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3.勇者様、お幸せに!

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「ジェイミー、相変わらず固いよなー。もうちょっと女の子とかと遊んでもいいんじゃねーの?」
「興味が無い」

 クールなジェイミー様、素敵だ。男前である。先日即完売した雑誌の取材で自身の恋愛経験を聞かれた際も「恋をしたことが無い。私にとって大切なものはこの国の平和だけ」と答えていた。これを見たクレアは「大切な物は自国。つまり国民の私もその内の一人」とジェイミー様の恋人を名乗っていた。その理論だと国民全員がジェイミー様の彼女という事になってしまうが。

 するとまたもや甲高い悲鳴が聞こえた。
頼むからクレアの機嫌をこれ以上損ねないでくれ、と祈ったがそれ以上に最悪の事態が起こってしまった。

「魔物!!」

 店外からその声が聞こえたと同時に、ジェイミー様と大男は立ち上がった。

「やっぱりこの街に来やがったか……読みが当たったな」
「ああ。行くぞ」

 眉根を寄せ真剣な眼差しのまま剣を抜いて店を出た。
 俺達は突然の出来事に身動きが取れなかった。他の人々もどうしたら良いのか分からず狼狽えている。この街は一度も魔物が来る事は無かった為、慣れてないのだ。すると大男がそれを見抜いたように店内や他の民間人に対して呼び掛けた。

「皆早く逃げろ!子供は大人が抱えて教会へ逃げてくれ!魔物は俺達が倒すから安心して、だが警戒は怠るな!!」

 困惑する人々の声、子供の泣き声が混じり街は途端に混沌とした。皆、身の安全を確保する為に一目散と逃げる。クレアも教会へ逃げる準備をしていた。教会には魔物が入れないように強力な結界が張ってあるから安全だ。

 だが、俺は自分の身以前に彼等の事が気になった。ジェイミー様とあの男は魔物と真正面から戦っているが、本当に二人だけで巨大な魔物を倒す事が出来るだろうか。ドラゴンのような見た目の魔物は、大きな口や鋭い爪、固い鱗で身を包んでいて剣なんて通りそうになかった。

「ミル!何ぼさっとしてんのよ!早く逃げるわよ」
「でもジェイミー様が!」
「あんた、いつも散々ジェイミー様はこの世で一番強い!って言ってたじゃない。あんな魔物、ジェイミー様が直ぐにやっつけてくれるわよ。私達は邪魔にならないように逃げるわよ!」

 クレアに強く腕を引かれ不安が残ったまま外を出た。魔物に見つからないようになるべく音を立てないように走る。教会へ向かいながら、俺は振り向いてジェイミー様の方へ視線を移した。

険しい表情で魔物との闘いを繰り広げていた。鱗で覆われていない弱点の目に狙いを定めて剣を振り下ろすが魔物の吐き出す炎を避けながら戦うのは難しい。大男も共に挟み撃ちで攻撃を繰り返すが苦戦しているようだ。

すると魔物の吐き出した大きな火の玉がジェイミー様の方向へ向かった。刹那、宙へ跳び上がり見事避ける事は出来たが俺は見逃さなかった。
ジェイミー様の美しき黄金色の髪が一本焼け落ちた事を。

 俺は足を止めた。突然立ち止まった俺を見てクレアは戸惑ったように聞いてきた。

「どうしたの?」
「ごめん。俺、戻らないと」
「ダメに決まってるわよ!死ぬわ!」
「良いよ!!推しの髪が燃えるくらいなら俺の体が燃える方がマシだ!クレアは気にせず逃げてくれ!」

 そして俺は踵を返した。クレアは最初叫んで俺を引き止めていたが、走れば走る程声が遠くなり、そして彼女は逃げる人々の群れに流されて見えなくなった。

 引き戻して俺も何をすればいいのか分からない。だが、推しを守らねばという使命感が俺の足を動かした。剣なんて握った事無いし魔物を実際に見たのも初めてで頼りないが、ジェイミー様を助けるならばどんな手段を取っても良い。そしてジェイミー様の美しき髪を焦がした魔物に成敗を食らわせてやる!!
 
 元にいたカフェから持っていた辞書を取り出す。推し語りをする時語彙力皆無になる為必須のアイテムだ。かなりの分厚さで固い。それを持ち、俺は窓から魔物へ向かって叫んだ。

「おい魔物!!」

 すると、魔物は此方を見る。戦闘中の二人も俺に気付き目を見開く。

「何をやってる!早く逃げろ!!」
「お二人共下がって!」

 窓から身を乗り出す。二人は俺なんかの忠告を耳に入れるはずもなくその場から離れない。すると、それを好機に魔物は鋭い爪をジェイミー様に向けた。その途端、俺は一片の迷いもなく飛び降りた。

「ジェイミー様に触るなぁああ!!」

 魔物の目に向かって本の角を向ける。すると見事魔物の目に命中。そして俺はそのまま魔物の体の上に潰れるように落ちた。

 俺の命、さよなら……。微々たる力だが推しの支えになったと思えば良き死に方だと思う。

霞む視界で少しの隙を見せた魔物に大男がとどめの一撃を加えた姿が見えた。この様子だと完全に魔物は死んだようだ。ジェイミー様の髪の毛の仇討ちを果たしたぞ。

「ジェ……ミーさま、おしあわせに……」

 最期に見たジェイミー様の顏は今までに見た事が無い程驚きで染まっていた。滅多に表情を崩さない彼には珍しい顔だ。このレア顔を冥土の土産に、俺は安らかに息を引き取った……。
    
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