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第4章
なかなか会えない子sideクラージュ【番外編】
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アーナンダ国の王子として生を受け早11年。
中学年となった私の側近候補が決まった。
一人はヒュー・ヒル。
ヒル家の長男で、下学年の頃から素晴らしい剣の使い手と話題の人物である。
しかしこの男、まったく私への遠慮も敬意もない。
私に対して腹を立てることがあると当たり前のように決闘を申し込んでくる。
そして毎度断れず、ボコボコにされるのだ。
お陰で強制的に剣術の練度が高くなっていると幼い頃から剣を教えてくれているヒル家当主から褒められたが…。
もう一人はエイド・ファクター。
ファクター家の次男で普段は飄々としているが、仕事の時はテキパキと真面目に仕事を熟す、掴みどころのない人間だ。
私に与えられた仕事を既に手伝ってくれており、側近の中では一番に頼れる男であるが、ヒューにボコボコにされる私を笑い転げて見ているような腹の立つ男でもある。
そしてもう一人、アドルファス・アーバスノイヤー。
アーバスノイヤー家の長男であり、重度の弟馬鹿だ。
初対面の時、自己紹介はされたがそれ以上は喋らず、何故か王家へ強い警戒心を抱いている人間であった。
剣術、武術、魔法に優れ、努力を怠らない姿に私は好感を抱いていた。
しかしある時、ふとヒューと2人でアドルファスの弟について話しているのを耳にした時から彼への認識が変わった。
どん引きするほどに弟愛が強かったのだ。
「アドルファス。明後日に隣国の王子との茶会がある。護衛を頼む。」
「殿下。その日は弟との先約があるので無理です。」
「…」
「あー…なら俺がやりますよ。」
茶会の護衛を頼めば平気で弟との約束があるから無理だと断る。
普通、王家からの依頼を頼むか?
そんな輩は私の側近達くらいでは?
時に自信を失くしてしまいそうなほど、私の側近達は遠慮がない。
その態度に救われているところもあるのだが…
結局その茶会にはヒューが護衛を務めてくれることになった。
実はこういうことは初めてではない。
ヒューとアドルファスは学園へ通う前からの友人らしく、アドルファスが弟との用事があると言うと必ずヒューが代打で手を挙げる。
ヒューもアドルファスの弟のことを実の弟のように可愛がっているようで、そんな2人が可愛がるアーバスノイヤー家の次男が気になったのは私だけではない。
「エイド。私はアーバスノイヤー家の次男が気になりすぎるのだが…お前はどうだ。」
「えー…気になりますけど、触らぬ神に祟りなしですよ。下手に関わって弟君を傷つけたり不快な思いをさせてしまったりすれば容赦ない報復が待ってます。更に下手をすれば王家は最強の守りであり剣を失う事態になりかねません。機会を待つしかありません。」
エイドも気になるようで、偶にアーバスノイヤー家の次男のお話を二人がしている時に、さらっと話に入り質問をしていたりする。
そこで上手に情報を集めているのだが…本当に他愛もないことくらいしか分かっていない。
あまり深堀しすぎると、何を企んでいるのかと2人から睨まれてしまう。
遠慮も敬意もない側近だが、あの2人を失うのは私にとってとんでもない痛手だ。
エイドの言う通り、大人しく機会を待つしかなかった。
そしてやっとアーバスノイヤー家の次男を見られたのは彼が学園に入学してきてからだった。
次男は学園の入学までに色んな理由で人前に出てこなかった。
何度か王族主催の社交には参加していたようだが、挨拶するよりも前に心無い大人の悪意に晒され体調を崩したと言いさっさと帰ってしまうので遠目に姿を見ることもなかったのだ。
正に鉄壁の防御。
まだ次男が1歳の頃に開かれた祝いの席で実の祖父母から心無い言葉を浴びせられたという話は有名で、過保護になるのも分かるが…過保護にしすぎではなかろうか。
しかし、そんな鉄壁の壁に守られていたアーバスノイヤー家の子息の入学は私以外の者からも大変に注目されていた。
しかも、偶然か仕組まれたのか…彼の傍には辺境伯の子息であるテトラ・ハデスが常におり容易に近づける雰囲気ではなく、多くの者が遠目に見るに留まった。
何度かアドルファスが弟を迎えに行くことがあり、その際に少しだけでも紹介をしてくれと頼んだが素気無く却下。
