花つける堤に座りて

蒲公英

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花つける堤に座りて

新しい人を迎える-2

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 生まれるのは、母と前島サンの子供だ。知っていることと理解していることは違う。私は理解していなかった。そして、唐突に理解した。
 今、前島サンと生活していても、私に生を授けたのは前島サンではなく私の父で私が今まで成長してくる過程を大切にしてくれたのは、父だ。覚えていないほど短い期間だったけど。病院のベッドの脇に私の写真を置いておくほどに、大切にしてくれていたのだ。前島サンが「お父さんと違う」って言ったのは、そういう意味だったんだ。

 じゃあ、前島サンは? 親子じゃなくても家族になれるって言った前島サンは、私をどう思っているんだろう。今まで、前島サンがいることに慣れなきゃってばっかり思ってたけど、前島サンも私がいることに慣れていないことに気がつかなかった。
 嫌われてはいない、邪魔に思っていたりもしない、と思う。きっと、母や生まれてくる子供だけじゃなく、私も含めて「家族になれる」と言ったんだろう。
 前島サンが母と家族になろうと思ったときに、私は母とすでに家族だった。もしかしたら前島サンこそが、疎外感を感じていたのかもしれない。

 ただ、ひとつは覚悟しておかなくてはならない。生まれてくる赤ちゃんにとっての前島サンは、紛れもなく「お父さん」だ。ここまで育ってしまった私を見守るのと、何もできない状態から成長に関わって行くのとでは全然スタンスがちがう。だから、私の立ち位置はまだ未定のままだ。

 以前、母が仕事で遅くなって祖母の家で夕食をとるとき、母はきまって「ごめんね」と言った。私はいつも「ふたり家族だもん、大丈夫」って答えた。なんでもない、普通のやりとりで。一緒に生活してるんだから、気を遣わなくてもわかってるって思ってたから。
 自分の中にヒントを見つけた気がする。大事なのは、そんなことなのかも知れない。大丈夫、はっきりしないけど大丈夫だ。


 あれこれ試行錯誤をして下絵ができあがったある日、家に帰ると誰もいなかった。母は買い物かなと思い、宿題を始めようとしたところで玄関の鍵が開き、祖母が入ってきた。
「お母さん、入院したからね。きっと今晩中に産まれるよ」
 祖母はにこにこしながら、スーパーの袋の中身を冷蔵庫にしまい始めた。
「前島サンは?」
 あ、また前島サンって言っちゃった。なかなか慣れないんだもの。
「病院に行ってるよ。徹さんが出産するんじゃないかってほどオタオタしてる」
 さもおかしそうに祖母は笑った。

 祖母が買ってきたお菓子を広げて、差し向かいでお茶を飲む。いつもの母の席に、祖母。
「おばあちゃん、聞いていい?」
 なに? 祖母が私の顔を見返した。
「私が生まれた時、私のお父さんはどうだった?」
 こればかりは、今の母には聞けない。

「徹さんよりは落ち着いてた。でもね、手毬のお母さんにありがとうありがとうって何回も言ってね」
 祖母はちょっと目を細めた。
「毎日手毬をお風呂に入れるのを楽しみに帰ってきてたよ。手毬が寝てると、つついて起こしちゃったりしてね」
 笑いながら、聞かなければ良かったと思う。これから、前島サンが同じ事をしたとしても、それは私にではないんだ。

 夕食を終えた頃、電話が鳴った。
「五体満足ね? 麻子も異常はないのね?」
 祖母が確認して受話器を置き、私を振り返る。
「無事に生まれたよ、手毬。徹さんもこれから帰ってくるって。明日、一緒に病院に行こう」
 祖母はいそいそした調子で言い、私にもそれが伝染した。そんなに小さい赤ちゃんを見るのは、初めて。

 小一時間で前島サンが帰宅した。リビングに入ってきたと同時に、右手を差し出して、握手。腕をぶんぶん振られて、よろけたところを脇から支えられた。ついでにそのままハグの体勢。
「きゃあ! セクハラ!」
 叫んでジタバタしてしまった。
「だって、嬉しいんだもん。てまちゃんにも一緒に喜んでもらおうと思って」
 わかったわかったと身体を引き抜いたら、祖母が呆れた顔をしてこちらを見ていた。

「徹さん、手毬も年頃だからね」
 祖母が言った言葉の意味はわからなくもなかったんだけど、私は別のことを考えていた。お父さんの感触ってあんな風なのか。もっと小さい頃、母にぎゅっとしてもらった感じと全然ちがう。私が黙り込んだのを見て、前島サンは誤解したらしい。
「ごめん、やらしい意味じゃないからね」
「わかってる。徹さんは嬉しくて踊りたいくらいなんでしょ」
 私は前島サンに向かってにっこりして見せた。
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