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第六章 【二つの世界】
6-171 見覚えのある者17
しおりを挟む「……いいだろう。その剣を構えるがいい」
アルベルトの言葉に、男は自分の思いが通じたことにホッとする。
自分からしてみれば、こちらの要求は一方的なもので、それをアルベルトが応じる必要は全くない。
戦場において”卑怯者”と呼ばれるもの達にはできない結果を、このアルベルトは見せてくれた。
しかし、自分はそんなアルベルト程の剣士のことを卑怯者に近いようなことを告げて挑発してしまった。
それでも、”これほどの男の力を見ることができるならば……”と、無理やり自分を納得させていた。
男はゆっくりと剣を両手で構え、アルベルトの動作を見つめる。
これからどのような攻撃が来るのか、期待したものがくるのかは、もしくは期待外れに終わるか。
試行を停止させ、アルベルトからの動きを待つ……アルベルトの全てを見逃さない様にするため。
「……いくぞ」
アルベルトは敵である男に向かって、これから向かうという声を掛ける。
その時点で男は意味が解らなかった、自分に対して攻撃するタイミングを教えあえて不利になる状況をつくるなど、今まで自分が相手をしてきた中でそんな愚か者を見たことがなかった。
しかしその余裕を一瞬にして排除する……この男は自分の最高の攻撃を完全に防ぎきっていたのだから。
「よし……こい!」
男はアルベルトの言葉に対し、自然と返事を返してしまった。
それはまるで、命の安全が保障された訓練をしている時のようなやり取りだった。
アルベルトは相手からの返答を確認し、手にしていた剣の柄を握り直す。
男はそこまでは目で追えていた……だがそこから先は何が起きたのかわからなかった。
アルベルトの姿が揺らいだと同時に、その場から姿を消した。
いや、実際には人間がこの場かラ姿を消すことなどできないことは判っていた。
こういう時が戦場においては危険なことは、今までの経験からも肌で感じている。
「――っ!?」
考えるよりも速く身体が反応し、自分の利き手の反対側に剣を向ける。
それと同時に、剣と剣がぶつかる音が部屋に響き渡る。
この状況を遠くで見ていた者たちは、アルベルトが男に踏み込んで行くのが見えただろう。
アルベルトの目の前に立つこの男だけには、その姿を捉えることができない程の速度で動いていた。
男は、今までの経験から積み上げられた勘で、辛うじてアルベルトの初撃を防いだだけだった。
その手には弾いた衝撃によって、手袋の上からでも痺れが残っているほどの威力だ。
苦し紛れに男は剣を振るい、反撃をしようとする。
しかし、その攻撃範囲にはアルベルトの姿はなかった。
今度は男の利き手側にアルベルトが剣を構えたままの姿を見つけ、男も次の攻撃に備え慌てて体勢を整えた。
次こそはその姿を見失わない様にと、集中力を高めるがアルベルトは先ほどよりも遅い速度でまっすぐに向かってきた。
下に下げた剣先が上に向かって跳ね上がり、剣で受けようとしたが身でかわしその攻撃を避けた。
振り上げた胴体の無防備なところへ、一撃を加えようと剣を繰り出そうとしたが、アルベルトの身体は回転しそのまま男に向かって切りつけてくる。
「ぐっ!?」
重く素早い攻撃が、男に何度も打ち付けられる。
男には返すタイミングもなく、避けて距離を取ることもできなかった。
そして、力尽きた握力で男の手からは握っていた剣が床に転がる結果となった。
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