「殿下がアーバスノイヤー家の弟に何の用事があるというのですか。弟は見世物ではありませんが?」
と絶対零度の冷たい、冷たすぎる視線で言われては何も言えなかった。
用事なんてない。
あまり表情を変えない側近が唯一色んな表情を見せる相手…弟がどんな人物であるのかという好奇心しかない。
アドルファスの弟は休学することが多かった。
過保護な親と兄が原因でもあるが、学園を襲った悪鬼事件や裏山の勇竜の寝床でのドラゴン事件等…多くの事件で大いなる活躍を成したためでもあった。
王家の一員として、心からの礼を伝えたいとアドルファスに願い出たが、これも却下された。
そしてやっと会うことができたのが卒業してから学園の競技会でだった。
これもアドルファスとヒューが楽しそうに話しているところに、見かねたエイドが無理矢理私達の同行をこぎ着けたのだ。
そこから何度か接する機会があり、アーバスノイヤー家もルナイスを必要以上に隠さなくなって感じたのは、間違いなくアーバスノイヤー家の子だということ。
悪い意味ではない。
良い意味かと言われると、そうでもないが…
只、私が彼や彼が大切にしている周りにとって害とならなければ彼は王家の為に惜しみなく動いてくれるだろう。
そして何より彼、ルナイスはどうやら私を好いてくれているらしい。
もちろん恋愛感情的な意味で好かれているのではないことは理解している。
ルナイスはアドルファスより友好的だ。
「殿下…ルナイスからこれを預かってきました。」
執務室にて書類を捌いていると、家の仕事を終えやってきたアドルファスがドンっと机の上に箱を置いた。
そこには大切な書類が置いてあるというのに…
しかし何を言っても意味がないことは、長年の付き合いで分かっているので何も言わない。
別にアドルファスは私を馬鹿にしているわけでも、執務の邪魔をしてやろうという悪意があるわけでもないのだ。
ただ、本当に弟以外に向ける感情が死んでるだけ。
そんなことはさておき…
ルナイスからの預かり物とは何なのかと蓋を開けると、中には小さい一口大の色んな種類の菓子が入っており、小さな手紙も一枚あった。
『疲れには甘味が体に沁みます。本当に。』
それだけが書かれてある紙についクスリと笑みが零れる。
アドルファスは内容を知っていたのか、そんな私をじっと見た後何も言わず扉の近くの騎士と場所を変わり黙って立つ。
可愛い弟が私に構うのが気にくわないのだろうけど、可愛い弟が気にかけている人物を無下にはできない。
そんなところだろうか?
そう思っているとひらりと薄い小さな紙が机に落ちた。
『兄様は殿下のこと嫌いじゃないですよ。』と。
状況をまるで傍で見ているかのような手紙につい声を上げて笑ってしまう。
この兄弟だけでなく、今私の傍で共に頑張ってくれている者達に見限られないようより一層頑張ろうと誓い菓子をひとつ摘まみ、書類に向き直った。
中学年となった私の側近候補が決まった。
一人はヒュー・ヒル。
ヒル家の長男で、下学年の頃から素晴らしい剣の使い手と話題の人物である。
しかしこの男、まったく私への遠慮も敬意もない。
私に対して腹を立てることがあると当たり前のように決闘を申し込んでくる。
そして毎度断れず、ボコボコにされるのだ。
お陰で強制的に剣術の練度が高くなっていると幼い頃から剣を教えてくれているヒル家当主から褒められたが…。
もう一人はエイド・ファクター。
ファクター家の次男で普段は飄々としているが、仕事の時はテキパキと真面目に仕事を熟す、掴みどころのない人間だ。
私に与えられた仕事を既に手伝ってくれており、側近の中では一番に頼れる男であるが、ヒューにボコボコにされる私を笑い転げて見ているような腹の立つ男でもある。
そしてもう一人、アドルファス・アーバスノイヤー。
アーバスノイヤー家の長男であり、重度の弟馬鹿だ。
初対面の時、自己紹介はされたがそれ以上は喋らず、何故か王家へ強い警戒心を抱いている人間であった。
剣術、武術、魔法に優れ、努力を怠らない姿に私は好感を抱いていた。
しかしある時、ふとヒューと2人でアドルファスの弟について話しているのを耳にした時から彼への認識が変わった。
どん引きするほどに弟愛が強かったのだ。
「アドルファス。明後日に隣国の王子との茶会がある。護衛を頼む。」
「殿下。その日は弟との先約があるので無理です。」
「…」
「あー…なら俺がやりますよ。」
茶会の護衛を頼めば平気で弟との約束があるから無理だと断る。
普通、王家からの依頼を頼むか?
そんな輩は私の側近達くらいでは?
時に自信を失くしてしまいそうなほど、私の側近達は遠慮がない。
その態度に救われているところもあるのだが…
結局その茶会にはヒューが護衛を務めてくれることになった。
実はこういうことは初めてではない。
ヒューとアドルファスは学園へ通う前からの友人らしく、アドルファスが弟との用事があると言うと必ずヒューが代打で手を挙げる。
ヒューもアドルファスの弟のことを実の弟のように可愛がっているようで、そんな2人が可愛がるアーバスノイヤー家の次男が気になったのは私だけではない。
「エイド。私はアーバスノイヤー家の次男が気になりすぎるのだが…お前はどうだ。」
「えー…気になりますけど、触らぬ神に祟りなしですよ。下手に関わって弟君を傷つけたり不快な思いをさせてしまったりすれば容赦ない報復が待ってます。更に下手をすれば王家は最強の守りであり剣を失う事態になりかねません。機会を待つしかありません。」
エイドも気になるようで、偶にアーバスノイヤー家の次男のお話を二人がしている時に、さらっと話に入り質問をしていたりする。
そこで上手に情報を集めているのだが…本当に他愛もないことくらいしか分かっていない。
あまり深堀しすぎると、何を企んでいるのかと2人から睨まれてしまう。
遠慮も敬意もない側近だが、あの2人を失うのは私にとってとんでもない痛手だ。
エイドの言う通り、大人しく機会を待つしかなかった。
そしてやっとアーバスノイヤー家の次男を見られたのは彼が学園に入学してきてからだった。
次男は学園の入学までに色んな理由で人前に出てこなかった。
何度か王族主催の社交には参加していたようだが、挨拶するよりも前に心無い大人の悪意に晒され体調を崩したと言いさっさと帰ってしまうので遠目に姿を見ることもなかったのだ。
正に鉄壁の防御。
まだ次男が1歳の頃に開かれた祝いの席で実の祖父母から心無い言葉を浴びせられたという話は有名で、過保護になるのも分かるが…過保護にしすぎではなかろうか。
しかし、そんな鉄壁の壁に守られていたアーバスノイヤー家の子息の入学は私以外の者からも大変に注目されていた。
しかも、偶然か仕組まれたのか…彼の傍には辺境伯の子息であるテトラ・ハデスが常におり容易に近づける雰囲気ではなく、多くの者が遠目に見るに留まった。
何度かアドルファスが弟を迎えに行くことがあり、その際に少しだけでも紹介をしてくれと頼んだが素気無く却下。
「殿下がアーバスノイヤー家の弟に何の用事があるというのですか。弟は見世物ではありませんが?」
と絶対零度の冷たい、冷たすぎる視線で言われては何も言えなかった。
用事なんてない。
あまり表情を変えない側近が唯一色んな表情を見せる相手…弟がどんな人物であるのかという好奇心しかない。
アドルファスの弟は休学することが多かった。
過保護な親と兄が原因でもあるが、学園を襲った悪鬼事件や裏山の勇竜の寝床でのドラゴン事件等…多くの事件で大いなる活躍を成したためでもあった。
王家の一員として、心からの礼を伝えたいとアドルファスに願い出たが、これも却下された。
そしてやっと会うことができたのが卒業してから学園の競技会でだった。
これもアドルファスとヒューが楽しそうに話しているところに、見かねたエイドが無理矢理私達の同行をこぎ着けたのだ。
そこから何度か接する機会があり、アーバスノイヤー家もルナイスを必要以上に隠さなくなって感じたのは、間違いなくアーバスノイヤー家の子だということ。
悪い意味ではない。
良い意味かと言われると、そうでもないが…
只、私が彼や彼が大切にしている周りにとって害とならなければ彼は王家の為に惜しみなく動いてくれるだろう。
そして何より彼、ルナイスはどうやら私を好いてくれているらしい。
もちろん恋愛感情的な意味で好かれているのではないことは理解している。
ルナイスはアドルファスより友好的だ。
「殿下…ルナイスからこれを預かってきました。」
執務室にて書類を捌いていると、家の仕事を終えやってきたアドルファスがドンっと机の上に箱を置いた。
そこには大切な書類が置いてあるというのに…
しかし何を言っても意味がないことは、長年の付き合いで分かっているので何も言わない。
別にアドルファスは私を馬鹿にしているわけでも、執務の邪魔をしてやろうという悪意があるわけでもないのだ。
ただ、本当に弟以外に向ける感情が死んでるだけ。
そんなことはさておき…
ルナイスからの預かり物とは何なのかと蓋を開けると、中には小さい一口大の色んな種類の菓子が入っており、小さな手紙も一枚あった。
『疲れには甘味が体に沁みます。本当に。』
それだけが書かれてある紙についクスリと笑みが零れる。
アドルファスは内容を知っていたのか、そんな私をじっと見た後何も言わず扉の近くの騎士と場所を変わり黙って立つ。
可愛い弟が私に構うのが気にくわないのだろうけど、可愛い弟が気にかけている人物を無下にはできない。
そんなところだろうか?
そう思っているとひらりと薄い小さな紙が机に落ちた。
『兄様は殿下のこと嫌いじゃないですよ。』と。
状況をまるで傍で見ているかのような手紙につい声を上げて笑ってしまう。
この兄弟だけでなく、今私の傍で共に頑張ってくれている者達に見限られないようより一層頑張ろうと誓い菓子をひとつ摘まみ、書類に向き直った。
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