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第六章 【二つの世界】
6-166 見覚えのある者12
しおりを挟む「……エレーナ、お前は今日から”王宮精霊使い長”となるのだ」
目の前の男は、信じられないような言葉を発した。
近くにいた精霊使い達も、その言葉には驚いた様子が伺えた。
精霊使い達は、自分たちの長の決定を騎士団から命令されていることに怒りを感じる。
騎士団と精霊使いは王宮直下の組織であるが、それぞれは独立性を保っておりどちらかが政治的に干渉することは許されていない。
今回のような作戦の中で、騎士団もしくは精霊使いの有用性を考慮しどちらかが混合部隊の指揮官となることはあった。
だが、それは作戦遂行のためであり、どちらが権力的に優位であるという問題ではなかった。
しかしこの男が用心深いと知っている精霊使いは、この案を自分の保身だけのためにこの条件を持ち出したとは考え辛い。このことは、王宮からの切り札としてこの男に手渡されたものだと悟ったが、それでもあまり自分たちの長を気軽に良い印象はなく、全体の士気にも関わってくる。
「それは……あなたの考えではなさそうだな、隊長」
アルベルトが突きつけていた剣の先を下げ、鞘に納めることはしなかったが狙いから外した。
「くっ!?……そ、そうだ。これはここに来る際に、キャスメル王から切り札の一つとして渡された案だ」
「となるとあのお方は命令ではなく、私たちが”そんな”ごときの提案で、寝返るとでも思われたのか?」
(――!?)
精霊使いは、アルベルトの言葉に驚く。
その提案が自分の立場だとすれば、間違いなくその案を受けていただろう。
地位が入れ替わるのも、正当な理由があればその者の実力が上だったということ。
例えそれが交渉の材料だとしても、自分が王に認められた証拠であると考えていただろう。
しかし、エレーナの夫であるアルベルトは、それを拒否してみせた。
その決意に対し、横で見ていた精霊使いは少しアルベルトに惹かれてしまっていた。視線をエレーナの横に眠る赤子の存在を再確認し、その誤った気持ちを別の浮かんだ事案で頭の中から消し去った。
それと同時に王であるキャスメルに対し、自分たちが持ってはいけない感情をアルベルトだけではなく
エレーナも抱いている様子だと感じた。
(この二人に何があったの!?)
そこから先のことに思考を伸ばそうとした際に、隊長は次の選択肢を選んだ。
「そうか……ならば、お前たちはここで反逆罪として始末させてもらう」
そういって、周りにいる兵と精霊使いに合図を送り攻撃の準備をさせる。
アルベルトの隣にいた精霊使いは、瞬時にその指示に従うことができなかった。
それを見て、男は厳しい目を向ける。
「……何をしている、早く準備をしろ。いくらお前たちでもこれだけの戦力差があれば、どうすることもできまい!しかもその子を助けながら……な?」
「し……しかし!?」
その言葉を投げかけると同時に、隊長は剣を抜きその女性に向けて切りつけた。
――キン
アルベルトはその女性の喉元近くに伸びた攻撃を、自らの剣でその軌道の邪魔をした。
そして、アルベルトは守った女性に対しこう告げる。
「命令には従った方がいい……なに、私たちはこのくらいの戦力なら大したことはない」
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