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第五章 【魔神】
5-16 キャスメルの憂鬱6
しおりを挟むキャスメルとクリエ以外の者は、その返答にじっと耳を傾ける。
クリエからの問いに、キャスメルはすぐに返答をしようとしたが言葉に詰まってしまう。
できれば信用はして欲しい……だが、本当に信用してもらってもいいものだろうかという自分自身に疑問を抱いている。
その思いが引っ掛かり、すぐに返答できないでいた。
返答までに時間が掛かれば、何かよからぬことを考えていると思われても仕方がない。
しかし、ここまでの状況で不誠実に答える方が今後このメンバーでこのまま旅を続けることになった場合に不味いことになるだろう。
だからこそキャスメルは、今ここで答えることのできる気持ちを正直に口にした。
「信用……して、欲しい。本当に……そう思っている」
「良かった……王子に嫌われたわけでは……ないの……ですね」
その答えを聞いたクリエは気持ちが落ち着いたせいか、我慢していた感情が溢れ涙となって零れ落ちる。
そんなクリエをルーシーは抱き寄せて、胸の中で慰めた。
クリエはその優しさに抵抗することなく、存分に甘えさせてもらうことにした。
ひとしきり泣き、気持ちが落ち着いた頃、クリエは身体を起しルーシーからお礼を言って離れる。
クリエに確認しても、”もう大丈夫”と微笑んで答えてくれた。
ルーシー先程よりは落ち着いた感情で、再びキャスメルに向き合う。
「キャスメル王子、先ほどは失礼しました……王子に対し失礼な態度をとり誠に申し訳ございませんででした」
そう告げると椅子から立ち上がり、片膝を付き反対側の手の拳は地面につけ頭を下げてお詫びの姿勢をとる。
「いや、いいんです。ルーシー……さん、頭を上げてください」
その言葉を聞いても、ルーシーは頭を上げることはなかった。
そこでさらに、キャスメルは言葉を繋げていく。
「きっと、私が悪いんです。……いや、私が悪いんですよ。絶対に」
キャスメルは王子らしからぬ態度になり、椅子にもたれかかり天井を見上げてつぶやいた。
ルーシーは今までにない態度を見せるキャスメルに驚いて、下げていた頭をゆっくりと上げてその姿を見る。
いつまでも変わらない状況に、またしてもルーシーが言葉を掛ける。
「王子……もしよろしければ、先ほどエルフ様がなされたご質問の答え……いまお聞かせいただけないでしょうか?」
キャスメルはその言葉に対して、姿勢を正し再び仲間と向き合う。
ルーシーも椅子に座り直し、傾聴する体勢を整えた。
「正直に言おう……そこまで王選に対して何の目標も……持っていなかった。ただ、与えられた使命をこなせればいい……そう思っていた。」
軽蔑されることを恐れ、先ほどの場面では口にすることができなかった。
今この場には、長いようで短い期間であるが共に旅をしてきた者たちしかいない。
王子として、みっともない場面も見せてしまった。
今まで一人で抱えてきた孤独と劣等感を、外に出すにはちょうど良いとキャスメル情けない自分を笑ってもらおうと考えた。
そして、ゆっくりと口を開いて、同じ双子という立場でありながら兄と弟という差を付けられたこと。
優秀な兄に対する劣等感を持ちつつも、越えられない壁に年を重ねるごとに押しつぶされそうになる恐怖。
そして、何も変得ることが出来ずに王選が始まってしまったこと。
自分のことを他人のせいにしてしまいそうになった愚かな考えを持ってしまったことも併せてここでクリエたちに詫びた。
キャスメルは全てを口にした後、手を組んでその上に額をつけ祈るような姿勢になる。
「私は……これから……どうすればいい?……教えてくれないか……だれか」
その言葉で、さらにこの場の空気が重く感じた。
この中で一体誰が、王子の問いに応えられるというのか。
今までも意見を聞かれたことがあったが、今後の方針や危険な状況の対応、これから向かうための行先について聞かれたことはある。
この王子からの問い掛けは、今までとは全く重みの違う質問だった。
「王子……わたし……私は、どんな時でも貴方を支えてみせます。決してどんなことがあったとしても……王子を裏切ることはしません、絶対に。ですから、王子は王子が思う通りに進んでいかれてはいかがでしょうか?途中で迷ったのならば一緒に考えましょう、どこに向かうべきかを。途中で敵が現れたのなら一緒に立ち向かいましょう、皆の力を借りながら。私たちは仲間です……ですから……ごめんなさい……何が言いたいんだろ……私……」
キャスメルは、いまにも泣き出しそうなクリエの傍に行き小さな肩を抱きしめた。
「ありがとう……クリエ……やりたいことが見つかったよ……君のおかげで」
キャスメルのその言葉に、ルーシーが反応してみせる。
「それでは、王子。今のお考えをお聞かせいただいてもよろしいですか?」
クリエをまだ胸の中に抱いたまま、キャスメルはルーシーの言葉に力を込めて答えた。
「私は、この旅を最後まで終わらせたい……みんなと一緒に!」
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