チョコをあげなかったら彼氏の無表情が崩れた

ぽぽ

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 翌日。鏡を見ると目の下に真っ黒なクマが出来ていた。こんな顔じゃ更に葉桐くんに嫌われる。でも葉桐くんと登校したいし俺は急いでカップケーキを入れた大きな袋を持って外へ出た。
 
「おまたせ!」
「……凄い袋」
「うん。今年は作りすぎてこんなに出来ちゃった」
「寝てないの?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!」
 
 笑顔を作って平然を装う。葉桐くんは少し不安げな表情を浮かべていたがいつも通り歩き始めた。
 いつもならば葉桐くんはそのまま俺の教室まで送ってくれるが、今日はその前に行かなくてはいけないところがある。

「ごめん、ちょっと生徒会室の前に行ってもいい?」
「良いけど……」
 
 生徒会室の前には役員の数だけボックスが置いてある。生徒会役員に直接渡すことは禁止されているのだ。そのため代わりにこのボックスの中にチョコを入れるのが決まりとなっている。
 ボックスの中にはもう既に山のようにチョコが積んであった。俺もその上に乗せる。だが、やはり葉桐くんのボックスは無かった。本当に、今年は貰わないんだな……。
 
 暗い気持ちになってはダメだ。今は葉桐くんが隣にいるんだから。
 
「終わったよ。付き合ってくれてありがとう。じゃあまたね」
 
 そう言うと、葉桐くんは何か言いたげな表情をしていた。いつもならば「何かあった?」と聞いていたがそんな気分にもなれず俺は気付かないふりをして教室に入った。
 大量のカップケーキを消費するために俺はクラスメイト全員に配った。みんな嫌がらず受け取ってくれたから良かった。
 
「久東もはい。カップケーキ」
「ありがとう。今年はやけに多いな。それ、全部消費できるのか?」
「いやぁ中々多いから休み時間に他学年にも渡してこようかな、って思って」
「また変に勘違いされるんじゃないか?」
「えー、ないない!俺もう一年くらい告られてないし」
 
 葉桐くんと付き合う前は何故かよく告白されたが一年前にピタリと無くなった。きっとみんな俺の平凡さに気付き正気を取り戻したのだろう。
 
 そして、昼休み。俺は宣言通りカップケーキを配っている。三年生には全員渡し終え、今は二年生の教室を回っている。知らない先輩が急にカップケーキを渡しに来て不審がられるかと思いきや、みんな「ありがとうございます!」と嬉しそうにお礼を言ってくれる。なんて優しい子たちなんだ。 
 ついに最後の一つになったカップケーキを渡すと、受け取ってくれた彼は白い歯を見せて笑った。
 
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!僕、この前先輩のお菓子を食べてから大ファンなんです!すっごく美味しくて感動して!」
「ほんと?嬉しいな。じゃあ今度君の好きなお菓子作ってくるよ」
 
 多くの人からの感謝の言葉により昨日の悲しみが癒えてきた時、突然肩を掴まれた。振り向くと、葉桐くんが立っていた。
 視線が左右に泳がせ、もごもごと口を動かしている葉桐くんの様子に首を傾げた。
 
「どうしたの?」
「……今日、何の日かわかる?」
「二月十四日」
「そうじゃなくて、記念日というか」
「バレンタインデーだね」

 そう言うと彼はこくこくと頷く。うっ、可愛い。萌えそうになるも堪えた。
 
「それで、その……俺にチョコは?」
「えっ、ごめん。葉桐くんの分、作ってない」
 
 そう言うと、彼は硬直した。いつもの無表情は崩れ、眼球が取れるのではないかというほど目を瞠っている。
 そして何故か周囲もム○クの叫び顔でざわめき始めた。
 
 え、な、何?作らないとダメだった?でも葉桐くん本人が今年は要らないって言ってなかったっけ。やばい。何か渡せるものはないか……。
 急いでポケットの中身を探すと、甘い飴やクッキーしか入っていなかった。甘いものじゃ駄目なのに!

 ごそごそ探すとポケットの奥からちょうど俺の求めていたものが出てきた。
 
「はい。干し梅、どうぞ」
 
 固まっている葉桐くんの手に干し梅を乗せた瞬間、ざわめいていた辺りは凍りついたように静寂に包まれた。
 こ、これは、どういう反応?合ってる?間違ってる?
 
 葉桐くんは茫然と干し梅を眺めていた。そして掠れた声で「ありがとう」と言い、その場から離れた。
 ……嫌だっただろうか。でも甘いものは嫌いだと言っていたしカップケーキよりこっちの方が喜ぶよな。きっと内心「やったー!」と喜んでいるだろう。ウンウン。
 
 そう納得付けたが次の日。
 葉桐くんから突如一緒に登校するのはやめようと言われた。
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