなく、黙っていた。
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