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目が覚めると、規則正しい寝息が隣から聞こえた。視線を向けるとすやすやと葉桐くんが寝ていた。相変わらず顔面が良い。国宝級の寝顔だ。記念に写真を撮らせて欲しいなんて少し考えたが、昨晩のことを思い出し阿呆な考えは散った。
そういえばあんなに汗や唾液でぐちゃぐちゃだったが体は綺麗で服まで着ている。もしかして、葉桐くんが全て綺麗にしてくれたんだろうか。起こしてくれたら俺だって手伝ったのに。
もう何時なんだろうと思いながら起き上がり、ベッドに腰掛けると鈍痛に襲われた。昨日散々酷使された腰はまだ回復していなかった。こりゃあ手伝いなんて出来るわけが無い。
「起きたの」
「あ、葉桐くん。おはよう。起こしちゃった?」
腰だけでなく声も酷いものだった。喉を潰された蛙のように汚い声だ。でも何とか挨拶をすることが出来た。
葉桐くんは眠たげな目をしながら俺の隣に座り、そのまま抱きしめた。そして肩口に頭を埋められる。髪の毛がくすぐったい。笑い声が漏れると、葉桐くんは顔を起こして小さく呟いた。
「颯汰」
「え?」
「颯汰って呼んでくれないの」
拗ねたような表情を見せる彼に、思わず笑みが溢れてしまった。そんな可愛い顔をされると困ってしまう。
名前呼びは少し恥ずかしいが、だけど彼が望むなら応えたい。
「颯汰くん」
絞り出した声で名前を紡ぐと満足したのか再び抱きついてきた。本当に今日はやけに甘えてくるな。
「俺のことも、その、先輩じゃなくて下の名前で呼んで欲しいな」
「隼人」
名前を呼ばれて嬉しいと思うが、同時になんだか擽ったい気持ちだ。はにかんで俯くと彼は調子に乗って名前を連呼してきた。やめてー!と耳を塞ぐと、今度は首筋に唇を押し付けられる。これは駄目だ。朝っぱらからそういう雰囲気になってしまう。
慌てて引き剥がすと、不満そうな顔をする。うっ、そういう顔をされたら甘やかしてあげたくなる。我慢我慢。
「そろそろ自分の部屋戻るね」
「立てる?」
立ってみると、激痛が腰に走る。や、やばい。こんなに痛いとは思わなかったけど、頑張れば立てるかもしれない。
「治るまでここでいれば?」
「でも、課題終わらせたいし行くよ」
すると、颯汰くんも立ち上がり俺を横向きにして抱え込んだ。お姫様抱っこだ。
「ちょ、ちょっと!」
「歩けないんだよね?運んであげる」
「いや、大丈夫だから下ろして」
「大人しくして」
有無を言わさない迫力があり黙るしかなかった。そのままドアの方へ行き、廊下を歩く。
ど、どうしよう。誰かに見られたら親衛隊から制裁を受けることになってしまう。誰も来るな誰も来るな、と念じながら颯汰くんにしがみつく。
「重くない?下ろしていいよ」
「軽い」
「いや、お世辞言わなくていいよ。俺、お菓子とか食べ過ぎてるし絶対重い」
そう言うと、颯汰くんの表情が暗くなる。や、やっぱり重いのに無理してるのか。本当に下ろしてくれた方が良いんだけど。
しかし、俺の想像とは全く違うことを呟いた。
「……俺にはお菓子もう無いの」
でも、甘いものが嫌いって言ってたじゃないか。渡されない方が颯汰くんも嬉しいと思ったんだけど。それなのにどうしてだろう。
不思議に思い首を傾げると、颯汰くんも同じように首を傾げた。疑問が解決しないまま俺の部屋の前に着き、ゆっくりと下ろされる。
「ありがとう。えっと、お菓子欲しいなら作るけど」
「欲しい」
食い気味に言われ驚く。そんなに欲しかったのか。
「甘い物、嫌いって聞いたんだけど本当に良いの?」
「えっ、どこで聞いた?」
「あの、桜羽くんと話してるの聞いちゃって……ごめん。盗み聞きしました」
申し訳なくなり正直に謝ると、颯汰くんは気にしていない様子だった。良かった。怒られたりしないみたいだ。
「確かに、あんまり好きじゃない。だけど、隼人が作ったものは食べたい」
そう言われると照れてしまう。でも、俺も好きな人に自分の作ったものを食べてもらえるのは嬉しくなるから気持ちはよく分かる。
今度何か作ろうかな。でも何が良いだろうか。クッキーとかマカロンは作れるが、あまり甘くない物の方が良いよね。抹茶の苦めなクッキーとかだったら喜んでくれるかな。
「じゃあ明日作ってくるね」と言うと颯太くんは無言でこくりと小さく頭を振った。そして、部屋に入ろうとすると手を掴まれた。
「あのさ」
「ん?」
「実は他の奴に渡すの結構妬いてる。隼人がお菓子作り好きなのは良いけど、最初にあげるのは俺にして」
颯汰くんは、少しむくれた表情を見せた。
そんな風に思っていてくれるなんて知らなかった。俺は自分のことばかりで、全然気付いてあげられなかった。彼の手を握る。そして微笑んで告げた。
「約束する。俺が最初にあげるのは颯汰くんだけだよ」
颯汰くんは安心したように笑みを浮かべ、俺の頬に口付けた。
END
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
