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終章
エピローグ
しおりを挟む夜の町の雑音が常に流れている。
人通りは少ないが、もう少しで終電も終わる時間帯というのに、まだまだ活動的な人たちの姿がちらほらと見える。
昔はこの場所が、朝方近くでも昼間と同じくらい賑やかだったというが、この状態しか知らない私には信じられない。
私はいま、三階建ての小さな新しいビルの入り口の前にいる。
両隣にはそれ以上に高い建物に挟まれていて、新しさ以外では負けているようにも思える。
だが、これはこのビルのオーナーである親族の意見によってこのような結果となった。
その決定に関しては、何の不満もない。私は伯母様に助けられ、ここまで面倒を見てくれた。
この世界の常識や、元いた世界にはなかった数々の道具や知識など、私がこの世界で暮らすために必要なことを教えてくれた。
”学校”というところにも通わせてくれて、私はいまこうして生活することに不自由はない。
一つ注意を受けたのは、この世界の人たちは”元素を扱うことができない”ということだった。
伯母様も、その力を家族にも隠しているらしい。私は、その力をなるべく使わないようにしていた。
私の精霊は風なので形が残りにくい、だから使ったとしてもバレたりすることは無かった。
それに、この世界の元素はかなり薄かった。だから、頻繁には使えずに、何かの時のために体内に貯めて使っている。
そんなことを思い出しながら、初めてこの世界に来た時まで記憶は遡っていく。
このビルがあった場所には建物が無く、”立ち入り禁止”と書かれた黄色いテープで囲まれた中に私は居た。
「こ……ここは?」
この季節だけしか取れない”ライナム”の花を、ただ摘みに来ただけだった。
ライナムの花は、王宮内で式典の際によく出されていた食材だった。それは、初代の王妃が好んで食していたことと、そのおかげで精霊使いという存在がこの世界に誕生したきっかけとなったことが理由だった。
とても貴重な存在で、市場で売られているはない。普通は、自分で探して食すか、王宮に出入りしている信頼のおける商人に高額で買い取ってもらうというのが一般的だった。
だから、その場所は誰にも知られたくなかった。
そのため、自分一人でその場所へと向かって行った……しかし、それが裏目に出てしまった
始まりの場所よりもさらに先に向かった森の中、そこはケモノ道さえもなく誰も足を踏み入れたことのない自分だけが知っている場所。
そんな場所で、ウェンディアは大量に咲くライナムの花を摘んでいた。
そして、背負った袋に充分な量を摘んだため、そろそろ帰ろうかと思い始めていた。
――その時
そこで遭遇した二体のアンデットは、一人で対応するには手に余る存在だった。通常ならば、討伐の際は複数人でチームを組み行動しなければならない。
だが、人の気配のないこの場所では、助けを呼ぶこともできない。
その裏で、”この場所を誰にも知られたくはない”という思いもウェンディアの判断を誤らせた。
自分も精霊使いとして自信もあり、次回の王選に参加の打診を受けるほどの実力と判断力もあった。
それでも、その自信がここで大きな過ちとなった。
瘴気が撒き散らされれば枯れてしまう、ライナムの群集地帯をできる限り守りつつ、ウェンディアは魔物と対峙しその場所から移動していく。
アンデットとはいえ、元の個体が強い魔物ではなかったため、行動の制御も自分の思い通りに運んでいった。
(よし、これで何とかあの場所は守ることができた。後は、この魔物をうまく処理すれば……)
ウェンディアは、自分の勝利が目の前に迫り、一気に決着を付けようとした。
二体のうちの一体は既に動くことさえもままならず、もう一体の戦力や機動力を奪ってしまえば後は逃げてしまえばよかった。
しかし、あの場所を知られる可能性を考えれば、処分をしてしまって事後報告した方が全てにおいて安全だと考えた。
連携して攻撃を仕掛けてくるなどの行動を取らない魔物など、もはや警戒心は薄れてしまっていた。
ウェンディアの攻撃は思い通りに進んでいき、二体の魔物の存在はもう脅威ではないと判断した。
「さぁ、消えて頂戴……」
勝利を目前にしたウェンディアの脳裏に、自慢だった叔母の存在が思い浮かんだ。
その自慢の叔母は、このアンデットの魔物に消されてしまったと聞かされている。だからウェンディアは、仇を取るためと討伐に対する経験を積むために、アンデットの討伐メンバーにはいつも名乗りを上げていた。
今までの経験を駆使し、この危険な状況も何とか回避することができた。
(こんな魔物が存在していたために……!)
