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ただのって言葉は
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昼食を摂りながら、由美さんに日曜日の話を聞き出された。時系列を興味津々で聞いていた由美さんは、種蒔きのくだりになって顔を顰めた。
「何それ。無報酬で仕事しろって言われたの?」
「ただの種蒔きだもん。ついでだって思ったんじゃないかな」
由美さんが唇を曲げる。
「ただのってね。それが先生の自宅の掃除とかならプライベートだけど、佐久間サービスが依頼受けてる学校教材でしょ? 有償で請け負ってるものなんだから、無許可で超過勤しろって言われたのと同じ。区別つかない人かな」
ふと思い出した、水木先生の理科準備室。専有化していたとはいえ、公共施設の一部なのに足の踏み場もないほど散らかし放題だった。何かに思い当たった気になり、頭のなかを掠めたものがある。
ただのって言葉は、取り立てて何もないって意味の他に、無料って意味でも使うな。
急ぎの予定はないからと、ついでに福祉センター内の会議室なんかに掃除機をかけ、ちょっと早いけど会社に戻っちゃおうと決めて、三時過ぎに現場を出た。
「あ、ホームセンターと舘岡中に寄っていいですか。副社長に許可もらったから、花壇の花を買って届けたい」
大した大回りではないので、由美さんが快く車の方向を変えてくれる。安い苗は見繕ってあるから、ただ買って届けるだけ。あとは舘岡中の用務員さんが植え付けてくれる。
あれ? そうだよね。学校の中のことなんだから、担当者が動くのが当たり前なんだよね? 指示系統飛び越えて、依頼先の母体を動かそうって、やっぱりおかしい。
「仕事とプライベートの境目」
つい声に出した言葉を、由美さんが拾った。
「その先生が、どう把握してるかに依らない? 発注者側と受注者側だっていうのがわかってて、仕事やらせるようならアウト。個人的に手伝ってもらったつもりなら、ちょっと考えの甘い人ってとこ?」
個人的に、手伝ったんだよ。そう言い切るには、和香の中で不完全に燻っているものがある。これの正体は、一体何だ。
ホームセンターで買った花を舘岡中に届けて、和香と由美さんは会社に戻った。さすがに少し早かったので、棚の用具ストックを整理しているうちに定時になった。
「今日は学童のお迎え、余裕だな」
由美さんが着替えに行き、和香も机の上を片付けはじめる。戻ってきた菊池さんと植田さんにお茶を出し、現場の遠い片岡さんが大変だねなんて話をしていたら、また副社長が顔を出した。
「さっき竹田から連絡が来た。明日は朝から来られるって」
部屋にいる全員がほっとした顔になったので、仕事の支障云々じゃなくても竹田さんの存在は大きいのだろう。一番動けて話が早い人っていうのは、それだけで十分信頼されるものだ。
その分、不安が大きくなる。竹田さんが急にいなくなったら、トクソウはバランスが悪くなる。嘱託職員ふたり、定年間近ひとり、力仕事に適さない者がふたり。まとめる者は、どこから出る?
待ち合わせていた友人に会って、どこで夕食を摂るかという話になったとき、和香は居酒屋を提案した。外の看板に出ているメニューがおいしそうだったし、自分がお酒が飲めることも確認できている。
「和香って、飲めるんだっけ?」
「飲めたみたい。最近知った」
友人は嬉しそうな顔になった。
「飲みに誘ってくれる人ができたんだ? 前の仕事では鬱っぽくなってたから、今度はどうかなって心配してた」
「あ……ありがとう」
驚いた。誰かが自分の心配をするなんて、考えてもみなかった。
「お礼言われてもね。だからって相談に乗ったわけでもないし、顔見るのも久しぶりだもん」
友人は笑った。
「何それ。無報酬で仕事しろって言われたの?」
「ただの種蒔きだもん。ついでだって思ったんじゃないかな」
由美さんが唇を曲げる。
「ただのってね。それが先生の自宅の掃除とかならプライベートだけど、佐久間サービスが依頼受けてる学校教材でしょ? 有償で請け負ってるものなんだから、無許可で超過勤しろって言われたのと同じ。区別つかない人かな」
ふと思い出した、水木先生の理科準備室。専有化していたとはいえ、公共施設の一部なのに足の踏み場もないほど散らかし放題だった。何かに思い当たった気になり、頭のなかを掠めたものがある。
ただのって言葉は、取り立てて何もないって意味の他に、無料って意味でも使うな。
急ぎの予定はないからと、ついでに福祉センター内の会議室なんかに掃除機をかけ、ちょっと早いけど会社に戻っちゃおうと決めて、三時過ぎに現場を出た。
「あ、ホームセンターと舘岡中に寄っていいですか。副社長に許可もらったから、花壇の花を買って届けたい」
大した大回りではないので、由美さんが快く車の方向を変えてくれる。安い苗は見繕ってあるから、ただ買って届けるだけ。あとは舘岡中の用務員さんが植え付けてくれる。
あれ? そうだよね。学校の中のことなんだから、担当者が動くのが当たり前なんだよね? 指示系統飛び越えて、依頼先の母体を動かそうって、やっぱりおかしい。
「仕事とプライベートの境目」
つい声に出した言葉を、由美さんが拾った。
「その先生が、どう把握してるかに依らない? 発注者側と受注者側だっていうのがわかってて、仕事やらせるようならアウト。個人的に手伝ってもらったつもりなら、ちょっと考えの甘い人ってとこ?」
個人的に、手伝ったんだよ。そう言い切るには、和香の中で不完全に燻っているものがある。これの正体は、一体何だ。
ホームセンターで買った花を舘岡中に届けて、和香と由美さんは会社に戻った。さすがに少し早かったので、棚の用具ストックを整理しているうちに定時になった。
「今日は学童のお迎え、余裕だな」
由美さんが着替えに行き、和香も机の上を片付けはじめる。戻ってきた菊池さんと植田さんにお茶を出し、現場の遠い片岡さんが大変だねなんて話をしていたら、また副社長が顔を出した。
「さっき竹田から連絡が来た。明日は朝から来られるって」
部屋にいる全員がほっとした顔になったので、仕事の支障云々じゃなくても竹田さんの存在は大きいのだろう。一番動けて話が早い人っていうのは、それだけで十分信頼されるものだ。
その分、不安が大きくなる。竹田さんが急にいなくなったら、トクソウはバランスが悪くなる。嘱託職員ふたり、定年間近ひとり、力仕事に適さない者がふたり。まとめる者は、どこから出る?
待ち合わせていた友人に会って、どこで夕食を摂るかという話になったとき、和香は居酒屋を提案した。外の看板に出ているメニューがおいしそうだったし、自分がお酒が飲めることも確認できている。
「和香って、飲めるんだっけ?」
「飲めたみたい。最近知った」
友人は嬉しそうな顔になった。
「飲みに誘ってくれる人ができたんだ? 前の仕事では鬱っぽくなってたから、今度はどうかなって心配してた」
「あ……ありがとう」
驚いた。誰かが自分の心配をするなんて、考えてもみなかった。
「お礼言われてもね。だからって相談に乗ったわけでもないし、顔見るのも久しぶりだもん」
友人は笑った。
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