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第六章 【二つの世界】
6-50 立場
しおりを挟む物見台から放った槍は、放物線を描かず直線で獲物に向かって進んでいく。
目標物に対して距離が開いているが、それでも真っすぐに狙ったのはオギブスの腕によるもので隊長まで昇ることができた実力がそのことを表している。
しかし目標となるエルフは、自分に迫ってくる危険に対して何の回避行動を見せない。
「――ちっ!?」
オギブスは、この展開に面白くない表情を浮かべる。
恐怖の声で泣き叫びながら、獲物が逃げ惑う姿が好きだった。
人間のことを見下していた亜人が、人間に怯える姿に興奮した。
悔しさに顔をゆがませながら、玩具にされている屈辱感の表情を上から眺めるのが愉しかった。
死ぬことに対して何も感じず諦めた姿など、オギブスにとっては何の楽しみも感じられない。
このまま自分が放った槍がエルフの胸に突き刺さり、その服が赤く染まって行く未来に何も得られるものはないと、この先の展開を諦めていた。
――パシッ
「……むぅっ!?」
オギブスは自分が想像をしていた未来が訪れないことに対して、その表情には更に不快な感情が増していく。
その隣に現れたフードを被った者が、その槍を掴んでエルフに突き刺さることを阻止していた。
距離としては百メートル弱、時間にして数秒の間の出来事。
そのわずかな時間に反応し、対応して見せた相手にオギブスは目を凝らす。
周囲の警備兵は、ドイルの命令を無視して勝手に行動をしたオギブスを捕えようと数名で両脇を抱えようとした。
オギブスはその手を簡単に振りほどき数歩前に場所を移動して、自分の投げた槍を掴んだ存在に再び目を向けた。
上から見下ろしているため、フードの下の顔や人間か亜人なのかもわからない。
見えないところをよく見ようと、オギブスは目を細めてその正体を何とか探ろうとする。
だがその正体は、向こうから晒してくれた。
掴んだ槍を地面に置いて自身の身体に立てかけて、空いた両手でフードの縁を掴み上に持ち上げる。
「す……ステイビル王子!?」
オギブスは、フードの下から現れた顔を見てその名を口にした。
驚きはしたが、すぐに平常を取り戻した。
オギブスとドイルは物見台から降りて、姿を見せたステイビルに近付いていく。
ステイビルもそれに応じて、前に進み最前列で構える警備兵たちの前に立った。
二人は、その間を割ってステイビルの前に姿を見せた。
「これはこれはステイビル王子……いや、今はステイビル様とお呼びした方がよろしいですかな?」
「構わん、好きに呼べばいい。いま私は、一般市民と同じなのだからな……”様”さえも不要だぞ、オブギス」
「おぉ、わたくし如きの名を覚えていただき光栄でございます」
「無意味な挨拶はいい……なぜお前は無抵抗のエルフに対し、この槍を放った?その理由を聞かせていただけないか?」
そう告げてステイビルは、ナルメルに襲い掛かった槍を投げた本人の前に突き出した。
「まさか、勝手に飛んでいったなどとは……言わぬだろうな?」
オブギスは突き出された槍を、大切な物を授かるかのように頭を下げて両手で受け取った。
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