芙蓉の宴

蒲公英

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淡く咲きて宴を待つ 5

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 フラワーアレンジメント教室に花を納入しているのは、高校のクラスメイトだった人だ。搬入が遅くなったと運び込まれたとき、私はちょうど教室のドアを開けるところだった。ドアをおさえて台車が通るのを待つと、もしかしたらと声をかけられた。
「北岡?」
「長尾君?」
 営業用だからフォローして、と写真投稿SNSのアカウントを教えられた。実家の花屋で、自分が管理していると言う。私も同じサービスを使っているので、その日のうちにフォローすると、あちらからもフォローがあった。そしてダイレクトメッセージで、短いやりとりをした。それだけで、特に何か話したわけじゃない。ただそんなふうに互いの日常を覗くことができると、身近に感じることが多くなる。だから部屋に観葉植物を置きたくなったときに、その店に行くのは自然な感情だった。
 もう梅雨も終わりかけ、仕事帰りでも外は明るい。
「あれ、来てくれたの? 家、近いんだ?」
「ここから自転車で、十五分はかからないと思う。いつも駅の逆側に降りるから、ここが長尾君の家なんて知らなかった」
「ああ、去年帰って来たんだわ。ちょっと訳ありで」
 手入れのしやすい小さな鉢を選んでもらい、新聞紙に包れたものを受け取った。そのときに入ってきた幼稚園くらいの子供と年配の夫人が、長尾君と一緒に頭を下げた。長尾君のお母さんとお子さんかなと思いながら、私も曖昧に頭を下げた。

 不思議なもので一度顔を合わせると、そのあとに会う機会が多くなる。色々な場所でフローリストナガオのペイントがあるバンを見たし、朝のコンビニエンスストアで子供にパンを選ばせている場所にも行き合わせた。そのたびに小さく手を振って挨拶する。こんなふうに昔の自分を知る人と、蟠りなく会えるようになるとは思わなかった。屈託のないころに会話した人たちとは、元のように会話できないと思っていた。
 母の日の花を長尾君の店で買い、今度は父の日の花を買おうと訪れたときだ。
「北岡って独身なの?」
「に、なった。いろいろと事情がございまして」
「まあこの年になりゃ、よんどころない事情のひとつふたつ、誰でもあるよなあ」
 長尾君は苦笑して、器用にヒマワリのアレンジメントを包んだ。
「これ、長尾君が差すの?」
「北岡が通ってる教室、俺も違う曜日に習ってんの。生活かかってっからさ、いろいろやってるよ」
「家庭持ちは大変だねえ」
「自営は厚生年金なんてもんがないからね、老い行く両親を養わなくちゃならんわけよ。まあ、身軽で良かったわ」
 身軽? 子供がいるのに? 店先で立ち入ったことも訊けずに、配達があると言う長尾君に挨拶して、店を出た。

 そうか。この年になれば、よんどころない事情のひとつふたつ、誰でも持っているものなのか。そう頭の中で繰り返すと、やけに気楽になった。自分以外の誰もが、似合いの相手と結婚したり身に合った職業を持って、希望通りの生活をしているような気がしていた。自分だけが不幸だと思っていたわけじゃないのに、話しちゃいけない事情を抱えているような気になって。みんな、何かを抱えているのか。
 やけにすっきりした気分で、実家に花を届けた。そして入院中の祖母の話をし、父に送られてアパートに帰る。
「おばあちゃんも、いつ何があってもおかしくない。覚悟しておきなさい」
「はい」
 心臓が弱って身体中に浮腫みを持って、歩くことさえ億劫になっている祖母は、自分の部屋を綺麗に片付けている。少しずつ身仕舞をする美しさは、彼女が送りに抵抗していない証拠なのだろう。結局ジタバタするのは送る側だけで、送られる側は覚悟ができているにしろそうでないにしろ、黙って送られていくしかない。送る側に残るのは、悼みか後悔か看取った満足か、縁の薄い人ならば一瞬であるだろうものが、どれだけ尾を引くのか。
 私は義母に対して、どうなのだ。私にできることは、あれ以上なかった。大丈夫だ、悔いはない。だからただ悼んで構わないのだ。

 彼は病気について、私にはほとんど言わない。私が知っているのは、一年間強い薬を飲まなくてはならないことだけだ。手術を受けたすべての患者がそうであるのかどうか、私には知識がない。調べてみようかと思ったが、怖くてできなかった。
 彼の身体の中にあった悪い細胞は、親を取り去ったはずでも子をどこかに生している可能性があって、もしもそれがまた子を生すとしたら。私の心は一体、どこに向かったら良いのだ。彼と共に病と闘う覚悟はあるのか。それとも彼の言うことだけを信じて、このまま恋人とも情人とも言えない立場で彼のまわりを賑わしていれば良いのか。
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