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第四章  【ソイランド】

4-12 騒動の後

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「――ハルナさん、エレーナさん。お久しぶりです!」

その声は、モイスティアに滞在していた時によく利用していた食事処の聞き覚えのある声だった。


「――あっ!あなたはパン食べ放題の美味しいお店の!!」


ハルナは顔に見覚えがある男性だったが店の名前が思い出せず、本人の名前を知らなかったため抽象的な言葉でその場を濁した。
だがその男性は、そんな言葉でも情報が外れていなかったためか、満足げに頭にかぶっていた調理用の頭巾を取って深々とお辞儀をする。


「そうなんです、この方はあの”精霊と自然の恵み亭”をご夫婦で営まれていた”ブロード”さんなんですよ」


その後ろから、アイリスがワゴンに乗せて次の料理を運び、この料理を手掛けたブロードのことを紹介した。
ハルナとエレーナは、初めて聞いたこの人物の名前を今ここでしっかりと記憶に留めておくことにした。



「で、でも……ブロードさん……どうしてここに?もしかして……」


あの当時出来事を思い出しながらエレーナは、美味しくて繁盛していた店の人物がいまどうしてこの場に居るのかが不思議だった。
だがしかし、一つ思い当たることがあった……ブロードの妻”フライヤ”の件だった。

そして、エレーナのその予感は当たっていた。


ヴェスティーユがもたらした被害については、警備兵の詰め所やスプレイズの屋敷には損害があった。
店や町には大した被害はなかったが、フライヤが怪しい集団に属していたことが町の中で噂が広がり、最終的には店を閉じなければならない事態となっていた。




当時フライヤはまだ、完全に回復した状態ではなかった。
店の中はブロードが一人でこなし、その裏でフライヤの看病も行っていた。


初めは忙しく、身体を壊すと思っていたが状況は変化していく。
客の数が徐々に減っていき、いつも利用してくれていた常連客も顔を見せなくなった。
最後の常連客が、この店に対して流れている悪い噂のことを話をしてくれた。

その内容は、フライヤが悪いやつらに手を貸しヴェスティーユとディゼールを町に呼び込んで破壊したというものだった。
客たちは、自分たちが払った代金が”そいつら”の方に流れていたと考え絶望していた。


「……というわけさ。なぁ、ブロードさん……その話しは本当なのかい?フライヤさんもあんたもそんなことをする人じゃないと思ってるんだ……頼むよ、嘘だと言ってくれ。俺はこの店が好きなんだ、なぁ!?」


懇願にも似た相手の言葉に、ブロードは胸に痛みを覚えつつぐっと口を噤んだ。


フライヤは今も床に臥していて人前に出られる状態ではない。
原因はどう考えても、悪い団体と関わっていたことだった。
そこまで至った理由については、誰も考慮してくれない。



フライヤを勧誘した女たちが、真っ先にヴェスティーユたちに殺されたことはその場にいて生き残った警備兵の証言からも事実である。
その状況は”口封じ”と捉えられてもおかしくはない。

最終的には、ヴァスティーユとフライヤの関係が薄いと、ブロードやハルナたちの証言から判断された。だが、それは”確かな証拠がない”というのが大きな理由だった。
その結果に納得できない者たちも多い、自分たちの命や生活が壊されかけたのだから。

そこから、ブロードたちに冷たい風が吹き込んできた。




「……そうかい。それがブロードさんの……答えなのか」


「……!」



ブロードは何かを伝えようとしたが、その思いは言葉にならずに息となって吐き出されるだけだった。



「何か言い訳でも聞きたかったんだが……これで、踏ん切りがついたよ。今まで本当にありがとうブロードさん……達者でな」



この店の最後となる客が、感謝の言葉を残して店を出ていった。




そこから、ブロードはフライヤと静かに暮らした。
店のことは自分の体調を考えてしばし休業ということにして、フライヤに心配を掛けさせないようにした。

しかし、生活するための費用は必要になる。
ブロードも今までの貯蓄が底をつき始め、店の道具などを売りさばいて生活費に充てていた。
その価格も、問題の店の品ということでほとんど身にならない程の金額だったが、ないよりはましというくらいだった。



そんな日が続き、さすがのブロードも弱ってくる。


(もう……充分生きた……かな)


ブロードは眠るフライヤの青白い寝顔を見ながら、涙を流して”最後の行動”を決意する。


「フライヤ……ずっと守ってやれなくて……ごめんな」


ブロードは、今まで使ってきた大切な包丁を逆さに握り切っ先を喉元に当てた。
二度三度震えながら深呼吸を繰り返し、息を止めて腕に力を込めようとしたその時。



――コンコン



扉を叩く乾いた木の音が、静かな部屋の中に響き渡る。
ブロードは手にした包丁を床に置き、切っ先を当てた喉元から血が出ていないことを確認して扉の傍に行く。


「――どなたですか?」


「……突然のご訪問申し訳ございません、私この町で商人をしておりますグリセリムと申します」


ブロードは驚いた。
グリセリムといえば、モイスティアで商売をしている者でその名を聞かぬ者はいないだろう。
扉の向こうから聞こえた名は、この町の商人ギルドの中の最高責任者の名前だった。


ブロードは急いで扉を開け、グリセリムを中に招き入れた。







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