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花つける堤に座りて
家族になれる-1
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退屈な夏休みは続く。祖母の家に一度遊びに行って、小学校の頃の友達の何人かと会った。半年も経っていないのに、みんなと話が合わなくなっている。そうか、学校の友達って学校が一緒だから楽しいんだな。
「新しいお父さんにギャクタイされたりしない?」
冗談めかして、興味津々に聞いてきた子がいた。確かにニュースなんかではそんな話もある。
でも。
冗談にしても、イヤな冗談。ここで私が「されてる」なんて言ったら「やっぱりね」なんて言われるんだろうか。
これはきっと怒っていいことだ。だって、前島サンは一生懸命私と家族になろうとしてくれてる。そんなことは私にだってわかってる。だから本人がここにいなくたって、怒らないと前島サンにとても失礼だ。
「冗談でも、ギャクタイなんてされない。そんな人じゃない」
悔しくて、泣きそう。
「冗談じゃない。本気で怒らないでよ」
笑いながら言った、多分もう会わない友達を不愉快にさせるより、私には大事なことに思える。とりなしもしない他の子たちにも腹が立ってしまい、早々に別れた。
祖母の家に戻ると、一緒に来ていた母が「早かったね」と私に声をかけた。
「もう話が合わないし、いいや」
そんな風に答えたけど、なんだか友達よりも前島サンを選んだみたいで、それも不愉快。放っておいて欲しいっていうのが、一番近いかな。特別なことをしてるって思って欲しくないだけ。
母が私の表情を読んでいるのがわかる。
「友達と何かあった?」
「何もない。離れちゃったから、話題がないだけ」
帰りの電車の中で母の横に腰掛けたら、母が沈んだ声で言った。
「お母さんが結婚して、一番しんどい思いしてるのは手毬だね。ごめんね」
今度は、ちゃんと言える。顔を見ながらじゃ言えないかも知れないから、前を向いたままだけれど。
「しんどくても、イヤじゃないから。前島サンもキライじゃないから」
ほら、言えた。
「ありがとう」
母の声は、少しかすれていた。私の父が生きていれば、これは全部おこらなかったこと。記憶にすらないのに、私の生活のすべてにかかわってくる父の不在が、今頃大きくなるなんて。生を授かることと、生活を共にすることはイコールじゃないのに。
8月も半ば、夕食が済んでリビングでテレビを見ていたら、前島サンに「本屋に行こう」と誘われた。そんな風に誘われたのは初めてで、当然母も一緒だと思ったら、母に立ち上がる気配は無い。
「一緒に買物に出たこと、ないじゃない。行こうよ」
そう言われてみれば、そうだな。
「ハードカバーで買ってくれれば、行く」
中学生がハードカバーの本なんか買ったら、一ヶ月のお小遣いは半分になっちゃう。マカセナサイ、とそのままビーチサンダルをひっかけようとした前島サンを慌てて止める。
「着替えてきて! その格好で外に出ないで!」
「なんか、麻子さんがふたりいるみたい」
ジーンズにウォレットチェーンなんかガチャガチャさせてる前島サンとショートパンツの私。並んで歩いていると、どう見えるんだろう。親戚の叔父さん? サークルの世話役と会員? 援助交際とかのアヤシイ関係に見えたら、気持ち悪い。
なんでいきなり、一緒に本屋に行こうなんて思ったんだろう。誰かに会ったりしたら、紹介しなくちゃいけないだろうか。あ、でも、母と一緒のときに友達に会っても「うちのお母さん」なんて言ったりしないな。そう思うと、結構気楽。そうか。隠すのと、自分から言わないのって違う。
「てまちゃん、赤ちゃんね、女の子みたい」
「生まれてないのにわかるの?」
お腹の中を見ることができるらしい。なんだか、不思議。なんだか、まだピンと来ない。
「パパだね。嬉しい?」
暗いからよくわからないけど、きっと今、照れくさそうな顔してる。
「てまちゃんも姉の立場になるんだけどね」
なんだか前島サンと母の妊娠がセットだったので、私は違うような気がしてた。でも、同じ母のお腹から産まれるのだ。妹、か。姉妹ができるって、なんかくすぐったい。
大型の書店だったので、あれこれ迷ってしまった。翻訳のファンタジーを2冊見較べて、どちらにしようか考えていたら両方買ってくれるという。
「ありがとう! 太っ腹!」
「今、お腹が太いのは麻子さん。僕はまだメタボじゃありません」
「お母さんにそう言ってやろ」
会話がとても楽なのは、家の中じゃないからかも知れない。
「次から、2冊いっぺんなんてお金は出ないからね。今日は特別」
「なんで特別?」
「てまちゃんが僕につきあってくれたから」
