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第三章 【王国史】
3-272 東の王国76
しおりを挟む「――はっ!!」
「――はい!!」
スミカとマリアリスの二人は、スライプたちが見守る中組手を行っていた。
しかも、それはスミカの方から依頼があって行われていた。
受けているマリアリスは、自分の母親の強さを実感する。
以前、中途半端に終わった対戦とは比べ物にならないくらいにスミカの動きが変った。
スミカは自分の身体を確かめるように、ゆっくりとギアをあげていく。
三つ目のギアがあがったところで、マリアリスは目視よりも勘でしかスミカを交わせなくなっていた。
周りで見ているスライプたちの目ではもう、既に二人が何をしているのか分からなくなってきていた。
口が半開きになっているスライプの顔を、車いすに座って下から見上げる女性が声を掛けた。
「……ねぇ、スライプ。どちらが強いの?」
レビュアが格闘技のことは全く分からないため、何が起きているのかさっぱり理解できなかった。
「いやぁ……私にもサッパリでして……ただ、お二人とも普通じゃないってことですよ、レビュア様」
スミカが目覚めた日、同じくレビュアも昏睡状態から回復していた。
あの後、ウェイラブがスミカの部屋に飛び込んできた。
それはレビュアの様子を見行ってみると目を開けていたため”もしかして”と思い、ウェイラブは奇跡を期待してスミカの部屋の扉を開けた。
これもモイスのおかげであることは、マリアリスとエフェドーラは気付いた。
多分、離れているエイミたちには知らない現象だろうとも。
ウェイラブにしてみれば、もうこれ以上の幸せはなかった。
後は今まで苦労を掛けた子供と妻に、精一杯の愛情を注ぐことを決めた。
――パシッ
スミカは、マリアリスの背後で叩きこまれた裏拳を手で止める。
「……ふぅ。ありがとう、マリー。いい運動になったけど、少し手を抜いてくれないと……私も病み上がりなんだからね」
そう言いつつも、スミカは息も上がっておらず、その額には汗一つかいていない。
反対にマリアリスは、肩で息をして前髪が汗で濡れて額に纏わりついていた。
エフェドーラが二人分の水手に、汗を拭くための布を腕にかけて持ってきてくれた。
それを二人に手渡して、声を掛ける。
「……それで、身体の方は?」
「えぇ、大丈夫ね。この前の時は、この運動量よりも少ないところでもう息が苦しかったわ……だけど今は少し心拍数が高いくらいで、息苦しさは無いわね」
「へー……良かったです。凄い力をもってるんですね、”大竜神”っていうお方は」
「そうね。私もお会いして、お礼をお伝えしたいところだけど。今はあの子たちの方が、お会いする確率が高いでしょうからあの子たちに行ってもらおうかしらね」
「……これで、もう薬草飲まなくっても大丈夫……そうですね」
エフェドーラは少し寂しそうに、下をうつむきながら言った。
(これで自分の役目はお終い……かぁ)
これまでスミカのために、商人としてガムシャラに頑張ってきた。
商人としての交渉術、心構え、簡単な護身術……
エフェドーラが身に着けている商人としてのスキルは、その全てをスミカから教わった。
そのお礼も兼ねて高価であった薬草も、エフェドーラは少し持ち出してスミカには安価で納めていた。
初めは無料で提供するといったが、スミカはそれはできないと定価で購入するといった。
エフェドーラが七割でいいと言って、スミカには最終的に納得してもらった。
それでも半額で、エフェドーラはスミカに渡していた。
だが、それもスミカが完治してしまった今では、もうエフェドーラがスミカに対して関わることがない……そう考えていた。
そのことに勘付いたスミカは、エフェドーラにお願いをする。
「ねぇ、エフェドーラさん。これからも、この集落によってくれるんでしょ?私ね、エフェドーラさんが話してくれるいろんなところの話が聞きたいのよ……あ、もちろんお金もお支払いするわ」
その発言に、エフェドーラはあることを思い付いた。
「……それって、”情報”を買うってことですか?」
その言葉を聞き、スミカはただニッコリと笑ってみせた。
当時、情報という商品は存在しなかった。
購買者は、その範囲が自分の周りの村だけに限られた狭い範囲でしか物事を見ていなかった。
そのため、自分の村の外の情報が重要視されることは少なかった。
しかし、スミカは情報の重要性は理解しており、これから国が創られいろんな村が国が管轄する町に変わり、もしかすると反逆を企む者も出てくる可能性もある。
その際には物、人、金が必ず動くはず。
そういう時こそ、商人であるエフェドーラの出番とスミカは考えた。
そのことに気付いたマリアリスも、その意見に賛同した。
「あぁ……そういうことですか。お母様、流石です!」
「どう?引き受けてもらえる?エフェドーラ」
またスミカと関わり合えることと、スミカの重要な役目を与えられた喜びがエフェドーラの中で爆発した。
「はい!はい!はい!もちろんですとも、お任せくださいスミカ様!!!」
こうして、王国とエフェドーラは重要な関係を持つことになった。
モイスの存在を知ることでその拠点を国から与えられ、初代がモイスと初めて接触した場所。
綺麗な池が広がるあの場所をモレドーネと名付け、エフェドーラ家は王国のために情報と物資を集め提供することになった。
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