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9話 ちょうどいい幸せ
しおりを挟むテレビ局から手を繋いで帰った。
なかなかいい時間だったし、人目もなくて俺たちは手を繋いだまま帰った。
昔はレッスン帰りによくふたりで帰ってた。
今日は、よく晴れた空気の澄んだ綺麗な夜空だった。
大きな月が俺たちを見ていて、小さな星がいくつか見えていた。
11月の冷たい空気が、ふたりをぴったりとくっつけて、寄り添うように陸橋を歩いている時だった。
『ひーくん…』
いつもの陽向らしくない、少し震えた声だった。
陽向が突然ピタリと止まった。
大きな月を見上げて、大きく息を吸ってゆっくりと吐いていた。
俺の方を見ると…
『月が…月が綺麗だね…』
と、言った。
『ん?』
俺は月を見上げて
『あぁ~そうだな。でっかい月だな』
陽向は唇を噛みしめて、ゆっくりと瞳を閉じた。
そして、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息をひとつ吐いた。
雲がかかったような少し寂しげな表情だった。
そして、また月を見上げていた。
その横顔はなんだか懐かしくて、今まで一緒に月なんて見たこと無かったのに、妙に懐かしい空気だった。
隣の陽向をみて、このままずっとこうしていたいって願った。
こうしているためには…
この繋いだ手から、俺の好きが伝わりませんように…と祈った。
『なんか食べて帰る?』
陽向から、さっきまでの曇った表情が消えていた。
『こんな時間に?』
『いいじゃん!』
『太っても知らないぞ!』
『いっぱいダンスレッスンするから大丈夫!もうツアー始まるし!いっぱい動くっしょ?だから大丈夫!』
陽向が可愛くて、そのまま帰るなんて出来なかった。
一緒にラーメンを食べた。
のっている玉子を俺にくれて、俺はメンマをあげる。
無言のやり取り。一緒にラーメンを食べに行く時はいつだってそうだった。
なんでも知ってるみたいな空気感が心地よい。
そりゃそうか!陽向が10歳の頃からずっと一緒に居るし、下手したら家族よりも一緒に居るわけだもんな…
なんだか嬉しくてにやけてしまった。
『なに?』
陽向がラーメンを箸で持ち上げながら俺を見た。
『ラーメンがうまいから!』
俺は上機嫌だったんだと思う。
『なぁ~ラーメン食べて良かっただろ?』
満足そうに陽向が言った。
『うん!美味い!!』
俺は幸せな気持ちのまま家に帰った。
これくらいでいい。
これくらいでちょうどいい。
触れて欲しいとか、抱いてくれなんて、これ以上の幸せを望んじゃダメなんだ。
俺は手を繋いで、一緒にラーメン食べて。
仲良くしゃべりながら一緒に帰る。
それで、十分に幸せだ!!
だから、この幸せを壊さないように守る!!
そして、ツアーもきっと成功する!!
何よりも、ツアーは陽向と一緒に居られるし、陽向と一緒に歌って踊れる!
最高に幸せな気分だ!!
家に帰って、るんるん気分でツアーの支度をした。
北海道スタートだから、明日は移動のみだ。
そんな風に楽観的に考えていた自分、そんな甘くないとすぐに考え直すことになるなんて、この時の俺には想像もできなかった。
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