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第三章 【王国史】
3-190 イナの気になること
しおりを挟む数日前の夜から、話し合いは加速度的に進んで行く。
ドワーフは工芸品、武器、防具の製造技術、機械類の情報を提供する。
エルフは自然界や魔術に関する知識を、人間は物資の流通や防衛面や環境整備での人的資源を提供することになった。
それ以外にも、お互いの資源の余剰ができれば随時協力し合うという内容も含まれていた。
それと、事の発端となった水に関する問題についてはドワーフ側への賠償請求は放棄することにした。
当初イナは、それに関して異議を唱えていた。
掛けてしまった迷惑によって、エルフの村、人間の集落……それぞれに問題が生じていたことを聞いていたからだった。
しかし金銭や物資での賠償も、起こした事の大きさから考えて到底賠償できるものではない。
そこは何とか話し合いで、今現在できる範囲の内容にしてもらえたらという気持ちがあった。
その思いは、両種族の代表の言葉に救われることになる。
人間の集落を代表するポッドは、全く責任を追及するということは考えていなかった。
元々自然災害として考えていたし、それを救ってくれたのはステイビルたちだった。
村としては最小限の被害で済んだと思っているし、これからのことを考えれば大きな発展にもつながるため、この件は国の代表であるステイビルに一任するとのことだった。
その言葉に対しステイビルは、特にドワーフに賠償を求めることは考えていないことを告げるとポッドや他の者たちも問題がないと頷いていた。
エルフの代表であるゾンデルも、特にドワーフを責める考えがないことを改めて伝える。
いがみ合ってたことは事実だが、その理由は今となっては判らない。
そして今のドワーフや人間をみれば、手を組んで間違いのない者たちであると判断できる。
それならば、ここで立場の優劣を決めるよりは対等の立場で協力し合った方が、自由で活発な議論がこの先も愉しめるだろうという思いがあった。
イナは、その言葉に最上級の感謝の念を込めてお礼を告げた。
そういうやり取りがおこなわれてから、個人の関係性にも良い流れが見てとれる。
ノイエルとミュイもすっかりイナに懐き、会うときは傍を離れなかった。
最初のうちは、容姿がそっくり……いや、ほぼ一緒なため”サナが二人いる!”と困惑をしていた。
このエルフの村では、双子というものがほとんど誕生しないため珍しい存在だった。
もう一人いることを告げて、二人の目が丸くなっていたのが印象的だった。
始めそんな反応を見せていたノイエルたちも、次第に状況を理解し驚かなくなっていった。
大好きなドワーフのお姉さんが二人もいて、それぞれで取り合いにならなかったのが良かった。
そのうち他の子も遊びに来るようになるとイナとサナの競争が始まり、自分の番がなかなか来なくなったミュイは”早くもう一人も連れてきて!”とせがむようになるまで二人の存在が身近になっていた。
イナもサナを通じてナルメルとも仲良くなり、打ち解けるようになっていた。
イナはサナが他の用事でいないときに、ずっと頭の中で気になっていたことをナルメルに聞いた。
「あのぉ……ナルメルさん?」
「はい、なんでしょうか?」
イナは自分から話しかけたことだが踏ん切りがつかず、お腹の前で左右の人差し指を付けたり離したりしていた。
「――?」
後ろにいたデイムが、イナのことを不思議そうに見ている。
ナルメルは何かあったのかと思い、歩みを止めてもう一度イナに問い掛けた。
「あの……何か気になることでも?」
イナは二三度深呼吸を繰り返し、ようやく心を決めた
「あっ……あのぉ!」
「は、はいっ!?」
イナの決心の強さを表すような声の大きさに、ナルメルもイナにつられて返事の声が大きくなってしまった。
イナは再びゆっくりと息を吸い込み、今まで頭の中で繰り返し練習してきた言葉を発する。
「さ……サナは……サナは毎晩、ブンデルさんと一緒に”寝ている”のでしょうか!?」
「「――え!?」」
イナからの質問の内容を聞いたナルメルとデイムは、一緒のタイミングで驚きの声をあげた。
「ちょ……ちょっとイナ!ナルメルさんに何を聞いているのよ!?」
「あ、サナさん……ちょうど良かった」
返答に困ったナルメルが、本人が来てくれて助かったと安堵の声を漏らす。
イナたちが立ち止まった廊下の角から、用事を終えたサナとブンデルが姿を見せていた。
「だ……だって、一緒に寝てるってことは……あの……その……」
(やっぱり……)
ナルメルはひきつった笑顔で、自分の推測が正しかったと判断した。
ナルメルは、イナはドワーフの代表だとしてもまだ若いため”未経験”だと推測した。
そのため、サナとブンデルが一緒に寝ていることにいろいろと想像を巡らせているのだと判断していた。
イナたちドワーフは生活様式として、眠る時は衣服を着用しない。
割り当てられた部屋も基本一人用に出来ていたため、ベットもダブルサイズのベットが一つだけ用意されていた。
イナたちは、イナがベットに寝てデイムが床やイスの上で眠っていた。
だが、サナたちは”一緒に寝ている”と言っていっていた。
そのことがイナの妄想をずっと掻き立てていたのだった。
「それがどうしたっていうの?そりゃ時々、私の胸を触ってその中で寝て甘えてるときもあるけど……」
「お、おい!?サナぁ!!」
ブンデルは恥ずかしい秘密をばらされて、今までにないくらいに赤面する。
ナルメルとデイムは、そっとブンデルから目を逸らす。
「あ、私用事があったんだ……それじゃあ、イナさんサナさん、またあとで」
「あー……イナ様、私も確か用事ができたんでした」
空気を呼んでナルメルとデイムは、この場をそっと立ち去っていく。
廊下にはイナとサナの口げんかが響き渡り、ブンデルは両手で顔を隠しその場にうずくまっていた。
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