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第三章 【王国史】
3-276 東の王国80
しおりを挟む「ねぇ、どこに行くの?エンテリア……」
暗闇に紛れてエンテリアは部屋から出ようとしていた。
その手には、モイスから授かった加護を受けた剣も手にしているのが見えた。
エンテリアは呼び止められたエイミの声に驚きもせず、足を止めて声の下方向を見る。
そして、諦めたようにエイミの問いに答えた。
「……出ていくんだ。なんだかもう、何もかもが嫌になってしまったんだ」
「それは……スミカさんのことで?」
エイミは思い当たる理由を挙げる。
それと同時に、頭の中に旅の中であったある出来事が思い浮かぶ。
「それとも……私とのこと?」
「……うっ」
エイミの言葉にエンテリアは言葉を詰まらせ、動こうとする口からは言葉にならない息だけが漏れていた。
(やっぱり……)
エイミはどちらも、エンテリアが行動起した理由の中の一部であると判断した。
エイミはベットから降りて、近くにあったランタンに火を灯す。
セイラのように火の精霊が使えないため、旅の間ずっと使用していた火打ち石を何度か打ち付けて油が染みているランタンの芯に火を起す。
火打石を打ち付けるその感覚は、未だに旅をしているときのようだった。
灯された明かりによって、エンテリアの姿がはっきりと映し出された。
エイミも落ち着かなかったのか、普段着のまま横になっていたようだった。
二人とも町の戻ってきたとはいえ、以前のような生活に戻るにはまだまだ時間が掛かりそうだった。
「こっちに座ったら?」
エイミは自分が寝ていたベットの縁に腰かけ、その隣を何度か叩いて合図をする。
その合図に従い、エンテリアは荷物を床に置き、剣はテーブルの上に置いてエイミの指示に従う。
エンテリアは、エイミの右隣りに座った。
それと同時にエイミの体臭の心地よい香りが、エンテリアの嗅覚を刺激した。
「それで、どこに行こうとしてたの?」
「あの山脈の向こう側にある村を目指そうと思っていた」
「そこに行って、何をしようとしたの?」
「別に……ただ、この国から出ようと思っていた……それだけだ」
「……一人で?」
「……あぁ。そうだ」
その質問に、エンテリアの胸はひどく痛みを覚える。
同種痛みを始めて感じたのは、二人で王国を出て、数か月が過ぎた頃だった。
エンテリアは、今まで胸の内に秘めていたエイミへの想いを伝えた。
二人だけの旅、セイラとブランビートの件、今までの自分に対する態度。
それらを考察し、この返事がいい返事となる確率は高いと踏んでいた。
しかし、その返事はエンテリアにとって辛いものだった。
”なぜ、いまこんな大変な時にそんなことを言うのか”と、エイミに叱られたのだ。
自分たちは命を懸けて、これから創り上げる国の未来のためにこうして行動をしている。
変な感情が入ってしまうと危険な目に会うと、エイミはエンテリアの誘いを断ったのだ。
エイミも、エンテリアの言葉は嬉しかった。
(こんな状況でなければ……)
エイミは断った後も、何度も頭の中で繰り返してつぶやいた。
だが、そういう考えに囚われ過ぎては、命に関わってしまうと切り替えることにした。
翌日……もしくは数日後には、またいつもの通り協力し合いながら進んで行けると気軽に考えていた。
エンテリアはいつまでも、断られたショックをいつまでも引きずっていた。
その姿には、トライアに立ち向かった勇敢なエンテリアの姿はどこにも感じられない。
そんなエンテリアの姿に、エイミは段々と怒りを覚える。
ついにその思いが破裂して、エンテリアと大喧嘩をしてしまう。
そんな時に限り、魔物や野獣に襲われてしまい、軽/中程度の怪我を追ってしまうことも度々あった。
そういった状況の中で、二人は必死に完全には戻ることのできない前の状態に近い関係になろうと努めた。
その努力の甲斐があってか、二人は何とか命が危険にさらされるようなミスは起こさなくなった。
最終的には無事に使命を果たすことができ、二人はこうして戻ってくることができた。
そんな中、エンテリアを襲った特別な存在……スミカとの死別。
心が折れかかっていた時のエンテリアに、大きな力を与えてくれていた希望の存在。
その柱を失ってしまったエンテリアのその心中は、ずっとともに助け合ってきたエイミには痛いほどその絶望が伝わってきていた。
だからこそ、このエンテリアの行動は理解できる。
でも、許せない弱さもある……だけど見捨てられない。
いろいろな思いがエイミの中で渦巻いて、ある一つの答えを導き出した。
「分かったわ……私も付いて行く」
「ど、どうして!?」
エンテリアの驚きの声は、夜の静寂には大き過ぎる。
エイミは人差し指を自分の口元に当て、エンテリアに静かにするように促す。
「あなたの気持ち……知らないわけじゃない。それに、スミカさんのこと……私だってショックだった」
隣で自分の顔を見つめてくる視線気付きながら、エイミは下を向いて話しを進める。
「それに、私は……あなた達と違って両親もいたし、不幸な境遇でもなかったわ……だからあなたの気持には寄り添うことしかできないけど、慰めるためだけの存在で一緒にいたくないの」
「エイミ……」
「だから、以前のエンテリアに戻って欲しいの。私たちと一緒に魔物と立ち向かってれたあの時のあなたに!」
エイミはそういって身体を横に倒して、エンテリアに身体を預けた。
そんなエイミの身体をエンテリアは、強く感謝の気持ちを込めて抱き締めた。
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