芙蓉の宴

蒲公英

文字の大きさ
上 下
25 / 66

戻り霜の降りる枝 6

しおりを挟む
 空いてしまった休日を持て余し、不安な気持ちを落ち着けるために、一日中パソコンに向かっていた。頭の中の物語を吐き出している時間は、他のことを考えなくて済む。つまり私はやはり、物書きなのだ。他人が認めようが認めまいが、私自身がそう思っていれば正解なのだと改めて思う。そうして週末の二日間のうちに短編を仕上げ、依頼が来たとき用のストックのフォルダに入れた。
 急用ができて、と彼女は言った。何か切迫した話しぶりで、事情は聞かなかったが一週間延ばすことに否やはなかった。週のはじめに予約してある大学病院ですぐに検査するとしても、結果は来週中になんて出ない。今日も来週も、条件は同じようなものだ。それならば、このじくじくとした不安感に慣れて、多少なりとも開き直れそうな来週のほうが都合が良いかも知れない。
 怖くて、アルコールが飲めない。油気の強いものも辛い味付けのものも、摂取してはいけないような気がする。別に何の制限も受けていないのに、勝手に自分の脳がストップをかける。こんな不安が続くくらいなら、いっそのこと今ガンだと宣言してくれ。
 今時、ガンは死に至る病ではないと、報道でも散々言われているにも関わらず、それでも不安なのだ。これはおそらく、未知の病への不安だ。もしくは、腹に刃物を入れるというイメージへの不安。
 食事が喉を上手く通らないし、今まで自覚症状などなかったのに、消化中に胃が痛むような気がする。いっそのこと診断確定すれば、このビクビクした感情は落ち着くのか。

 検査結果が出るのは、二週間後だという。そんなに時間が掛かるのかと驚きながら、次はどうなるのかと医師に質問する。
「念のために生検の結果より先に、大腸の内視鏡もしておきましょう。受付で予約してください。もしもの話はできませんので、出揃ってから相談しましょう」
 時間を引き延ばされたように感じながら、週末は彼女に会えると思う。家の近所の梅はそろそろ花を散らしはじめてしまっているが、出先はどうだろう。何種類か植えてあるのならば、実を採るために植えてある林よりも花期が長いかも知れない。
「今週は土曜日がお休みの週なんです。先生はいかがですか」
 伝えてきた彼女の声は明るかった。私自身は土曜日は休みなので、遠出をするのならばそちらのほうが有難い。出歩くのも翌日の疲れを考えるような年齢になってしまった。まして今は、普通じゃない。心も、認めたくないが身体も、曇りなく健康とは言い難いのだ。
「面倒事があって、少し鬱屈しているんです。だから花を見ながら散歩すれば、癒されそうな気がして」
「何かありましたか」
「お会いしたら、愚痴が出るかも知れません。あまり気持ちの良い話ではなくて」
「存分に愚痴って結構ですよ。もの言わざるは腹ふくるるわざ、なんて言いますから」
「先生も何か、おっしゃってください。私の気ばかり済ませても」
「では、こちらも存分に。覚悟しておいてください」
「いやだ、怖い」
 相手の声が明るいと、こちらの気分も晴れる。病は気からとは、よく言ったものだ。泣こうが笑おうが検査結果が変わらないのであれば、少しでも快く過ごした方がいい。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...