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第四章  【ソイランド】

4-131 ベルの過去

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「私はね、あなたの本当の言葉が聞きたいのよ……メイ」



メイは、パインが何を言っているのかわからないという顔をしている。その表情を読み取りパインは今までのことを含めて心の中にあった気持ちを語って聞かせた。



「あなたはここに来るまでに辛いことがあったことは知っているわ。悪かったと思っているけど、初めはあなたのことを助けるつもりであなたをこの家に呼んだわ。もしかしたら、私の自己満足を満たす行為だっただけなんじゃないかって今でも時々思うことはあるの。だけど今となっては、それ以上にあなたの存在は私の中で大きいの。グラムがいなくなったとき、べラルドに悪事を持ち掛けられたとき、そしてメリルがさらわれてた時も……あなたが傍にいてくれて、どんなに心強かったことかあなたは判っていなかったかもしれないわね?」


パインは席を立ちあがり、感謝の気持ちを込めてメイの前に進んでいく。
パインはメイの左手を両手でやさしく包み、メイの胸の高さまで持ち上げる。



「ありがとう……メイ。できればこれからも傍にいて、私たちを支えて欲しいのよ」


「パイン……様……そんな、私こそ……あの時……ルクーを失ったあの時、絶望の中から救って面倒を見てくださったのはあなた様です、パイン様…私に詫びることは何一つございません。そして、これからもお傍にお仕えさせていただけないでしょうか」


「嬉しいわ……メイ。あなたがそんな風に私のことを思っていていてくれてたなんて……例えそれが嘘でも……ううん。そんな風に考えること自体、大精霊様から見放されてしまうわね」


そういって、パインは泣きそうになるメイに微笑んでみせた。


「……でもね……だからこそ、私はあなたの言葉を聞きたいの。今までは、私の頼んだことを全てこなしてくれていたわね。そこにはあなたの心遣いや知性を、いろんな場面で見せてもらったわ。もちろん今でも夜遅くまで、勉強をしていることも知っているの。あなたはあの薄暗い場所で育ってきたことに、いまでも後ろめたさを感じているのよね。だけど、あなたのやってきたことを見ると、そういうのはもう考えなくてもいい程よ。もし、そんなこと言う人がいたら、私の前に連れてきなさい……いや、あなたならそんなことを言う人物には負けることはないでしょうね……あっ、ごめんなさい。話がそれてしまったわね」

自分をこんなにも評価をして、こんなにも見てくれていたことにメイは我慢が出来ずに涙が流れ落ちる。
パインは握っていた片手を一つ解き、メイの涙を人差し指で拭う。



「もう、私に気を使いすぎなくていいわ。何か言いたいことがあれば遠慮なくいってほしいのよ。それで私があなたをどうこうすることもないわ……だから、まずあなたは、どうしていきたいのか私に教えて欲しいの……どうかしら、メイ?」



こんなにも感情を隠すことなく、表に出してしまっていることにメイ自信が驚く。
ルクーと別れてしまったあれ以降、何があっても感情を表に出すことはなかった。
しかし今、こんなにも感情が溢れ出て止まらない、それは悲しみではなく喜びの感情。




気付いた時から親に捨てられ、暗い場所の住人として過ごした。
身体を弄ばれながら、人としての生きる意味に疑問を抱き、”死”も選択肢に入っていた。
幸いにして、ベルには守るべき存在を見つけた……まだ幼いクリミオたちだった。
仕事も満足にこなせないクリミオたちは、満足に物を食べさせてもらうことすらできなかった。
自分には母親も兄弟もいないが、家族がいればこんな気持ちになったのかもしれない。
そこからベルは、クリミオたちにできる限りの支援を始め、支援を重ねるごとにクリミオたちはベルを頼るようになる。
ベルはそれが苦痛ではない、初めて家族のような繋がりを持つ者に出会えた気がした。

しかしそれも、長くは続かない。
ベルは、その身を売られソイランドの町の中に連れていかれた。
名前も過去を消すように、メイと名付けられ簡単な礼儀作法などを町の中で仕込まれた。

そしてメイと名をかえられたベルは、自分が買われた男の息子の相手となる候補の一人だと知った。
その相手の名前は”ベルラド”、ソイランドの警備兵のトップに立つ男になるという。
そのお相手に選ばれれば、高い地位も夢ではなかった。



だが、自分はそのレースから外されてしまった。
そしてべラルドから、ある男の世話をするように申しつけられた。
その男がルクーだった。
そこから、メイはルクーと生活を共にする。

ルクーはメイにいろんなことを教えてくれた。
計算などは、最低限のことができないと金銭のやり取りをする際に誤魔化されてしまうためできるようになっていたが、それ以上のことをルクーは教えてくれた。
そして何よりも、メイを大切にしてくれていた。
自分は穢れた身であると何度もメイは口にしたが、ルクーは全く気にしせずメイを優しく愛した。

そして、メイの気持ちも次第にルクーにもたれ掛かるようになった。


幸せはある日突然、終わりを迎える。
家でルクーを待つメイに、魔物襲撃の連絡が入った。







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