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第六章 【二つの世界】
6-285 価値の相違
しおりを挟む目の前にいる、家族を守る役目の狼が突然きえてしまったことに対し、母親と思われる狼は逃げるわけでもなく、威嚇する役割が母親へと切り替わった。
後ろにいる三匹の小さな狼も、母親に倣って威嚇する態度を見せている。
「……あ」
その様子を見たハルナは、この狼たちに対して申し訳ない気持ちと早くこの場から去って欲しいと願った。
『あぁ、分かりました。この狼たちは”家族”という集団で、親の片方を失ってしまったわけですね』
「失ったって……」
またしても感情が含まれない声に、ハルナは苛立ちや怒りにも似た感情が沸き上がってくる。
その後すぐに、ハルナの中では絶対に許されない行為が行われた。
「……っ!?」
『……これでよいのでしょ?』
ハルナの言葉が零れる間もなく、父親を残された狼の家族はハルナの目の前から姿を消した。
一瞬だけ見えた、母親の狼が突然消えた父の代わりに自分が子供を守らなければならないという威嚇と、その後ろで怯えながら母親にすり寄る子供たちの表情が頭の中に焼き付いてしまっていた。
驚愕という感情が瞬間的に心の中の器を満たしていったが、持続的な性質を持たない感情はすぐに散霧していき、自虐という自分ではどうやってもとれない責任の重さがハルナの心をじわじわと痛めつけていく。
『これで、あの生き物たちの心配も消えましたね?さぁ、ハルナ。行きま……』
盾の創造者が言い終わる前に、ハルナは顔を抑えてその場にしゃがみこんでしまった。
ハルナは、自分たちがこの場所に現れてしまったせいで、あの狼の家族の未来の芽を潰してしまったことに申し訳ないという気持ちが涙となって溢れた。
『どうしたのです?ハルナ……』
「”どうした?”ですって!?あなた、自分で何をしたのか判らないのですか!!!!」
心の痛みを声量に載せたハルナの大声は、静かな物音がする森の中に響き渡る。
傍から見れば盾を背負っているだけの女性が、泣きながら誰かに向かって叫んでいるように見えるはずだろう。
しかし、この場には誰もいないため、ハルナの叫び声は後ろに背負った盾に向かっていった。
『……さて?私が一体何をしたというのでしょう?ハルナの過去の状況から推測してみると、その感情は……怒り?悲しみ?いくつかの種類の感情が混ざっているように思えますが?』
自分の怒りを軽く流す盾からの言葉に、ハルナは何とも言えない感情が爆発しそうになるのを必死に抑える。
そして、本当に判っていないのか、自分を馬鹿にしているのかガ判らなかったため、ハルナは知らないことだったのだと推測して盾の創造者に語った。
「どうして、あの狼を消してしまったのですか?あの生き物たちは何もしていないのですよ!?当然こちらに害をなそうとしていたのならば少しはわかりますが、ただ威嚇をしていただけでこちらに危害を加えなかったかもしれないじゃないですか!?」
ハルナは、酷いことをしたことに対して悪い気持ちを持たない盾に他にも言いたいことはあった。
だが、自分がおかしいと思っていることに対してだけ、盾に対して語った。
しかし、それに返された言葉は、ハルナが黙ってしまうほどの驚きの答えだった。
『はて……それがどうしたのですか?この世界の生き物は私が創り出したものばかりです。それを私がどうにかすることに何の問題が?』
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