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第四章  【ソイランド】

4-119 ソフィーネ7

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家の前で水と研ぎ石を目の前に、ソフィーネは自分の持つ刃物を丹念に研ぐ。
良い切れ味を出すためには、根気よく何度も繰り返し自分の手や投げた時に滑らかに切れないとその効果も少なくなる。
そのためには、深く集中をし刃に当てた指先から砥石を滑らすときに伝わる感覚と力加減を制御する必要がある。


(――ちっ!?)


重要なことろで、集中力が途切れ思う通りの研ぎができない。
そのため、また初めから研ぎなおす必要がある。
ソフィーネの研ぎは切れ味を追求するため、どこか一点でも刃の通りが悪いと相手に与えるダメージに影響するためだった。


それにソフィーネが刃物を研ぐときには、自分の気持ちを落ち着かせたいという意味もある。
だが、今回は集中力を保つことができない。

ソフィーネの父親がチラチラと家の中からソフィーネのことを覗いていた。
ここ数日、話しかけるとソフィーネから冷たい視線と言葉を浴びせられてしまうため、距離をとってアピールをしてきた。




王国から手紙を受け取ってから三日が過ぎた。
その夜、ソフィーネは王国から手紙を両親宛てに手紙を預かっていることを告げる。
父親も母親も文字の読み書きができない、そのためソフィーネがその手紙の内容を読んで聞かせた。

その内容は招集令状とほぼ同じだが、ソフィーネをここまで育てた両親に対する謝辞の言葉が記されていた。
ただ、ソフィーネ宛の手紙に入っていた金品は入っていない。
この手紙を受け取ってから二週間以内に王国に来た場合は、謝礼を支払うという記載があった。

ここから王都まで、歩いていくと一週間以上の道程となる。
そろそろ、家を出ないと記述までの二週間に間に合わない。



父親は、この召集に賛成だった。
ソフィーネが王国の人材として働けば、買い手が付き辛い娘でも高額な契約金が期待できる。
謝礼の金額は書かれていなかったが、噂では王国で勤める者は変な気が起こらない程の安定した給金が毎月支払われるという。

父親の頭の中には、今までにない良い暮らしができる……うまく行けば王都での暮らしもできるのではないかと期待していた。


母親の方は、この話に反対した。
最後に残った娘が、この村を……自分の元を離れてしまうのは耐えられないという。

この話を聞き、ソフィーネは今までの行動は父親だけのことだと気付いた。
しかし、気付いたとしても今はもうどうしようもない。

連れされられた二人の家族が、いまも無事であるとは考えにくい。
初めて母親らしい言葉を聞き、ソフィーネの心に波が立つ。
心配そうにソフィーネを見つめる目に、”問題ない”とだけ母親に言葉を返し安心させた。



だが、ソフィーネの心は決まっており、変えることは決してあり得なかった。



ソフィーネは父親の意見に抵抗し、父親は怒りを態度で示す。
テーブルの上を、両手で叩き付けるとテーブルの上に置かれていた茶が倒れる。
しかしソフィーネには、その脅しは無駄だった。
ソフィーネが小さい頃には、父親の暴力に受けて従わされていた。
四年程前からは、ソフィーネの方が父親よりも力に従わせることになった。
父親はほとんど仕事をしていないが、夜に外出し今まで持っていなかった金や品物をもって返ってきていた。
時々、村の中に子供が生まれているが、父親のいない家にも生まれていた。


そんな父親に、成長期にあるソフィーネが体力で勝るのはあっという間だった。


ソフィーネは机を叩いた父親の顔を、感情が映らない目で見る。
すると、父親は口をパクパクとさせて、言いたいことも言えずに黙ってしまった。

次の日からソフィーネは遠くから父親の視線にさらされるようになった……無言で何かを訴えかけるように。




ソフィーネは桶中に組んでいた水を片手ですくい、それをナイフにかけて汚れを流す。
目の前の高さに上げ、研ぎ終えた刃の出来を確かめる。
研ぎあげたナイフの今一つの出来に苛立ち、持つ手を横に振るった。


――カツ

「ヒィ!?」



投げたナイフは、覗き込んでいた父親のすぐそばの窓の枠に刺さった。


それによってようやく、気味の悪い視線から逃れることができた。
ソフィーネはその場から人物の気配が消えたことを確認し、ゆっくりと腰を上げて投げたナイフを回収に行く。


ソフィーネは”そろそろ準備を始めないと……”、そう考えながら刃物を研ぐ道具を片付けた。


そこから数日後……

いよいよ今夜、ソフィーネは村を出ることにした。
既に、王国からの手紙に記されていた謝礼金の期間には間に合わない。
だが、ソフィーネの手紙にはそれでも謝礼金が支払われることになっている。
親に渡したい場合はその期間内に、そうでない場合はソフィーネに渡すためそれ以降に来てくれればよいと隠れた場所に書かれていた。

この仕掛けも、ソフィーネの実力を試されたうちの一つだったのだろう。


ソフィーネを頼りにしていた小さな子供たちに支度金を分けた硬貨を渡し、大事に使うように伝える。
そして、いなくなっても元気でいるようにと……一人ずつ抱きしめて別れを告げた。
別れる際に悲しんで泣くものはいたが、誰一人ソフィーネを引き留める子はいなかった。

ソフィーネがこんな村で終わらない人物だと子供たちは知っていた。
今までのソフィーネの教えを守り、生きていくことを約束し別れを告げた。




そしてその夜、ソフィーネは誰にも知られることがなく村を後にした。










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