最後まで読んで下さってありがとうございます。一応完結ですが、続きも書きますので良ければこの先も読んで頂けたら嬉しいです。
そういえばあんなに汗や唾液でぐちゃぐちゃだったが体は綺麗で服まで着ている。もしかして、葉桐くんが全て綺麗にしてくれたんだろうか。起こしてくれたら俺だって手伝ったのに。
もう何時なんだろうと思いながら起き上がり、ベッドに腰掛けると鈍痛に襲われた。昨日散々酷使された腰はまだ回復していなかった。こりゃあ手伝いなんて出来るわけが無い。
「起きたの」
「あ、葉桐くん。おはよう。起こしちゃった?」
腰だけでなく声も酷いものだった。喉を潰された蛙のように汚い声だ。でも何とか挨拶をすることが出来た。
葉桐くんは眠たげな目をしながら俺の隣に座り、そのまま抱きしめた。そして肩口に頭を埋められる。髪の毛がくすぐったい。笑い声が漏れると、葉桐くんは顔を起こして小さく呟いた。
「颯汰」
「え?」
「颯汰って呼んでくれないの」
拗ねたような表情を見せる彼に、思わず笑みが溢れてしまった。そんな可愛い顔をされると困ってしまう。
名前呼びは少し恥ずかしいが、だけど彼が望むなら応えたい。
「颯汰くん」
絞り出した声で名前を紡ぐと満足したのか再び抱きついてきた。本当に今日はやけに甘えてくるな。
「俺のことも、その、先輩じゃなくて下の名前で呼んで欲しいな」
「隼人」
名前を呼ばれて嬉しいと思うが、同時になんだか擽ったい気持ちだ。はにかんで俯くと彼は調子に乗って名前を連呼してきた。やめてー!と耳を塞ぐと、今度は首筋に唇を押し付けられる。これは駄目だ。朝っぱらからそういう雰囲気になってしまう。
慌てて引き剥がすと、不満そうな顔をする。うっ、そういう顔をされたら甘やかしてあげたくなる。我慢我慢。
「そろそろ自分の部屋戻るね」
「立てる?」
立ってみると、激痛が腰に走る。や、やばい。こんなに痛いとは思わなかったけど、頑張れば立てるかもしれない。
「治るまでここでいれば?」
「でも、課題終わらせたいし行くよ」
すると、颯汰くんも立ち上がり俺を横向きにして抱え込んだ。お姫様抱っこだ。
「ちょ、ちょっと!」
「歩けないんだよね?運んであげる」
「いや、大丈夫だから下ろして」
「大人しくして」
有無を言わさない迫力があり黙るしかなかった。そのままドアの方へ行き、廊下を歩く。
ど、どうしよう。誰かに見られたら親衛隊から制裁を受けることになってしまう。誰も来るな誰も来るな、と念じながら颯汰くんにしがみつく。
「重くない?下ろしていいよ」
「軽い」
「いや、お世辞言わなくていいよ。俺、お菓子とか食べ過ぎてるし絶対重い」
そう言うと、颯汰くんの表情が暗くなる。や、やっぱり重いのに無理してるのか。本当に下ろしてくれた方が良いんだけど。
しかし、俺の想像とは全く違うことを呟いた。
「……俺にはお菓子もう無いの」
でも、甘いものが嫌いって言ってたじゃないか。渡されない方が颯汰くんも嬉しいと思ったんだけど。それなのにどうしてだろう。
不思議に思い首を傾げると、颯汰くんも同じように首を傾げた。疑問が解決しないまま俺の部屋の前に着き、ゆっくりと下ろされる。
「ありがとう。えっと、お菓子欲しいなら作るけど」
「欲しい」
食い気味に言われ驚く。そんなに欲しかったのか。
「甘い物、嫌いって聞いたんだけど本当に良いの?」
「えっ、どこで聞いた?」
「あの、桜羽くんと話してるの聞いちゃって……ごめん。盗み聞きしました」
申し訳なくなり正直に謝ると、颯汰くんは気にしていない様子だった。良かった。怒られたりしないみたいだ。
「確かに、あんまり好きじゃない。だけど、隼人が作ったものは食べたい」
そう言われると照れてしまう。でも、俺も好きな人に自分の作ったものを食べてもらえるのは嬉しくなるから気持ちはよく分かる。
今度何か作ろうかな。でも何が良いだろうか。クッキーとかマカロンは作れるが、あまり甘くない物の方が良いよね。抹茶の苦めなクッキーとかだったら喜んでくれるかな。
「じゃあ明日作ってくるね」と言うと颯太くんは無言でこくりと小さく頭を振った。そして、部屋に入ろうとすると手を掴まれた。
「あのさ」
「ん?」
「実は他の奴に渡すの結構妬いてる。隼人がお菓子作り好きなのは良いけど、最初にあげるのは俺にして」
颯汰くんは、少しむくれた表情を見せた。
そんな風に思っていてくれるなんて知らなかった。俺は自分のことばかりで、全然気付いてあげられなかった。彼の手を握る。そして微笑んで告げた。
「約束する。俺が最初にあげるのは颯汰くんだけだよ」
颯汰くんは安心したように笑みを浮かべ、俺の頬に口付けた。
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最後まで読んで下さってありがとうございます。一応完結ですが、続きも書きますので良ければこの先も読んで頂けたら嬉しいです。
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