前島サンはちょっと笑った。
「目の前で選んだものを買ってやるなんて、お父さんぽくない? やってみたかったの」
返す言葉に詰まって、抱えた紙袋が急に重くなった。
「新しいお父さんにギャクタイされたりしない?」
冗談めかして、興味津々に聞いてきた子がいた。確かにニュースなんかではそんな話もある。
でも。
冗談にしても、イヤな冗談。ここで私が「されてる」なんて言ったら「やっぱりね」なんて言われるんだろうか。
これはきっと怒っていいことだ。だって、前島サンは一生懸命私と家族になろうとしてくれてる。そんなことは私にだってわかってる。だから本人がここにいなくたって、怒らないと前島サンにとても失礼だ。
「冗談でも、ギャクタイなんてされない。そんな人じゃない」
悔しくて、泣きそう。
「冗談じゃない。本気で怒らないでよ」
笑いながら言った、多分もう会わない友達を不愉快にさせるより、私には大事なことに思える。とりなしもしない他の子たちにも腹が立ってしまい、早々に別れた。
祖母の家に戻ると、一緒に来ていた母が「早かったね」と私に声をかけた。
「もう話が合わないし、いいや」
そんな風に答えたけど、なんだか友達よりも前島サンを選んだみたいで、それも不愉快。放っておいて欲しいっていうのが、一番近いかな。特別なことをしてるって思って欲しくないだけ。
母が私の表情を読んでいるのがわかる。
「友達と何かあった?」
「何もない。離れちゃったから、話題がないだけ」
帰りの電車の中で母の横に腰掛けたら、母が沈んだ声で言った。
「お母さんが結婚して、一番しんどい思いしてるのは手毬だね。ごめんね」
今度は、ちゃんと言える。顔を見ながらじゃ言えないかも知れないから、前を向いたままだけれど。
「しんどくても、イヤじゃないから。前島サンもキライじゃないから」
ほら、言えた。
「ありがとう」
母の声は、少しかすれていた。私の父が生きていれば、これは全部おこらなかったこと。記憶にすらないのに、私の生活のすべてにかかわってくる父の不在が、今頃大きくなるなんて。生を授かることと、生活を共にすることはイコールじゃないのに。
8月も半ば、夕食が済んでリビングでテレビを見ていたら、前島サンに「本屋に行こう」と誘われた。そんな風に誘われたのは初めてで、当然母も一緒だと思ったら、母に立ち上がる気配は無い。
「一緒に買物に出たこと、ないじゃない。行こうよ」
そう言われてみれば、そうだな。
「ハードカバーで買ってくれれば、行く」
中学生がハードカバーの本なんか買ったら、一ヶ月のお小遣いは半分になっちゃう。マカセナサイ、とそのままビーチサンダルをひっかけようとした前島サンを慌てて止める。
「着替えてきて! その格好で外に出ないで!」
「なんか、麻子さんがふたりいるみたい」
ジーンズにウォレットチェーンなんかガチャガチャさせてる前島サンとショートパンツの私。並んで歩いていると、どう見えるんだろう。親戚の叔父さん? サークルの世話役と会員? 援助交際とかのアヤシイ関係に見えたら、気持ち悪い。
なんでいきなり、一緒に本屋に行こうなんて思ったんだろう。誰かに会ったりしたら、紹介しなくちゃいけないだろうか。あ、でも、母と一緒のときに友達に会っても「うちのお母さん」なんて言ったりしないな。そう思うと、結構気楽。そうか。隠すのと、自分から言わないのって違う。
「てまちゃん、赤ちゃんね、女の子みたい」
「生まれてないのにわかるの?」
お腹の中を見ることができるらしい。なんだか、不思議。なんだか、まだピンと来ない。
「パパだね。嬉しい?」
暗いからよくわからないけど、きっと今、照れくさそうな顔してる。
「てまちゃんも姉の立場になるんだけどね」
なんだか前島サンと母の妊娠がセットだったので、私は違うような気がしてた。でも、同じ母のお腹から産まれるのだ。妹、か。姉妹ができるって、なんかくすぐったい。
大型の書店だったので、あれこれ迷ってしまった。翻訳のファンタジーを2冊見較べて、どちらにしようか考えていたら両方買ってくれるという。
「ありがとう! 太っ腹!」
「今、お腹が太いのは麻子さん。僕はまだメタボじゃありません」
「お母さんにそう言ってやろ」
会話がとても楽なのは、家の中じゃないからかも知れない。
「次から、2冊いっぺんなんてお金は出ないからね。今日は特別」
「なんで特別?」
「てまちゃんが僕につきあってくれたから」
前島サンはちょっと笑った。
「目の前で選んだものを買ってやるなんて、お父さんぽくない? やってみたかったの」
返す言葉に詰まって、抱えた紙袋が急に重くなった。
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