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第三章 【王国史】
3-271 東の王国75
しおりを挟むスミカが激しい胸の苦しみかに飲み込まれて気を失ってから数日間が経過していた。
目が覚めると、部屋の中には窓から眩しい朝日が差し込む。
朝日の清々しさもあるが、今までとは違う身体の調子に気付いた。
常に胸の辺りにあった、呼吸の邪魔をする厚い膜が綺麗さっぱりなくなっていることを感じた。
更に気を失う数日前に戻っていった娘が、自分のベットにうつ伏せになって眠っていた。
村のトップの諜報員が無防備にも眠っている姿を誰かに見せることに対し、”元”トップだったスミカは腕を組んで呆れながらその寝顔を見下ろした。
「えい」
――パシッ
スミカは、マリアリスの頭頂部を人差し指で弾いた。
「――なっ!?」
マリアリスは異常事態に上半身を起こし辺りを警戒する、が見覚えがあまりない景色からいまの状況を把握した。
目の前の人物が不機嫌そうに、自分のことをベットの上で腕を組んで見つめている。
「そんな無防備な状態で……もし、敵が襲ってきたらどうするの!?」
スミカは、後輩に指導するようにマリアリスにいつでも気を引き締めるように指導する。
「とはいえ……」
スミカは、帰ったはずのマリアリスが疲れた顔でこの場所にいることや、いつもいるはずのウェイラブやエフェドーラがいないことから推測してエフェドーラがマリアリスを呼んできてくれたのだろう。
「マリアリス……こっちへいらっしゃい」
スミカは両手を広げ、マリアリスに腕の中に来るように仕向ける。
マリアリスは当初照れていたが、滞在期間中慣れたようで素直にこの要求に応じてくれるようになっていた。
だがマリアリスは、無防備な状態を見られていたこともあり、素直に応じることをためらっていた。
マリアリスのためらいに勘付いたスミカは、さらにこちらに来てもらうために声を掛けた。
「……よく来てくれたわね。嬉しいわ、マリアリス。おかげで随分と楽になったみたい、あなた達が何かしてくれたんでしょ?……さ、こっちにいらっしゃい?」
母親からの感謝の言葉がマリアリスの心の堤防を崩し、素直に要求に応じることができた。
マリアリスは母親の胸に顔をうずめ、自分に近い体臭と体温の暖かさがマリアリスの乾いていた心を潤していく。
スミカは、胸の中の頭をゆっくりと、新派してくれた感謝の気持ちを込めて繰り返し撫でていく。
――コンコン
扉をたたく音にマリアリスは夢のような時間から抜け出し、いつもの緊張感を持った表情に切り替える。
それを確認したスミカは、ドアの外にいる人物に入室することを許可する。
「……失礼します」
入ってきたのは、マリアリスと一緒にきたエフェドーラだった。
エフェドーラとマリアリスは昨夜、ずっと馬車を走らせて来た。
御者はマリアリスが行い、エフェドーラは後ろで休んでもらっていた。
二人は日が昇る前に集落へ到着し、エフェドーラにはそのまま休んでもらいマリアリスがスミカの様子を見にいった。
悲しみで疲れ果てていた父親と交代し、ウェイラブには休んでもらうように伝えた。
エフェドーラは馬車の中と、集落に到着してから休んだため体力が回復していた。
そうしてエフェドーラは、スミカとマリアリスの様子を見に来た。
「スミカ様……お身体、どうでしょうか?」
昨日の信じがたい現象の結果が、どのようになっているのか。
スミカの状態の心配と、その答え合わせをしたいという二つの気持ちがいま、エフェドーラの中での最大の関心の対象となっていた。
見る限りでは明らかに昨日の様子とは異なっているが、一時的に回復しただけなのかもしれないともエフェドーラは考えた。
だが、スミカから返ってきた答えは信じたいものだったが、ずっとスミカの体調に寄り添ってきたエフェドーラにとってうれしい答えだった。
「……えぇ、生まれ変わったような感じだわ。ほら……!」
スミカは足元に掛かっていた毛布をはぎ取り、ベットから飛び降りてみせた。
その姿は、鳥の羽のようにふわっとした足取りで床に着地をした。
その動きの洗練さに、マリアリスとエフェドーラは目を奪われた。
若くしてマリアリスと双子の男性を生んだにしても、その動きと容姿は年を感じさせない。
「……ね?大丈夫でしょ?」
そして、スミカはなぜこのようなことになったのかをマリアリスに聞いた。
マリアリスは、昨日起きた不思議な出来事をわかる範囲で全て話した。
「そんなこと……」
”あるわけない”と続けようとしたが、スミカの身体がその正否の答えになっていた。
スミカ以外の者が見れば、”大丈夫になったと演じているだけかもしれない”と思われるかもしれない。
だが、その本人が今までとは違うこと体感しているため、その考えは無意味だということになる。
「ただ、それにより減ってしまった寿命までは戻らないそうです……」
最後にマリアリスは、その言葉を付け加えた。
スミカにとって、それはどうでもよかった。
『この命が病によって朽ち果てることなく全うできる――』
それがどれだけ幸せなことか、長い間不便な身体と付き合ってきたスミカにとっては問題ではなかった。
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