531 / 1,278
第四章 【ソイランド】
4-77 指令本部での攻防6
しおりを挟むクリミオが親指で弾いた硬貨は回転しながら高い音を響き渡らせ、放物線の頂点に達し下降を始める。
観衆はその硬貨の軌道に目を奪われているが、対峙する二人はお互いから視線は外さない。
耳だけを済まし、落下するコインが床に跳ね返る音だけを待つ。
いよいよその時は来る……レイピアを構える男の視界の端にクルクルと回り落下する効果が通り過ぎるのが見えた。
男は剣の柄を握る手に力を込める。
しかし、不思議なのは相手はまるで構えをとっていなかった。
(舐めてんのか?……クソが!ヒィヒィ言わせてやる!!)
落下に関係のない回転を見せる硬貨はm床に吸い込まれるように落ちていき、目的の場所まであとわずかに迫っていた。
――ドン!!
硬貨が床に着く直前に、誰かがハンマーを投げ床に落とした。
その音により、硬貨が床に着く音がかき消されてしまう。
男はその音に隠れ、硬貨が床に着く前に相手に向かって飛び出した。
ほんの一秒にも満たない差ではあるが、普通の人から見ればその差が勝敗に影響する範囲ではないと考えるだろう。
しかし、この男の速さであればそのわずかな差で剣先が獲物に届いてしまう。
男のレイピアの先は、兜の額部分に向かって真っすぐ伸びてくる。
(もらった!……その兜を弾き飛ばして顔を拝ませてもらう!!)
きっとハンマーの音は誰か、向こうの仲間がやったことだろう。
しかし、その音に怯えることはない。こういうことがあるのは予測済みだった
むしろルールを守るなら、まだ立ち直る見込みがある。平気で破る者でなければ、いま目の前に対峙してはいない。
それに絶対と言っていいほど、相手の剣先は自分に届くことはない。
――ギン!
男の剣は相手の二歩分先の距離で突進が止められた、そこには透明な板が全身を守っていた。
「……!?」
男は何度か、確認するように透明の板に向かってレイピアを突き刺す。
だが、硬い物に弾かれる音がするだけで、その先には剣が通ることはなかった。
「な……なんだこりゃ!?」
繰り返し突き刺す剣先から、阻んでいる物の欠片が額に飛んできた。
一瞬、冷たいものを感じたが、それは別の物質に変化した。
「こ……これは?まさか・・・!?」
額に着いた水滴を拭うと、その招待に気付いた。
「精霊使い……おまえ、水の精霊使いか!!」
「おまえってあなたねぇ……ちゃんと名前がある……いや、やっぱりいいわ。アンタたちに知ってもらう必要は全く感じないからね」
そう言って、掌を男の方に向けると壁はその姿を消す。
「もういいでしょ?こんなこと早く終わらせたいのよ……」
「……ぐぁ!?」
掌からはマシンガンのような無数の氷の礫が、男の身体に痛みを重ねていく。
腕を顔の前で組んでガードをするが、それ以外の場所には氷の弾丸によってダメージを受けている。
「……?」
その攻撃が突然止まる、今まで攻撃を受けたところはジンジンとした重い痛みが続いているが損傷して動かないというわけではなさそうだ。
ゆっくりと重ねた腕を解き、相手の顔を見る。
掌はまだ、こちらに向けられていたが攻撃は止まっていた。
「……どう?そろそろ降参したくなってきたんじゃない?私はアンタたちと違って、虐めたりするのは好きじゃないからこの辺りで降参したら?」
男は分かっていた……その言葉が挑発の意味を持つことを、そして自分の実力では目の前にいる精霊使いに及ばないことも。
しかし、男はその言葉に応じなければならないと感じていた。
ここで引いてしまってはこの女に勝ったとしても、今まで自分が築き上げてきた地位が危ぶまれることになると判断した。
クリミオや自分の地位を狙う者たちの目が及んでいるこの決闘で、引いてしまうことになれば今までの立場や信頼が失われることになる。
命とこれから先の自分の人生を天秤にかけるが、男はこの集団の中でこれからも生きていくに方法を知らない。
そう決断すると、男は手にしたレイピアを握り直し身体に力を込めて床を蹴り向かっていく。
が、その行動が適うことはできなかった。
男の足は氷によって固められ、自由に動くことを許されなかった。
そのまま男は、前に倒れ込み掴んでいたレイピアを手放した。
エレーナは落ちたレイピアを蹴り、手の届かない位置まで移動させる。
「これで分かったでしょ?あなたは私には敵わないの……もうこの勝負もお終いね」
男は唇を噛み締め、今の状況をなんとかしようと思考を巡らす。
どんな汚い手を使ったとしても、この状況をひっくり返す手立てを……
だが、自分にはどうにもできない程の力の差を見せつけられ、心は既に折れていた。
戦うことに関しては、そんなに頭が良くないとは思っていなかった。
まともな組織ではないが、クリミオの傍に仕えることが出来るくらいまで剣の実力と知恵と経験はあるつもりでいた。
それ以上の未知の力を見せつけられた今、これ以上自分の身体を傷つけないでこの話を終わらせる方法は思いつかなかった。
男は誰かに行って欲しかった……『もう、お前の負けだ』と。
しかし、男の耳に聞こえた声はその希望に背く言葉だった。
「な……何をしている!!立て!!……お前ら、全員であいつを殺せ!!」
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる