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30話 耐えるから、聞かせて

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30話 耐えるから、聞かせて




惇希side



ちゅっ…くっちゅ…っちゅ。


探り合うような、そっと触れるキス。

たくさんの衣装にそっと身を隠すように、潜り込んで、抱き合うように身を潜めて互いの鼓動が聞こえるくらいに密着させる。

柔らかな透弥の唇をはむっと甘噛みすれば、透弥はちゅっと音を立てて唇に吸い付く。

啄むように、何度も唇が離れては、引き寄せられるように重なる優しいキスは、俺たちの次の出番まで続けられた。

衣装ブースがざわつき始めて、もうすぐ次の公演が始まる事を知らせてた。

数名の人が、俺たちに気が付かずに衣装ブースを横切って行くと、透弥は小さな声で
『大丈夫?行ける?』って、心配そうな瞳で問いかけた。

『もちろんっ!』

長いキスは、俺の体力も気力も回復させてくれて、痛みを癒してくれた。

透弥はもう一度、すっと唇を重ねて来て
『よし、行こうっ!』

周囲を気にしながら、衣装ブースに流れて来る人の波に紛れ込んだ。
俺たちはそのまま、何食わぬ顔して、着替えてからステージへ向かった。

ステージの袖でスタンバイしていると、透弥が俺の手をそっと握って

大丈夫って、ぎゅっと握り返してから手を離した。

透弥のキスで回復したはずのカラダも、完全に回復しきっている訳ではない。透弥のキスの効き目が、少しずつ弱くなっている。

キスをしている最中は、苦恋花病だなんて信じられないくらいに、満たされて、苦痛からはかけ離れたところにカラダは癒されていた。

それでも、一度、唇を離せば…その効力は右から下がりに落ちていく。効き目が弱くなっているんじゃない、俺の症状が悪化してるのだ。

だから、透弥のキスの効力が落ちているように感じてしまうけど、本当はそうじゃない。

胸を押さえると、トクントクンと心臓の音が聞こえる。
この心臓が、いつかはあの吐き出した、深い深い青い色した薔薇に、飲み込まれてしまうのだろう

それでも、今は…


もう少しだけ、足掻こうと思う。

俺と透弥の【カンパニュラ】は、誰にも踊らせない。
俺と透弥だけが演じることが出来る【カンパニュラ】
大切に、噛みしめてふたりで踊る。
夢のような時間を透弥と過ごす。
さっきまでのキスの余韻がまだ少し残っているかのように、視線を絡めて、今すぐにでもその唇を重ねたい。

もう、逢えなくなってしまう…君…。

それが、役なのか、現実なのかわからないくらいに、俺たちは【カンパニュラ】の世界に入り込んでいた。

アンコ―ルが終わって、皆が控室に戻って来て、

『今日のカンパニュラ、あれ?なに?アドリブ?なんか、エモかったわ!!』
クルーのひとりが口火を切ると、

『いや、えろかったの間違いじゃね!!』

『なんか、あやしい空気感だったよな?』

『なんか、すげ~、いい雰囲気出てたわ~ダンスもなんかすごかったし。』
口々にそんな事を言い出してて

『やっぱ、長年一緒にやっとるふたりは違うね~』って、大輝が言うと

『僕とだいちゃんだって、あれくらいできるしっ!!』って、雪がみんなに得意げに言った。
『出来んのかよ?まじで?』

俺は、雪のその後の表情が気になったけど、
雪は、俺ににっこり微笑んでた。

ん?

どういう感情?

全く、雪の感情が読めない…。

俺と透弥にヤキモチ妬いているんじゃないの?

上手く大輝と雪が話を逸らしてくれて、俺と透弥の【カンパニュラ】から、話題は逸れていった。

そのまま、打ち上げに行く人や、家に帰る人それぞれに散っていった。

俺は、もちろん…家に帰った。

次の、新潟までは1週間の空きがある。

透弥のキス無しで…一週間耐えられるだろうか…?

家に帰ったその日は、ただひたすら眠っていた。

もう、寝ることくらいしかできなくなっていた。

ホントは、家を片づけておきたかった。けれど、カラダは思うように動いてくれない。
死んでしまうとわかっているんだから、もっといろんなものを処分しておけばよかったと、後悔ばかりが頭の中でぐちゃぐちゃと回っていた。

寝て起きて、食欲もないからゼリー飲料で、エネルギーを補給して…また、横になる。

効きもしない痛み止めを飲んで、痛みに耐えて
一日をやり過ごす。

手の掌を見れば、皮膚は薄く花模様はより一層濃くなっていった。

この痛みにあと数日耐えなければいけない。それなら、死んでしまった方がどれだけ楽だと何度思ったことか…。


それでも、その激痛に耐えたのは、残り4公演を踊りたいから…。

透弥、お前と最後まで一緒に踊りたいから。

その一心でひたすら痛みに耐えた。

胸をチクチクと刺す痛みは、ズキズキに変わって

手の掌の皮膚はより薄くなり、その下の芽が今にも皮膚を突き破り、生えて来そうなことが、ひと目でわかる。

まだ、もう少しだけ手から芽を出すのは待って欲しい…

手のひらをぎゅっと握った、そんなことしても生えてしまう時は生えてしまうのに…

それに抗うみたいに、ぎゅっと手の掌を握って、少しでも芽が生えてきてしまうのを遅らせようと藻掻いた。

何度か透弥から連絡が来て、
『どした?電話なんてしてきて…』

苦痛に耐えながらも、平静を装って話をした

『何してるのかなって思って…。それと、体調は大丈夫?ちゃんと食べてる?』

『はぁ?体調なんてとっくによくなってるし!!もう、切るからな?次は新潟公演だな!またな!』

そうは言ったけど、久しぶりに聞いた透弥の声が優しくて、耳から入って来る周波数が心地よくて…

声を聞いただけなのに、少し手の掌の痛みが引いたような気がした。

もっと、声が聞きたい。

もっと、話していたい。

電話を切らないで欲しい…

電話越しの声じゃなくて…

耳元で…もっと、直接…

その声を、俺に届けて欲しい…

『なんもないなら、切るぞ?』
裏腹に出てくる言葉は、それを許さない。

こんな風になっても、素直になれない俺…

そんな俺に、神様は罰を与えたいのかな…


透弥の声、もっと、聞いていたい。

ホントはもっと、聞いていたい…。
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