上 下
9 / 56

9話 ちょうどいい幸せ

しおりを挟む
 
 テレビ局から手を繋いで帰った。

なかなかいい時間だったし、人目もなくて俺たちは手を繋いだまま帰った。

昔はレッスン帰りによくふたりで帰ってた。


今日は、よく晴れた空気の澄んだ綺麗な夜空だった。
大きな月が俺たちを見ていて、小さな星がいくつか見えていた。


11月の冷たい空気が、ふたりをぴったりとくっつけて、寄り添うように陸橋を歩いている時だった。


『ひーくん…』

いつもの陽向らしくない、少し震えた声だった。


陽向が突然ピタリと止まった。


大きな月を見上げて、大きく息を吸ってゆっくりと吐いていた。

俺の方を見ると…


『月が…月が綺麗だね…』

と、言った。


『ん?』

俺は月を見上げて

『あぁ~そうだな。でっかい月だな』


陽向は唇を噛みしめて、ゆっくりと瞳を閉じた。
そして、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息をひとつ吐いた。
雲がかかったような少し寂しげな表情だった。


そして、また月を見上げていた。


その横顔はなんだか懐かしくて、今まで一緒に月なんて見たこと無かったのに、妙に懐かしい空気だった。


隣の陽向をみて、このままずっとこうしていたいって願った。


こうしているためには…


この繋いだ手から、俺の好きが伝わりませんように…と祈った。


『なんか食べて帰る?』
陽向から、さっきまでの曇った表情が消えていた。

『こんな時間に?』


『いいじゃん!』


『太っても知らないぞ!』


『いっぱいダンスレッスンするから大丈夫!もうツアー始まるし!いっぱい動くっしょ?だから大丈夫!』
陽向が可愛くて、そのまま帰るなんて出来なかった。



一緒にラーメンを食べた。

のっている玉子を俺にくれて、俺はメンマをあげる。
無言のやり取り。一緒にラーメンを食べに行く時はいつだってそうだった。


なんでも知ってるみたいな空気感が心地よい。

そりゃそうか!陽向が10歳の頃からずっと一緒に居るし、下手したら家族よりも一緒に居るわけだもんな…


なんだか嬉しくてにやけてしまった。


『なに?』

陽向がラーメンを箸で持ち上げながら俺を見た。



『ラーメンがうまいから!』
俺は上機嫌だったんだと思う。


『なぁ~ラーメン食べて良かっただろ?』

満足そうに陽向が言った。


『うん!美味い!!』


俺は幸せな気持ちのまま家に帰った。


これくらいでいい。

これくらいでちょうどいい。


触れて欲しいとか、抱いてくれなんて、これ以上の幸せを望んじゃダメなんだ。


俺は手を繋いで、一緒にラーメン食べて。


仲良くしゃべりながら一緒に帰る。


それで、十分に幸せだ!!



だから、この幸せを壊さないように守る!!


そして、ツアーもきっと成功する!!

何よりも、ツアーは陽向と一緒に居られるし、陽向と一緒に歌って踊れる!

最高に幸せな気分だ!!


家に帰って、るんるん気分でツアーの支度をした。
北海道スタートだから、明日は移動のみだ。

そんな風に楽観的に考えていた自分、そんな甘くないとすぐに考え直すことになるなんて、この時の俺には想像もできなかった。












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...