ウェンディアは複数の風の円盤を浮かび上がらせ、いつものようにその存在を魔素に還そうとした。
「――!?」
突然自分の精霊が、姿を見せてウェンディアの周囲をクルクルと速い速度で回り始めた。
光の球体である精霊は、契約者のウェンディアに語り掛けることは出来ない。行動で示すことでしか、自分の意思を伝えられなかった。
何かを伝えようとしているのはわかっていたが、ウェンディアはその危険性を排除するためにも目の前のアンデットに最後の攻撃を仕掛けた。
それが、この場面で最悪な選択だったことを、ウェンディアは気付くことになる。
攻撃を加えたことにより、圧縮されていた瘴気が爆発を起こした。
今までは、土の精霊使いと組みこういう事態にも対応していた。
だが、今回は完全に勝利を目の前にして、この可能性を見落としてしまっていた。
「しまっ……!?」
ウェンディアに膨張した瘴気が降り注いでいく。
記憶はそこで途切れてしまっていた。
再び意識が戻り、気が付けばこの世界にいた。
今では自動車や電車や飛行機が空を飛んでいても、あの頃驚きの連続だったがそれらには何も感じなくなってしまっていた。
出来上がったばかりの建物の壁に手を置き、私は目を閉じた。
すると街の音と、わずかながらに聞こえる風の声に耳を傾けた。
(あぁ、風はあの世界と何ら変わりはないのね……)
風が頬を撫でていき、肩まで伸ばした髪は風にそよぐ。
「瑞希……」
私はこの世界で与えられた名――今ではその名が自分であることにすぐに反応できる――を呼ばれ、声の掛けられた方向へと身体を向けた。
「……伯母様」
「やっぱりここだったのね、瑞樹。……家に電話しても出なかったから、ここじゃないかって思ったのよ」
「そうでしたか、すみません……」
「ううん、謝るほどのことじゃ無ないわよ?ただ、あなたが心配だったから……無理してるんじゃないかってね」
「無理を……私が?」
「そうよ。あなたの結婚が、本当に正解だったのかってね。そう思ったのよ……ごめんなさいね、明日が式なのに変なことを言っちゃって」
「いいえ、今回の件は伯母様が私のために繋いでいただいたお話ですし……最終的には私が決めたことですから」
「……瑞希」
どうやら伯母様は、私のことがまだ心配のようだ。特に心配することなど、何もないはずなのに……
伯母様は、私がこの世界へ飛ばされた時に最初に出会った人物だった。
しかも、伯母は自分と同じ境遇であり、本当の血が繋がっていたことは、大精霊様の最後の加護を賜ったとしか思えなかった。
同郷でしかも、私が目指していた精霊使いの伯母が生きていた……あの状況で、これ以上の幸運は考えられない。
可能であるならば、伯母を心配していた母親を喜ばせるために二人で、元の世界へと戻りたかった。
だが、私の母よりやや年上だった伯母が、こんなにも歳を重ねているということは、この世界と元いた世界との時間の流れる速度が違う。
私にとっては五年も経っていない時間でも、こちらの世界では数十年の時間が過ぎていったのだと、伯母の状況をみて悟った。
きっと、その間に色々なことを試したりしたのではないかと。その結果として、戻ることは適わずにここに残っていたのだろう。
「大丈夫です。私もこの世界に来て、やっとこちらに馴染んだところですし、あのお方も私のことを大事にしてくださっていますから……ですから安心なさってください」
「……うん、わかってはいるんだけど」
私のお相手の名前はアキラさん――この国の総理大臣の秘書をされているお方。
総理大臣の方も、伯母様のお店によくいらっしゃっていたらしく、今でもお時間があるときにはいらっしゃって頂いていた。
