花つける堤に座りて

蒲公英

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花つける堤に座りて

家族になれる-2

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 ついでにコンビニでアイスまで買ってもらって、ぶらぶらと歩いて帰った。前島サンは私に「お父さん」と呼ばれたいのかな。私の頭の中はそれで一杯になってしまって、なんだか話が上の空。家に着いた頃には、パンクしそうだった。
「おかえり。どんな本買ったの?」
 母がソファでお茶を飲みながら話しかけてきたので、私も麦茶のポットを持ってリビングに座る。前島サンはシャワーを浴びるためにバスルームに入っていった。

 聞いてみなくちゃ、前島サンがバスルームから出てくる前に。
「私、前島サンのことをお父さんて呼んだほうがいいの?」
 私はとても困った顔をしたのだろう。そうねえ、と母は少し考える顔になった。
「少なくとも、前島サンはおかしいわね。手毬も前島サンだしね」
 母が考えている間に、バスルームが開く音がした。カラスの行水だね。髪を拭きながら、前島サンはリビングに入ってきた。

「手毬が徹君をお父さんって呼ばなきゃいけないかって言ってるんだけど」
 母があっさりと前島サンに話を振った。本人に直球で聞けないから、母に聞いてみたのに。前島サンは面食らったみたいな顔をした。
「てまちゃんが僕をそう呼ぶの?」
 そんな言葉を聞いて、私が勘違いしてたことがわかって恥ずかしくなった。
 前島サンはずいぶんと真剣な顔で私を見た。
「さっき、お父さんぽいことなんて言ったの気にした?ごめんね。無理にそう思わなくていいんだよ」
 それから、母のほうを向いて「麻子さんも聞いてね」と話を続けた。

「僕は、てまちゃんの保護者にはなっても、お父さんと違うような気がする。てまちゃんはもう中学生になっちゃってるんだし、僕の影響下には多分いないと思う。だから、呼び方なんて本当はどうでもかまわないんだけど」
 前島サンはそこで一息ついた。
「もうじき子供が生まれるし、僕はそれをとても嬉しく思っているから考えてたことがあってね。僕をお父さんなんて呼ぶように言ったら、僕はてまちゃんのお父さんに失礼な気がするんだ。てまちゃんのお父さんは、ずっとお父さんでいたかっただろうし、僕が横取りした形になっちゃう」
 とても真剣な口調。

「徹君は手毬の父親にはなりたくないってこと?」
 母が強い口調で口を挟んだ。
「なりたいと思って、努力もしてるつもりだけど。麻子さんもてまちゃんも、わかってくれてるでしょ?」
 うん、わかってるよ。私もそれはわかってる。
「手毬は徹君が言ったことを理解できる?」
 お鉢が私に回ってきた。相談したのは、私なのに。

   頭がぐるぐるする。理解できたのは「お父さん」と呼ばなくてもいいってこと。でも母と結婚したんだから、当然父なんだと思うんだけど。
「あのね、てまちゃん」
 前島サンは私の顔を覗きこむように言った。
「親と子供が揃ってれば家族ってわけじゃないでしょう? 違う形の家族もあるって僕は思ってるんだけど」
「よく、わかんない」

 母に助けを求めようとしたんだけど、母はまた別のことを考えてるみたいな顔をしてる。指を組み合わせてその上に顎を乗せる、何かを言いたい時の母の癖。私が相談したかったのは、前島サンを何て呼べば良いかだけだったのに。ここで「家族のありかた」なんて話したくない。だって、私にはわからないもん。

「徹君、手毬が混乱してるから、その話はまた今度」
 母が助け舟を出してくれたので、少しほっとする。
「手毬が徹君になんて呼びかければいいか迷ってるなんて気がつかなかった。ごめん」
 母は話を本題に戻した。
「確かに、前島手毬が前島徹を苗字で呼んだらヘンだよね。名前じゃダメ?」

 大人の男の人を名前でって、呼びにくい気がするんだけど。徹さん? 徹君? 徹ちゃん。口の中でブツブツ言ってたら、前島サンがくすぐったそうな顔をした。
「てまちゃんと麻子さんの声が似てるから、なんか不思議な感じ」


「てまちゃんが呼びたいように呼んでくれたらいい。できれば、呼び捨てじゃないほうがいいなあ」
 いくらなんでも、呼び捨てにはしない。
 赤ちゃんが生まれて、家族の呼び方がバラバラだと困らないかなあ。そう言ったら、言葉を理解するまでに一年近くあるよと笑われた。
「その時までに何らかの形になるんじゃない? 麻子さんをお母さんと呼ぶのだって、強制じゃないでしょ?」
 焦る必要はないんだからね、そう言いながら前島サンは私の髪を掻き混ぜた。子供にするみたいなことで、本当はあんまり嬉しくないんだけれど、黙って髪の毛をくしゃくしゃにされていた。
 そして、ぼんやり「親と子供が揃ってれば家族ってわけでもない」ことについて考えようと思った。
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