573 / 1,278
第四章 【ソイランド】
4-119 ソフィーネ7
しおりを挟む家の前で水と研ぎ石を目の前に、ソフィーネは自分の持つ刃物を丹念に研ぐ。
良い切れ味を出すためには、根気よく何度も繰り返し自分の手や投げた時に滑らかに切れないとその効果も少なくなる。
そのためには、深く集中をし刃に当てた指先から砥石を滑らすときに伝わる感覚と力加減を制御する必要がある。
(――ちっ!?)
重要なことろで、集中力が途切れ思う通りの研ぎができない。
そのため、また初めから研ぎなおす必要がある。
ソフィーネの研ぎは切れ味を追求するため、どこか一点でも刃の通りが悪いと相手に与えるダメージに影響するためだった。
それにソフィーネが刃物を研ぐときには、自分の気持ちを落ち着かせたいという意味もある。
だが、今回は集中力を保つことができない。
ソフィーネの父親がチラチラと家の中からソフィーネのことを覗いていた。
ここ数日、話しかけるとソフィーネから冷たい視線と言葉を浴びせられてしまうため、距離をとってアピールをしてきた。
王国から手紙を受け取ってから三日が過ぎた。
その夜、ソフィーネは王国から手紙を両親宛てに手紙を預かっていることを告げる。
父親も母親も文字の読み書きができない、そのためソフィーネがその手紙の内容を読んで聞かせた。
その内容は招集令状とほぼ同じだが、ソフィーネをここまで育てた両親に対する謝辞の言葉が記されていた。
ただ、ソフィーネ宛の手紙に入っていた金品は入っていない。
この手紙を受け取ってから二週間以内に王国に来た場合は、謝礼を支払うという記載があった。
ここから王都まで、歩いていくと一週間以上の道程となる。
そろそろ、家を出ないと記述までの二週間に間に合わない。
父親は、この召集に賛成だった。
ソフィーネが王国の人材として働けば、買い手が付き辛い娘でも高額な契約金が期待できる。
謝礼の金額は書かれていなかったが、噂では王国で勤める者は変な気が起こらない程の安定した給金が毎月支払われるという。
父親の頭の中には、今までにない良い暮らしができる……うまく行けば王都での暮らしもできるのではないかと期待していた。
母親の方は、この話に反対した。
最後に残った娘が、この村を……自分の元を離れてしまうのは耐えられないという。
この話を聞き、ソフィーネは今までの行動は父親だけのことだと気付いた。
しかし、気付いたとしても今はもうどうしようもない。
連れされられた二人の家族が、いまも無事であるとは考えにくい。
初めて母親らしい言葉を聞き、ソフィーネの心に波が立つ。
心配そうにソフィーネを見つめる目に、”問題ない”とだけ母親に言葉を返し安心させた。
だが、ソフィーネの心は決まっており、変えることは決してあり得なかった。
ソフィーネは父親の意見に抵抗し、父親は怒りを態度で示す。
テーブルの上を、両手で叩き付けるとテーブルの上に置かれていた茶が倒れる。
しかしソフィーネには、その脅しは無駄だった。
ソフィーネが小さい頃には、父親の暴力に受けて従わされていた。
四年程前からは、ソフィーネの方が父親よりも力に従わせることになった。
父親はほとんど仕事をしていないが、夜に外出し今まで持っていなかった金や品物をもって返ってきていた。
時々、村の中に子供が生まれているが、父親のいない家にも生まれていた。
そんな父親に、成長期にあるソフィーネが体力で勝るのはあっという間だった。
ソフィーネは机を叩いた父親の顔を、感情が映らない目で見る。
すると、父親は口をパクパクとさせて、言いたいことも言えずに黙ってしまった。
次の日からソフィーネは遠くから父親の視線にさらされるようになった……無言で何かを訴えかけるように。
ソフィーネは桶中に組んでいた水を片手ですくい、それをナイフにかけて汚れを流す。
目の前の高さに上げ、研ぎ終えた刃の出来を確かめる。
研ぎあげたナイフの今一つの出来に苛立ち、持つ手を横に振るった。
――カツ
「ヒィ!?」
投げたナイフは、覗き込んでいた父親のすぐそばの窓の枠に刺さった。
それによってようやく、気味の悪い視線から逃れることができた。
ソフィーネはその場から人物の気配が消えたことを確認し、ゆっくりと腰を上げて投げたナイフを回収に行く。
ソフィーネは”そろそろ準備を始めないと……”、そう考えながら刃物を研ぐ道具を片付けた。
そこから数日後……
いよいよ今夜、ソフィーネは村を出ることにした。
既に、王国からの手紙に記されていた謝礼金の期間には間に合わない。
だが、ソフィーネの手紙にはそれでも謝礼金が支払われることになっている。
親に渡したい場合はその期間内に、そうでない場合はソフィーネに渡すためそれ以降に来てくれればよいと隠れた場所に書かれていた。
この仕掛けも、ソフィーネの実力を試されたうちの一つだったのだろう。
ソフィーネを頼りにしていた小さな子供たちに支度金を分けた硬貨を渡し、大事に使うように伝える。
そして、いなくなっても元気でいるようにと……一人ずつ抱きしめて別れを告げた。
別れる際に悲しんで泣くものはいたが、誰一人ソフィーネを引き留める子はいなかった。
ソフィーネがこんな村で終わらない人物だと子供たちは知っていた。
今までのソフィーネの教えを守り、生きていくことを約束し別れを告げた。
そしてその夜、ソフィーネは誰にも知られることがなく村を後にした。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる