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混血の美学 ……2
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それから、半月程経ったある日の晩、店へ様子を見に来たルミ姉さんに誘われたアタシは、立ち寄ったコンビニで、酒とツマミを購入してから吉川ビルへと向かった。
初夏とはいえ、湿度の低い爽やかな晩ということもあり、ルミ姉さんの発案で野点をしようというのだ。酒でも野点と呼ぶのかは知らないけれど……。
屋上は、そよ風が吹き抜け、そこらへ不規則に立てたローソクの炎が揺れ、更にお誂え向きな月の光が、例え女二人とは言え、ある種ロマンチックなムードを演出していた。
サントラは、『デヴィッド・ボウイ/ジギー・スターダスト』で、この屋上の下の階、4階にあるリョウ兄さんとルミ姉さんの部屋から運んだハート型のポータブル・プレーヤーで、それは適度なヴォリュームでそよ風に乗っていた。今は、A面の3曲目‛月世界の白昼夢‚だ。
低い手摺に凭れたアタシ達は、並んで地べたに座り、二人の前には飲み掛けのビール缶、ハイボール缶、未開封のそれら、また、ポテトチップス、柿の種なんかが詰まったレジ袋もあって、ウチラはその袋を交互に漁っていた。
と、アタシは首を回して裏通りの路上を見下ろした。丁度、ビルの角を曲がった早稲田通りへと繋がる裏道から、ジョギング中のオバサンが現れた。グレーっぽいパーカーを着た彼女は、頭上高くから見下ろしても分かる程の巨パイで、パーカーの胸元はタップンタップンと波打っていた。
じき、彼女を見送ったアタシが視線を戻すと、今度は向かいの住宅街に挟まれた横道から男が現れた所だった。眼鏡にマスクをして、黒っぽい背広に同色のリュックを背負った仕事帰りと思われるその男は、今さっき、ジョギングのオバサンが現れた方、そう、早稲田通りへ繋がる裏通りへと姿を消して行った。
「ねぇ、サキ?」
妙に艶かしい声色に、ある種の予感を抱いて向き直ったアタシは、ルーティーン通りのレスを返した。
「姉さん、なにィ?」
「最近、セックスしたァ?」
ルミ姉さんは、そう言うと、アタシの肩へその頬を載せた。アタシは、姉さんに心地好い重みを感じつつ、こうレスった。
「今週はやってなーい……」
「アタシはさー、夕べしたー……」
そう言った姉さんは、アタシの方へ顔を向けると、こちらの耳へ息を吹き掛けた。
「ふぅーん……」
アタシは、甘えるように呻きながら、ゆるりと顔を向け、すぼめた唇を付き出した。触れたか触れないかの微妙なタッチでもって、姉さんが唇を重ねてきた。アタシの唇は、姉さんの唇の縦皺を感じ取り、そこから生じる淡い何かを官能と翻訳した脳によって、全身の津々浦々まで、甘い痺れで染め上げていった……。
が、その最中、フッと唇を離したアタシ達は、間近から互いを窺うように見詰め合った。プレーヤーから流れるアコギのイントロが、‛スターマン‚の始まりを告げていたが、二人してお気に入りのその曲をスルーしてまで屋上ドアへと向かったアタシ達は、そのまま階段を降り始める頃には、とうとう駆け降り始めていた。
間も無く通りへと走り出たアタシ達は、ビルの角を回り込むと、夜の気配を纏って辺りを見て回ることにした。というのも、さっき戯れの接吻中に、二人して、どこぞで一瞬、女の悲鳴が聞こえたような気がしたからだった。
裏通りの十字路を越え、次のブロックへ入った所で、アタシ達は一旦足を止め、気配を窺ってみることにした。
そう言えば、このブロックのワンルームマンションには、いずみが住んでいたはずだ。 と、ルミ姉さんが、右手前方を指差した。慌ててそちらへ目を細めたアタシは、向こうの電柱に誰かが凭れて座り込んでいるのに気付いた。先に駆け出したルミ姉さんに、アタシは続いた。遅れて到着したアタシが、屈んで抱き寄せた姉さんの腕のなかに認めたのは、果たして……。
「サキ、これ、あれじゃない?」
「いずみ、それ……」
「サキ、代わって!」
アタシは、姉さんと入れ替わると、背後にしゃがんでいずみを支えた。いずみは、白いブラウスにデニムとスニーカーという出で立ちで、足下にはデニム地のトート・バッグが落ちていた。姉さんは、周囲に気を配りながら、取り出したスマホで救急車を呼んでいた。アタシは、姉さんからいずみへ視線を戻すと、その表情を窺ってみたが、それはまた、妙に無表情だった……。
それでも、背後から抱き抱えたいずみの体温は温かかったので、正直ホッとした。
「いずみ、何があったのよ?」
そう、口にしたアタシは、思わずいずみをギュッとバックハグしていた。丁度、組んだ前腕にいずみの下乳が載っかって、その重みがまた愛しかった。実際、アタシといずみの体型はかなり似通っていて、明らかに違うのは乳輪の領土ぐらいで、いずみのそれはかなり広かった……。
そんなことを、前腕に触れたいずみの両胸の質感から思い出していた時、ふとブラウスの腹の辺りに、赤く滲んだ小さな染みみたいなものがあるのに気が付いた……。そこでアタシは、いつものようにタックアウトしているいずみのブラウスの裾をたくしあげてみた。ちょっと、ドキドキ……。男どもの気持ちが少々理解出来た、ってそんな場合じゃないって!
で、街灯の灯りの下では、背後から特に目立った何かを見いだすことは出来なかった。
「サキ……アンタ、発情期な訳?」
顔を上げると、戻っていたルミ姉さんと視線が交じった。
「まー、ちょっとね……。ねぇ、姉さんさ、いずみの臍の右側になんかない?」
言われるまま、しゃがんでくれた姉さんは、アタシの言う辺りへ顔を寄せると、指先で探りながら見入っていたが、その内フッと指先の動きを止めて、こう口にした。
「……微かに、なんか蚊に喰われたみたいな、点がァ」
アタシは、ブラウスを戻して姉さんへ‛それ‚と顎を振ってみせた。察した姉さんが、ブラウスの染みと、彼女言うところの点との位置を照合してくれた。
「サキ、血ィ、みたい……」
「姉さん、だよね……」
その時、裏通りを駆け抜けたそよ風に、薄気味悪い何かを感じたアタシ達の耳に、遠くから近付く、おそらく救急車だろうサイレンが届き始めた……。
続く
初夏とはいえ、湿度の低い爽やかな晩ということもあり、ルミ姉さんの発案で野点をしようというのだ。酒でも野点と呼ぶのかは知らないけれど……。
屋上は、そよ風が吹き抜け、そこらへ不規則に立てたローソクの炎が揺れ、更にお誂え向きな月の光が、例え女二人とは言え、ある種ロマンチックなムードを演出していた。
サントラは、『デヴィッド・ボウイ/ジギー・スターダスト』で、この屋上の下の階、4階にあるリョウ兄さんとルミ姉さんの部屋から運んだハート型のポータブル・プレーヤーで、それは適度なヴォリュームでそよ風に乗っていた。今は、A面の3曲目‛月世界の白昼夢‚だ。
低い手摺に凭れたアタシ達は、並んで地べたに座り、二人の前には飲み掛けのビール缶、ハイボール缶、未開封のそれら、また、ポテトチップス、柿の種なんかが詰まったレジ袋もあって、ウチラはその袋を交互に漁っていた。
と、アタシは首を回して裏通りの路上を見下ろした。丁度、ビルの角を曲がった早稲田通りへと繋がる裏道から、ジョギング中のオバサンが現れた。グレーっぽいパーカーを着た彼女は、頭上高くから見下ろしても分かる程の巨パイで、パーカーの胸元はタップンタップンと波打っていた。
じき、彼女を見送ったアタシが視線を戻すと、今度は向かいの住宅街に挟まれた横道から男が現れた所だった。眼鏡にマスクをして、黒っぽい背広に同色のリュックを背負った仕事帰りと思われるその男は、今さっき、ジョギングのオバサンが現れた方、そう、早稲田通りへ繋がる裏通りへと姿を消して行った。
「ねぇ、サキ?」
妙に艶かしい声色に、ある種の予感を抱いて向き直ったアタシは、ルーティーン通りのレスを返した。
「姉さん、なにィ?」
「最近、セックスしたァ?」
ルミ姉さんは、そう言うと、アタシの肩へその頬を載せた。アタシは、姉さんに心地好い重みを感じつつ、こうレスった。
「今週はやってなーい……」
「アタシはさー、夕べしたー……」
そう言った姉さんは、アタシの方へ顔を向けると、こちらの耳へ息を吹き掛けた。
「ふぅーん……」
アタシは、甘えるように呻きながら、ゆるりと顔を向け、すぼめた唇を付き出した。触れたか触れないかの微妙なタッチでもって、姉さんが唇を重ねてきた。アタシの唇は、姉さんの唇の縦皺を感じ取り、そこから生じる淡い何かを官能と翻訳した脳によって、全身の津々浦々まで、甘い痺れで染め上げていった……。
