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混血の美学 ……3

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    現場に、ちらほらと野次馬が集まり始めた頃には、ルミ姉さんとアタシで、駆け付けた制服警官を相手に、一通りの事情を説明していた。もっとも、いずみの救急車へ同乗するつもりだったアタシと連中との間に一悶着あるにはあったけど……。
    並行して付近の聞き込みもされていたが、爽やかとは言え、初夏の盛りの今、おしなべてクーラーを使用中の住民達は、いきおい窓を締め切っており、また金曜日の夜8時半頃という時刻故か、在宅していない住民も多く、驚くには値しないが、皆一様に何も気付かなかったと応えたそうだ。
    その後、所轄署へショバを移して、今度は私服の連中と同様の遣り取りが続き、別の部屋のルミ姉さんはどうか知らないが、アタシの方はもうすっかり苛々させられ、それをダイレクトに態度へ出していたこともあって、ムードはささくれだち、もうほとほと心身共に疲労に包まれてしまった。

    アイ・アム・ア・疲ィ労……。

    そんな最中のこと、確認のため最初からもう一度って流れで、またぞろ質問が繰り返されようというその瞬間、部屋にノックが響き、中座した私服が開いたドアの隙間から、外に立つさっきとは違う制服の男と二言三言遣り取りするのを見守っていると、それこそあれよあれよで、アタシはあっさりと解放されたのだった。
    で、アタシのことを待ち受けていた初老の男に引き渡された。彼は、弁護士で田島と名乗った。まるで、アタシは容疑者みたいだと思った。彼に先導されて階段で所轄の一階へと降りたアタシは、受付の向かいに位置する長椅子に座って、缶コーヒーを飲むルミ姉さんの姿を認めた。アタシ達は、頷き合う仕草で労をねぎらった。ルミ姉さんの傍らには、レジ袋が置かれていた。姉さんは、黙ったままそれを顎で示した。隣へ腰を下ろしたアタシは、レジ袋を漁って缶コーヒーを取り出すと、タブを起こした。アタシ達は、押し黙ったままコーヒーを飲んだ。
     アタシ達から少し離れた所に立つ、例の弁護士は、スマホで誰かと話しながら、時たま擦れ違う署の連中と親しげに会釈したり、されたりしていた。どうやら、なかなかの奴とみた。
    と、その時、階段を下りて、アタシ達に近づいてくる中年の女がいた。アタシらにとって古い顔なじみの、風俗取締課の川崎さんだ。じきに、アタシ達の前で足を停めた彼女は、大仰に苦笑すると、こう口にした。
    「お疲れ……」
    「ったく! アタシとサキは協力者だっつーの」
    「まー、ご苦労様としか言えないわ。こっちも悪気はないんだし」
    「アタシも姉さんも、川崎さんには世話になったと思っているけどさ、一言言ってやっていいかな?」
    が、姉さんが下の句を継いだ。
    「アーメン」
    「おいおい、シュガーかよ! 古いわね、アンタら。で、なんだっつーの、サキ? 時限立法ってことで、許すわ」
    「じゃ、お言葉に甘えて……マッポのクソッタレー!」
    川崎さんは、ニヤニヤして受け流すと、こう切り返した。
    「ヨンキュー」
    久し振りに、川崎特有のそれを聞けたアタシと姉さんは、顔を見合わせると、互いに苦笑してから、たまらずに吹き出した。
    「アンタら、相変わらず態度ワリーよ」
    「だってさ、サキ、ナツイよなー?」
    「ナツイ、ナツ過ぎる!」
    「饅頭屋の宣伝じゃねーか! ところで、アンタら、まだ、あの男とつるんでんだ?」
    アタシ達は、笑いやんだ。
    「誰のことよ、川崎さん?」
    ルミ姉さんが、やや挑発的にレスった。
    「田島ってあの弁護士、吉川のお抱えだっていうじゃない。おとぼけだねぇ」
    「どっちが? 最初っから、その名を口にしてくれりゃ、こっくり頷いてますって、川崎くん」
    「変わんないね、ルミ。リョウは元気?」
    「当然よ、アタシと居るんだから」
    なんだ、この遣り取り、お互い視線がバトってるし……。
    そこへ、そんな状況はお構いなしに、田島弁護士がスマホをしまいながらやって来て、アタシ達へ声を掛けた。
    「来られました。行きましょ」
    さっさと歩き出した田島弁護士の行方を目で追うと、通りには吉川のベンツが停まっていた。そういうことならと、腰を上げたアタシと姉さんへ、川崎が言った。
    「あーあ、楽しかった」
    「ホントだよ……」
    そう吐き捨てた姉さんは、コーヒー缶を川崎へと差し出した。川崎は、黙ってそれを受け取ると、田島を追うルミ姉さんの背は見送らずに、アタシの方へ空いた方の手を差し出した。アタシは、軽く会釈をしてから缶を渡すと、姉さんの後に続いた。
    「あ、サキ?」
    立ち止まったアタシは、川崎さんを振り返った。
     「いずみ、さんだっけ? 彼女なら別段異常はないって」
    そのことはもう、事情を聞かれた刑事から聞かされたし、アタシから訊いてもいたが、そんな素振りはつゆほども見せずに、大人の対応をしてみせた。
    「ヨンキュー」
    「くそったれ!」
    アタシ達は、取り敢えず笑顔を交わし合ってから、別れることに成功したって訳。
    通りへ出ると、もう明け方で、昨晩とうってかわって蒸していた。田島弁護士は、ベンツから少し離れた所で、吉川とヒソヒソ話をしていた。その姿をチラリ見たアタシは、待ち受けていたルミ姉さんと合流して、ベンツの後部席へと乗り込んだ。
    「お帰り」
    運転席からアタシ達へと声を掛けたのは、リョウ兄さんだった。
    「ただいま」
    そう姉さんがレスった直後、助手席のドアが開いて吉川が乗り込んできた。
    「ルミ、もっと早く電話くれれば、もっと早く田島さん行かせたのに」
    「最初の内はマジメに協力してたのよ、その内に面倒臭くなったら、急に吉川さんのお顔が浮かんできたから……」
    「リョウさん、聞いた? 歯が浮きそうだよ」
    「ま、タイミングはジャストでしたよ、社長。あと、数分遅かったらファミレスで注文してたでしょ、俺たち」
    「なによ、それー。花より団子じゃない、それ。怒れ、サキ!」
    「確かに! いずれも、アヤメ、カキツバタなのにさー」
    「いずれが、だろ?」
    そう言って、吹き出し始めた兄さんへ、アタシはこう切り返した。
    「運ちゃん、団子屋やって!」
    姉さんが吹き出して、アタシもそれに加わった。さっと振り返った兄さんが、ウチらへ何か言い掛けたが、吉川がそれを制してこう言った。
    「みんな、腹減って気ィ立ってんだよ。リョウさん、行こう?」
    「そうしますか……」
    そう言って、前へ向き直った兄さんが、イグニッションを回した。静かにエンジンが掛かり、カー・ステレオからはエアロスミスが流れ出した。なんと、‛ホワット・イット・テイクス‚だった。むちゃくちゃ沁みる……。
    姉さんを見ると、シートへ浅く座って車窓を眺めながら、曲に合わせて口ずさんでいた。アタシもズルズル尻を滑らせ、浅く座り直すと、どっと押し寄せた眠気混じりの疲労感を、エアロの気怠いバラードに、剥き出しのまんま晒すことにした……。
                                                                             続く
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