花つける堤に座りて

蒲公英

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花つける堤に座りて

リビングに出る-2

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 図書委員の仕事で書架の整理をしていると、みゅうが遊びに来た。雨なので部活が中止になったと言う。みゅうは司書の先生と仲が良い。大人と普通にお喋りできるって、すごいな。みゅうが私だったら、前島サンも気を遣わなくてよかったかも。
「次の図書委員推薦の本、前島さんに紹介文書いてもらうからね」
 司書の先生に渡されたのは、『冒険者たち』という本だった。
「あ、これ知ってる!ガンバの冒険!」
 みゅうが声をあげると、司書の先生が笑い出した。
「そんな古いアニメ、よく知ってるわねぇ」
「お父さんが好きなの。うちにDVDが揃ってる」
 あ、またお父さんがって言ってる。
「みゅう、お父さんと仲いいね」
「普通だよ。手毬はお父さんと仲が悪いの?」
 本に気をとられたフリをして、聞こえないことにした。
 お父さんは、いません。

 前島サンと少しだけ話ができるようになってから、よく考える。お父さんってどんな感じなんだろう。いなくて当たり前だったから、今まで全然考えなかった。小さい頃は母に「なんでお父さんがいないの?」なんて聞いたこともあるけど、それは他の人が持っているものを私は持っていない、くらいの不公平感だった気がする。今、お父さんの立場にいる人は確かに前島サンなんだけれど、彼は今までの私を知っているわけじゃない。小さい頃から一緒に生活してる大人の男の人って、どんな風なんだろう。写真で見る父は今の前島サンより更に若くて、赤ちゃんの私を優しい顔で抱いている。もしも他界しなかったのなら、優しい顔のままで私と接していたのだろうか。
 それとも。
 知らない自分は、今の自分よりも幸福に見える。そんなわけないんだって、わかってるけど。

 美術部で、水彩のイラストを仕上げる。青を主体のグラデーションにして、迷路に迷い込んだみたいにしたら、やけに淋しい絵になった。どこかに元気な色をいれようとイラストを眺めていると、顧問の先生が覗き込んだ。
「前島、水彩に上書きは無理だから、何か貼ったらどうだ?」
 和紙や色紙が差し出される。
「イラストに、何か貼ってもイラストなんですか?」
 ヘンな質問。先生の答えは簡単だった。
「切り絵も貼り絵も、絵は絵だよ。自分が満足できればいいんだ」
 先生が言ったことはそれだけで、それ以外の意味なんてない筈なのに、他のことを言われた気がした。

 母の腰周りが急に大きくなった気がする。いつのまにか緩めの服じゃなくて、ジャンパースカートみたいなのを着るようになった。
「この頃、赤ちゃんが動くのがわかるのよ」
 母は大事そうにお腹を撫でる。そして、最近いつも眠そうにしている。9月のおしまいには生まれてくる、私の妹か弟。まだ実感は湧かない。

 実感が湧かないのは、前島サンも同じらしい。
「あ、今動いた」
 母がそんな風に言っても、前島サンはよくわからない顔をしている。時々母の足をマッサージしていたりはするけど、そんな時は見ないことにしている。なんだか妙にいやらしい気がして。
 別に、いやらしいことをしているわけじゃないんだけど。この人たち、結婚してるんだなって感じかな。男の人が母の足や肩に触れているのを見るのが、とてもヘン。私が母のお腹にいた時、私の父も母にそうしていたのだろうか。

 通勤が辛くなってきたから、と母は勤務時間を調整してもらったらしい。私より早く家を出て、夕方早くに帰ってくる。電車の中で座るためらしい。だから、朝食は前島サンとふたりでとる。
 寝起きの前島サンが、新聞を読みながらトーストを齧っているので
「新聞の上にパン屑が落ちてる」
 そう注意すると、驚いたように顔をあげた。
「てまちゃん、麻子さんと声がそっくりだね」
「親子だもん」
「そういう意味じゃなくて」
 少し考える風な顔になって、それから思い当たったように言う。
「声のトーンが大人っぽくなったんだ、ここ何ヶ月かで」
 私にはわからない。ただ、前島サンに観察されてる気がした。なんだか、フクザツ。
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