このビルが建つ前の店舗の手配や、これは誰にも言ってはいけないらしいけど、私の国籍までも手配してくれていた。
ある日、うちの店からお帰りの車に乗り込む際に、総理大臣は狙われた。アキラさんはそれを庇おうといたが、襲撃者は銃を持っていた。
私は、風の力でその攻撃を防ぎ、残ったわずかの元素で襲撃者を攻撃する。
周囲の人は、何が起こったか判らない顔をしていたが、アキラさんは私の行動に気が付いていた。
それから、アキラさんは私に何度もお礼に来てくれた際に、あれは私がやったのではないかと聞かれた。
叔母さまは、誰にも話さないようにと念を押して、私のことをアキラさんに説明をした。この内容は、これまで総理大臣の方にもお話していないことらしい。
その話を聞いた直後、アキラさんは私に求婚した。
その答えに窮していた時、伯母様がアキラさんに質問をした。
それは、”私が特別な能力を持つ人間だからか結婚をしたいのか?”と。
その質問に対し、アキラさんはすぐに否定してくれた。
今までずっと私のことを気にかけてくれていたようで、今回のことをきっかけに感謝とずっとこれから先を共にしたいと言ってくれた。
その言葉に、私は嬉しくなりすぐにでも答えを返そうとしたが、それは伯母様に止められた。
その返答は、少し時間をおいて結論を出すことになった。
結局、半年の時間をおいたあと、私はアキラさんの申し出を受けることにした。
伯母様も裏では、アキラさんのことをいろいろと調べていたらしい。しかし、女性の問題がないことや秘密を守れることや、私を”うまく利用する”という考えもないことから、伯母様も承諾してくれた。実際に伯母様も、この世界の男性と結婚をし孫までいる。
だが、その孫は私が来る前に事故にあったという話は、この世界に来てから聞いた話だ。
私は、まだ不安そうな表情をしている伯母の手を取り笑顔を向けて話しかける。
「伯母様……いえ、カメリア様。その名に誓って、私は幸せになります。大精霊の導きの元にこの地へとやってきて、こうして心配していた母の代わりに無事を確認することができて良かったと思います。向こうに伝える手段はございませんが、こうして身内である私が確認できたことが何より喜ばしいことだと思います」
そう言って私はつないでいた手を離し、胸に手を当て片膝を立てて向こうの世界での王へ向ける挨拶の姿勢をする。
カメリアは王選が終わり、王妃となるべき存在だった。だからこそ、私はその王家に対する対応で挨拶をした。
「これからも、どうか……よろしくお願いします」
「水……いいえ、ウェンディア。頭をあげてください」
私は、久々に自分の本当の名前を呼ばれて、ゆっくりと顔をあげた。
そこには、こちらの世界では見せていなかった、向こうの世界の王宮精霊使いの顔がそこにはあった。
「あなたは、私の本当の家族……そして娘です。あなたには孫の二人の分まで幸せになって欲しい……ただそれだけを願っています」
そして、私の頭の上に手をかざすと、初めて見る光の粒が私に降り注いでいった。
「これ……は?」
「これは、私がラファエル様から与えられた聖なる光の力です。あなたのこの世界での未来に、精霊たちから幸運がもたらされるように」
祝福の光が消えると、伯母様は普通の顔に戻る。
「さ、行きましょう。明日は式の準備で朝が早いでしょ?夜風で風邪をひいてしまっては、アキラさんに申し訳ないわ」
「はい」
私はその場を立ち上がり、伯母様の手の温かさを背中に感じながら並んで歩いて行った。
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