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また新しいこと
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さて、受託事業っていうのは結構細かい内容が含まれているもので、作業員の技術向上及び仕様等の認識や新規に盛り込まれた内容などの、教育的な研修は契約のうちである。
というわけで、佐久サービスももちろん業種ごとの研修日が、年に二度ほど設けられている。業種ごとってことは、受ける方は年に二度でも開催する方は結構頻繁だってことだ。その中でトクソウ部が関係するのは、施設管理も含まれる用務員業務と、マンションの共用部分や店舗の開店前の日常清掃業務だ。基本的なテクニックでもいつの間にか無視されるようになっていることも多いし、管理さんだけの見回りでは見逃してしまう小さな確認事項を、授業プラス質疑応答プラス雑談という形にして頭に入れ直してもらう。勤務時間ということで時給は出るし、そのあとの慰労会が会社負担で宴会形式のランチになるので、出席率は高い。ここで仲良くなれば、作業員同士が横の繋がりで情報交換するので、会社的には研修中ウトウトされていてもプラスだ。会社から各職場(個人に、じゃない)に配布されている連絡用のスマートフォンには、個別のトークとは別に業務別のグループトークができるSNSのアプリが入れられており、インターネットに抵抗のなくなってきた年配者たちも意外に活用している。
ところで、授業形式の研修には当然資料が必要なのである。以前は管理さんたちが作っていたらしいが、トクソウ部ができてからはトクソウ部の仕事になっているらしい。そして当然のように研修にも出席して、内容の説明やら質疑応答の回答者のほうにならなくてはならない。
珍しく社内で会議室に入り、今回の研修内容はどうしようかと相談する。樹脂製の床の泥汚れ、コンクリート製の水飲み場の黒ずみ、アルミサッシの深いレールに溜まった土埃、黒板の塗料に壁紙の切り張り。案件はたくさんあるが、まとまりがつかない。
「コンクリート壁のパテ補修はどうでしょう。私、結構苦労したので」
和香の言葉に、他の人たちが驚いた。
「舘岡中ってそんなことまでしてたの?」
足りない部分にだけ出動のトクソウ部は、意外に通常運行の現場を知らない。用務員経験者の片岡さんと菊池さんは、にこにこしている。
「劣化したコンクリートは、ヒビが入ったり砕けたりします。小学生や中学生はそこをコンパスとかで広げたがるから、下手すると穴が開いちゃう。だから結構依頼は来てました」
そのたびにモルタル用のパテをヘラで詰め、コテで均し、紙やすりで仕上げていた。パテの硬さの判断もできなくて、試行錯誤中だった。
「そうか。現場に出てた人じゃなくちゃ知らないこともあるね。他に何かある?」
気がついたら、和香が研修内容を考える中心になっていた。ベテランが何人もいる職場で日常清掃のポイントは必要ないから、忘れがちなことへの確認を重点にしようと話が決まり、具体的な内容に話が移っていく。
自分の提案が採用され、検討されていくことの快感をはじめて知る。自己主張が激しい人は和香にとって恐怖の対象だったけれど、これは少し気持ちがわかる。こうしたいのと主張した事柄が実現されるって、嬉しいことだ。
「ってわけで榎本、ざくっと内容メモにしたから、資料作ってね。今日と明日は作業しなくていいから。wordとexcelくらい使えるでしょ。あ、必要ならクリーニング技能士のテキストが事務所にあるから」
「え、なんで私ですか?」
いきなり竹田さんに放り投げられた案件に驚いて、メモを見直す。
「ごめんねえ、和香ちゃん。私と植田さん、パソコン使えないから」
ぜんぜん悪いと思っていない証拠に、由美さんはパタンとノートを閉じて立ち上がった。
「せめてチェックを……」
「うん、できあがったらチェックするよ。健闘を祈る。じゃ、マンション回り行ってくる」
忘れてはいけないが、主張には責任がセットで来るのである。
打ち合わせたメモを見ながら頭を捻りつつ、骨格を考える。テキストを読み上げるだけじゃ、十分も持たない。会場の公民館で実践作業するわけにもいかないし、ここは写真で見てもらおうなんて、画像を検索したりする。ものっすごく久しぶりに机上の作業をしているので、目がとても疲れる。ときどきキッチンでコーヒーを淹れたりしていると、普段は会うことの少ない事務さんたちの仕事が見える。経理だったりスケジュール管理だったりするらしいが、誰が何の仕事をしているのか和香は知らない。
昼休憩の時間になり、和香が近所のファストフード店に行こうと部屋を出ると、事務さんたちがキッチンで弁当を温めていた。
「榎本さん、お昼買ってくるの? お茶淹れとこうか?」
そんな声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。じゃ、お昼買って戻ってきます」
