最後の女

蒲公英

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「ええっ?結婚してるの? マジ?」
 新しく入ったアルバイトは、茜と同い年の大学生だ。
「うん、まだ二ヶ月しか経ってない」
「新婚さんだー。旦那さん、社会人?」
「もちろん、そうだよ。社内恋愛だったんだー」
 嬉々として返事をする茜に、相手は重ねて質問する。
「旦那さん、いくつ?」
「四十二歳。厄年だから、気をつけなくちゃ」
 会話の外にいる人間たちはもう、既知の情報である。

 リアクションに戸惑った大学生に構わず、茜はユニフォームから着替える。今日は時間があるから、秀さんの好きなアジの南蛮漬けでも作ろうかな、なんて夕食の献立を組み立てたりする。
「私も、オジサマに憧れはあるけどさぁ……結婚かぁ」
 オジサマ? 秀一とは結びつかない言葉に、茜の動きは止まった。
「新婚さんにオジサマは失礼でしょ」
 先にロッカールームに入っていた主婦に咎められた大学生が、決まり悪そうにユニフォームを畳むのを見て、茜はフォローを入れる。
「あ、いいのいいの。間違いなくオジサンだから」
 若いとは、けして言えない。けれど、オジサマじゃない。

「いいよねぇ、その年頃の人。オトナで、何でも聞いてくれて」
「……何、夢見てんの」
 思わず冷静にツッコミを入れるのは、学生と所帯持ちの差であることは、学生には気がつかない。年齢は同じなのだし、どちらかと言えばカジュアル色が濃い茜のいでたちは、自分より幼く見えているかも知れない。
「これから社会に出るのと違って、お金もあるだろうし」
「その分、働ける期間は短くなるんだよ。トータルすれば、若い方がお金は貯まる」
 母子家庭の苦しい家計を見てきた茜は、その辺も結構シビアである。
「趣味なんかも広いんでしょう? 音楽とかに詳しい……」
 盛大に噴いたのは、茜だけじゃなかった。一緒に勤務を終えた主婦まで、笑ってしまっている。年齢が高いからって、趣味が良いわけじゃない。少なくとも、秀一の趣味はテレビでのプロ野球観戦である。
「ごめん……そういう人もいるかも知れないけど、多分少数派だと思う」
 大学生が夢見るオトナの男は、捜せば見つかるのかも知れないが、秀一には掠りもしない。

「平野さんの旦那さま、喩えて言うなら、どんなタイプ?」
 イメージの掴めない大学生は、そんな風に質問した。似ている有名人は思い当たらないし、中身はただのおっさんなのだから、タイプもへったくれもない。ただ見た目で言うなれば、先日テレビを見ていた時に、よく似たものを見た。
「タイプって、わかんない。普通の人。見た目は法隆寺の吽仁王に似てる」
 何故そこで呆れた顔をされなくてはならないのか、その時はじめて相手を失礼だと思った。

「聞いていい?」
 おそるおそる興味津々に、大学生が訊く。着替えてしまった茜は、早く帰りたいので続きを促す。
「なんで、結婚したの?」
 大学生から見れば、妊娠して結婚でもなく、そんなに魅力的だとも思えない男と、何故そんなに若いうちにと疑問なのだろう。これに対しての茜の答えは、はじめから決まっている。
「好きだからだよ? 他の人とおんなじ」
 ポストマンバッグを斜め掛けした茜は、そのままロッカールームの扉を押した。
 うん、今日はやっぱり南蛮漬けにしようっと。
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