が、その最中、フッと唇を離したアタシ達は、間近から互いを窺うように見詰め合った。プレーヤーから流れるアコギのイントロが、‛スターマン‚の始まりを告げていたが、二人してお気に入りのその曲をスルーしてまで屋上ドアへと向かったアタシ達は、そのまま階段を降り始める頃には、とうとう駆け降り始めていた。
間も無く通りへと走り出たアタシ達は、ビルの角を回り込むと、夜の気配を纏って辺りを見て回ることにした。というのも、さっき戯れの接吻中に、二人して、どこぞで一瞬、女の悲鳴が聞こえたような気がしたからだった。
裏通りの十字路を越え、次のブロックへ入った所で、アタシ達は一旦足を止め、気配を窺ってみることにした。
そう言えば、このブロックのワンルームマンションには、いずみが住んでいたはずだ。 と、ルミ姉さんが、右手前方を指差した。慌ててそちらへ目を細めたアタシは、向こうの電柱に誰かが凭れて座り込んでいるのに気付いた。先に駆け出したルミ姉さんに、アタシは続いた。遅れて到着したアタシが、屈んで抱き寄せた姉さんの腕のなかに認めたのは、果たして……。
「サキ、これ、あれじゃない?」
「いずみ、それ……」
「サキ、代わって!」
アタシは、姉さんと入れ替わると、背後にしゃがんでいずみを支えた。いずみは、白いブラウスにデニムとスニーカーという出で立ちで、足下にはデニム地のトート・バッグが落ちていた。姉さんは、周囲に気を配りながら、取り出したスマホで救急車を呼んでいた。アタシは、姉さんからいずみへ視線を戻すと、その表情を窺ってみたが、それはまた、妙に無表情だった……。
それでも、背後から抱き抱えたいずみの体温は温かかったので、正直ホッとした。
「いずみ、何があったのよ?」
そう、口にしたアタシは、思わずいずみをギュッとバックハグしていた。丁度、組んだ前腕にいずみの下乳が載っかって、その重みがまた愛しかった。実際、アタシといずみの体型はかなり似通っていて、明らかに違うのは乳輪の領土ぐらいで、いずみのそれはかなり広かった……。
そんなことを、前腕に触れたいずみの両胸の質感から思い出していた時、ふとブラウスの腹の辺りに、赤く滲んだ小さな染みみたいなものがあるのに気が付いた……。そこでアタシは、いつものようにタックアウトしているいずみのブラウスの裾をたくしあげてみた。ちょっと、ドキドキ……。男どもの気持ちが少々理解出来た、ってそんな場合じゃないって!
で、街灯の灯りの下では、背後から特に目立った何かを見いだすことは出来なかった。
「サキ……アンタ、発情期な訳?」
顔を上げると、戻っていたルミ姉さんと視線が交じった。
「まー、ちょっとね……。ねぇ、姉さんさ、いずみの臍の右側になんかない?」
言われるまま、しゃがんでくれた姉さんは、アタシの言う辺りへ顔を寄せると、指先で探りながら見入っていたが、その内フッと指先の動きを止めて、こう口にした。
「……微かに、なんか蚊に喰われたみたいな、点がァ」
アタシは、ブラウスを戻して姉さんへ‛それ‚と顎を振ってみせた。察した姉さんが、ブラウスの染みと、彼女言うところの点との位置を照合してくれた。
「サキ、血ィ、みたい……」
「姉さん、だよね……」
その時、裏通りを駆け抜けたそよ風に、薄気味悪い何かを感じたアタシ達の耳に、遠くから近付く、おそらく救急車だろうサイレンが届き始めた……。
続く
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