新しい人間関係に、怯んじゃいけない。だって少しずつ自分を広げられると、信じられるようになったんだから。
というわけで、佐久サービスももちろん業種ごとの研修日が、年に二度ほど設けられている。業種ごとってことは、受ける方は年に二度でも開催する方は結構頻繁だってことだ。その中でトクソウ部が関係するのは、施設管理も含まれる用務員業務と、マンションの共用部分や店舗の開店前の日常清掃業務だ。基本的なテクニックでもいつの間にか無視されるようになっていることも多いし、管理さんだけの見回りでは見逃してしまう小さな確認事項を、授業プラス質疑応答プラス雑談という形にして頭に入れ直してもらう。勤務時間ということで時給は出るし、そのあとの慰労会が会社負担で宴会形式のランチになるので、出席率は高い。ここで仲良くなれば、作業員同士が横の繋がりで情報交換するので、会社的には研修中ウトウトされていてもプラスだ。会社から各職場(個人に、じゃない)に配布されている連絡用のスマートフォンには、個別のトークとは別に業務別のグループトークができるSNSのアプリが入れられており、インターネットに抵抗のなくなってきた年配者たちも意外に活用している。
ところで、授業形式の研修には当然資料が必要なのである。以前は管理さんたちが作っていたらしいが、トクソウ部ができてからはトクソウ部の仕事になっているらしい。そして当然のように研修にも出席して、内容の説明やら質疑応答の回答者のほうにならなくてはならない。
珍しく社内で会議室に入り、今回の研修内容はどうしようかと相談する。樹脂製の床の泥汚れ、コンクリート製の水飲み場の黒ずみ、アルミサッシの深いレールに溜まった土埃、黒板の塗料に壁紙の切り張り。案件はたくさんあるが、まとまりがつかない。
「コンクリート壁のパテ補修はどうでしょう。私、結構苦労したので」
和香の言葉に、他の人たちが驚いた。
「舘岡中ってそんなことまでしてたの?」
足りない部分にだけ出動のトクソウ部は、意外に通常運行の現場を知らない。用務員経験者の片岡さんと菊池さんは、にこにこしている。
「劣化したコンクリートは、ヒビが入ったり砕けたりします。小学生や中学生はそこをコンパスとかで広げたがるから、下手すると穴が開いちゃう。だから結構依頼は来てました」
そのたびにモルタル用のパテをヘラで詰め、コテで均し、紙やすりで仕上げていた。パテの硬さの判断もできなくて、試行錯誤中だった。
「そうか。現場に出てた人じゃなくちゃ知らないこともあるね。他に何かある?」
気がついたら、和香が研修内容を考える中心になっていた。ベテランが何人もいる職場で日常清掃のポイントは必要ないから、忘れがちなことへの確認を重点にしようと話が決まり、具体的な内容に話が移っていく。
自分の提案が採用され、検討されていくことの快感をはじめて知る。自己主張が激しい人は和香にとって恐怖の対象だったけれど、これは少し気持ちがわかる。こうしたいのと主張した事柄が実現されるって、嬉しいことだ。
「ってわけで榎本、ざくっと内容メモにしたから、資料作ってね。今日と明日は作業しなくていいから。wordとexcelくらい使えるでしょ。あ、必要ならクリーニング技能士のテキストが事務所にあるから」
「え、なんで私ですか?」
いきなり竹田さんに放り投げられた案件に驚いて、メモを見直す。
「ごめんねえ、和香ちゃん。私と植田さん、パソコン使えないから」
ぜんぜん悪いと思っていない証拠に、由美さんはパタンとノートを閉じて立ち上がった。
「せめてチェックを……」
「うん、できあがったらチェックするよ。健闘を祈る。じゃ、マンション回り行ってくる」
忘れてはいけないが、主張には責任がセットで来るのである。
打ち合わせたメモを見ながら頭を捻りつつ、骨格を考える。テキストを読み上げるだけじゃ、十分も持たない。会場の公民館で実践作業するわけにもいかないし、ここは写真で見てもらおうなんて、画像を検索したりする。ものっすごく久しぶりに机上の作業をしているので、目がとても疲れる。ときどきキッチンでコーヒーを淹れたりしていると、普段は会うことの少ない事務さんたちの仕事が見える。経理だったりスケジュール管理だったりするらしいが、誰が何の仕事をしているのか和香は知らない。
昼休憩の時間になり、和香が近所のファストフード店に行こうと部屋を出ると、事務さんたちがキッチンで弁当を温めていた。
「榎本さん、お昼買ってくるの? お茶淹れとこうか?」
そんな声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。じゃ、お昼買って戻ってきます」
新しい人間関係に、怯んじゃいけない。だって少しずつ自分を広げられると、信じられるようになったんだから。
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