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20.勇者様、カツ

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 ミルは悩んだ。鍛えると宣言したが何から始めれば良いか分からないからだ。取り敢えず大量の本を持ち上げたり朝は近くの広場まで走ったりしている。しかし体は相変わらずもやしのようにヒョロいままだ。だけどめげない。これもジェイミー様に相応しい男になるため!

 そして今日も前が見えないくらいに積んだ本を運ぶが突如視界に本ではなく逞しい筋肉が見えた。そう、それはミルが求めている完璧な筋肉だ。
 
「よー、チビ」

 そう言って目の前の彼は手を振った。少し跳ねている鮮やかな赤髪、蜂蜜色の瞳、そして何よりも胸元のボタンが飛んでしまいそうな大胸筋、戦士のアレン様だ。
 まさかの人物に呆気に取られたが直ぐに意識を取り戻し俺も笑みを返した。
 
「こんにちは。お久しぶりですね」
「元気そうだな。だけど無理すんなよ、また前みたいになると治療師達が悲鳴あげるぜ」
 
 セミの鳴き声のような裏声で大袈裟にキャーと言う。大柄な人がか弱い女性のような仕草をするアンバランスさが可笑しくてつい吹き出してしまった。
 
「ふふ、もう怪我はしないように最低限気を付けてます。でもこれは筋肉をつけるためで」
「筋肉?」
「前言いましたよね?マッチョになりたいって。だからちょっと多めに本持ったりして頑張ってるんです」
 
 そう言うと、彼は拍子抜けしたと言わんばかりに目を大きく開いて固まったが直ぐに大きな声で笑い始めた。
 そんな笑わなくてもいいじゃないですかとむくれるが、彼は未だ豪快に笑いながら滲む涙を拭った。
 
「いやなぁそんな簡単に筋肉が出来るわけねえだろ」
「うっ、でもどうすればいいか分からないんですよ。だからせめても何かしようかなって思ったんです」
「はあー、駄目だ駄目だ。先ずその体じゃ無理。最初は体質から変えねえと」
 
 体質を変える、と言われてもそれこそそんな簡単に出来ないだろう。急に筋肉質になりました、なんて聞いたことが無い。
 彼はニヤッと口の右端を上げて笑った。
 
「休憩時間に店の前で待ってろ。俺のオススメをやるよ」 


 アレン様の残した言葉を信じ、仕事を終えた後に店の前で外の様子を見ていた。
流石に立ち尽くしているのは怪しいから箒を手に取り掃除をしているように見せて待っていると、俺の名前を呼ぶ大きな声が聞こえて顔を上げた。
 
「んじゃ行こうぜ」
 
 俺の腕を掴み何処かへ向かった。強引な姿に戸惑うが俺も早足で追い掛けた。掴んでいる手が少し痛いが我慢だ我慢。俺は強い男だから。それにしても、手が凄い大きいな。俺の腕を包んでもまだ余るくらいだ。俺もこんな風になりたいな。
 
 かなりの距離を歩くと何故か着いたのは騎士団詰所。少し待ってくれと言われその場で立っていると彼は馬を連れて現れた。
 
「こいつに乗って行くぞ」
「えっ馬に乗ったこと一度もないんですけど大丈夫ですか?」
「まーなんとかなるだろ」
 
 適当過ぎる……。下手な乗り方をして馬が怪我でもしたら可哀想だ。アレン様と似て大きな馬だが黒い瞳がつぶらで可愛らしく見えてきた。
 
「この子の名前は何ですか?」
「カツ!」
「え?」
「願掛けみたいなもんだけどカツって名前のやつと一緒にいればなんか勝つ感じするだろ?イケてる名前じゃね?」
 
 イケてるのか?自慢げに何故か笑っているのも謎である。しかし名前はどうであれ、こんな可愛い子に乗るのは、と躊躇する俺の両脇にアレン様は手を入れて簡単に持ち上げて馬の上に置く。
 ひぃ、どこにも掴まるところないし早速落ちてしまいそうなんですけど。小刻みに震えている俺の前にアレン様は座った。
 
「よしっ落っこちそうだったら俺の体にしがみついてろよー。行くぞ!」
「うぎゃっ、しししししぬ」
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