457 / 1,278
第四章 【ソイランド】
4-3 賭け事
しおりを挟む薄暗く小汚い、大通りから隠れるように外れた路地裏の酒場。
昼間でも太陽の光が届かない、湿った安い酒の匂いがこの路地にこびりついている。
その匂いの強さは、僅か数分この場に居ただけで肌にこびりついてしまった。
目の前の男は、歳の割に似合わない若い女性を横に付けてその場に居た。
女性は布一枚だけを纏っており、上半身はほとんど隠れていない。
しかも女性はその姿が恥ずかしくない様子で、抱き着きながら二つのふくらみを男にねだるように押し付けている。
マーホンは軽蔑するように女性を見るが、視線を送られた女性は気にもしない。
その目は虚ろで、”何か”によって意識が混濁しているようにも見えた。
男はその視線に気付いて、抱き着く女性を引きはがす。
それでもまだ離れようとはしない女性を、現れた二人の男性が両脇をかかえて引きはがされていった。
その際に口からは涎が流れて出て、みっともない姿をさらしていた。
「それで、王選のいまの状況はどうなっておるのですか……マーホンさん」
男は何事もなかったかのように、冷ややかな目で見つめるマーホンに話しかける。
「……なんの問題もない。私の予想通り、順調に事が進んでいる」
マーホンは、目の前の白い髭を顔の下半分に生やした年をとった男の質問に嫌々ながらに答える。
「ホッホッホッ!……それはいいことですなぁ」
男は髭を擦りながら、マーホンの言葉に笑って返した。
お互い”賭け”をしているはずだが、男の見せる余裕の態度がマーホンは気に入らなかった。
「随分と余裕を見せるのね……あなた、約束忘れてないわよね?」
男はいやらしい笑みを浮かべ、嘗め回すようにマーホンの姿を見つめて言葉を掛けた。
「勿論ですとも……私が負けた場合は、きちんと情報はお渡ししますよ」
「それならいいんだけど……」
「あなたも、もし負けた時は……」
「わかってるわ、王国に対してちゃんと取り持ってあげればいいんでしょ?」
マーホンのその答えに満足した様で、男は細い目でにっこりと笑ってみせた。
この男と出会ったのは一ヶ月程前。
ハルナたちが、ドワーフやエルフの村を回っているときのこと。
ポッドの村から離れ、マーホンは王国に戻っていた。
自分の店に戻ると、秘書からマーホンに来客があり封筒をして欲しい言われたと告げられる。
マーホンが預かった封筒の中身は、”黒き存在の居場所を知る者”と書かれたメモがと一枚の王国硬貨入っていた。
マーホンは、メモに書かれた宿場に指定された通り一人で向かった。
その宿場は成功者が利用できる、一般の旅人には第一選択にはなり得ないほどの高価な場所だった。
始めて接触をしてきてから一周間は経過している、その間この高価の宿場に泊れるほどの人物であるとマーホンは相手の地位を推測した。
一階にある上品な酒場の従業員に声をかけ、メモと一緒に封筒に入っていた硬貨をカウンターに置いた。
カウンターの中の男は硬貨を手に取り確認し、マーホンを奥のテーブルで座って待つように促した。
マーホンはテーブルに置かれた紅茶の香りを楽しみながら、これから起こるであろう出来事のパターンを思い起こしながらその時を過ごした。
待つこと十数分――
その男は姿を見せる。
白いひげを生やし小柄で横に広がる体形、目は瞼を持ち上げる筋が衰えているのかほとんど開いていない。
だが衰えは感じずに、杖を使わずに二本の脚でしっかりと体重を支えて歩いていた。
「初めまして……マーホン・エフェドーラさん」
「……あなたは?」
「これは失礼しました……その若さで商業ギルドの頂点にいらっしゃるマーホンさんに自己紹介もせず申し訳ありませんでした。いくら私の方が年齢が上でも、地位はそちらの方が上ですからなぁ」
「……それで、一体何のご用ですか?」
「おや?……あなたはあの手紙をご覧になってこちらにいらっしゃったのではないですかな?」
その言葉に対しマーホンは、顔色一つ変えずに黙って男の顔を見る。
男もマーホンの視線には動じることはなく、飄々とした様子で言葉を続けた。
「申し訳ない、私の悪い癖でしてな……率直に申し上げますと”賭け”をしたいのですよ」
「……”賭け”?」
「そうです、私はあなたが探っている”あの”硬貨の情報を賭けましょう」
マーホンはステイビルたちが捕まえた”ランジェ”という女の組織について探っていた。
闇で商売をしており、ギルドには当然属してはいない。
だが、様々なところに出入りしている商人たちには噂でも聞いたことがある者がいると思い、マーホンはギルド内で信用のおける者たちだけにその情報を集めるように指示していた。
相手の情報を探ることと、この噂を聞いて向こうからコンタクトを取ってくることが目的だった。
今回、巻いた餌にかかったとマーホンはこの場に姿を見せたのだった。
「”賭け”……それで、私は何を賭ければいいのかしら?」
「お城への物資の供給の権利の一部を頂きたい」
「それは賭けではなく、”取引”ではダメなのかしら?」
「それも私の悪い癖でしてな、失うか奪うかでないと”商い”をした気がしないので」
男の細い目はマーホンの皮膚に纏わりつくような笑顔を送るが、マーホンは気にせず話を進める。。
「賭けの内容は?」
「なに、簡単な話です。今現在行われている”王選”についてですよ」
0
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる