私が君と過ごした数分間

いぶき

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特別養子縁組

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何とも重々しい空気の中、まず口を開いたのは木嶋さんだった。


「特別養子縁組っていうのはね、伊織ちゃんとお腹の赤ちゃんを守る為に、とても大事なことなの。

伊織ちゃんはお腹の赤ちゃんを大事に思う?
幸せになって欲しいと願う?」


私は唐突すぎるその質問に、何も答えられず…

でもこの子には幸せになってほしい。
私とは違う人生を送ってほしい。


それが特別養子縁組…??


その時の私は幼すぎて…


あまりにも無知過ぎた…





私はここで、とても大事な別れ道を間違える。


この時の私は、まだそんな事にすら気付いていなかったのだ…



特別養子縁組。

私は養護施設のような所なのだろう。
そんな安易な考えでいた。


全然違うのに、12才の私には周りの大人たちの言う通り動けばいいと思った。



だって私は1人だったから……




私の状況さえ整えば、迎えに行ける。
会える。
触れ合える。
抱きしめられる。
親子の関係を築ける。
私だけの家族が出来る。
私が母でこの子をしっかり守ってあげられる。



本当にそう思っていたのだ。



調べもしなかった。

思い込みで「そう」だと勝手に思った。



木嶋さんや先生に聞くこともなかった。




信じがたいが…


そんな無知の状態で私は出産を迎えることになる。


今生の別れになるとも思わず、どれほどの罪悪感と、どれほどの絶望感に襲われるかも知らず…



この話し合いの場に、ちゃんとした「お母さん」がいたら、違っていたのかもしれない。


でも私にはそんな「母親」も「頼れる大人」もいなかったのだ。



私が家を出ても探そうともしていない。

置いてきた弟が心配でたまに公衆電話から様子を聞いた。


弟に手を出すことはなかったが、私がいなくなることで弟に矛先がいってしまっていたら…という不安があったが元気そうな弟の声を聞くと本当にホッとした。



「いおちゃん…今どこにいるの?せいちゃんね、一人でお風呂屋さん行くの寂しいよ…。いおちゃん早く帰ってきて」


弟のその問い掛けに何度も涙した。


どうして私は大人じゃないんだろう…

大人なら弟も引き取ることができたのに…



「お母さんは?せいちゃんはちゃんと食べてる?」


「うん。食べてるよ。お母さんはいつも通り起きるといなくて夜中に帰ってくるよ。」


「そっか…ごめんね…いおちゃんがいなくなっちゃったから、せいちゃんいつも寂しいよね…
いおちゃんもうすぐ帰るから。
いい子で待っててね…」




あの人は娘が家出しても、弟のせいちゃんが1人でも、何も変わらないんだ…



「また電話するからね。せいちゃん…もうちょっと待っててね…」



電話を切った私は大きなお腹を抱えながら
「なんっで…!……なんっで…!!何でちゃんと育てないのに私たちを産んだんだ!!」


と、大声で叫び公衆電話の前で泣き崩れた。
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